二章 言霊

第11話 正規の軍獣グーニー

 第一独立空挺死人旅団第二十二高射砲突撃死人大隊には正式な軍の兵士が存在する。

 名前は森で拾ったとき、ディーウェザーが命名したグーニーである。


 見た目は体長六メートルのホワイトタイガーのような姿。尻尾の先に青い焔がともっている。


 図鑑で調べたところ成体になると二十メートル級にも及ぶマウンテンタイガーと呼ばれる魔獣であるとわかった。


 まだ赤子のようで能力と言えば、図鑑によると世界最速。弾丸の如き勢いで空を駆ける。


 ディーウェザーはペットとして可愛がろうと思ったが、近寄ると牙を見せて唸る。

 リディエンハルトは高機動力を誇る乗り物にしようと考えたが、目を合わせただけで牙を向けられる。


 結局誰にも懐かないグーニーであったが、いずれ教育すれば戦力として使えるだろうということで軍に正式採用された。


 グーニーに与えられた階級は准将である。ちなみに旅団の団長格は大佐相当とされている。

 総団長のリディエンハルトは上級大佐相当だ。やたらと命令を飛ばしてくるつるっぱげ未遂のイルマールより、グーニーの階級は上だった。軍は馬鹿なのだろうか。


 しかし、ノエを第二十二高射砲突撃死人大隊に迎え入れた途端、状況は一変した。


 聞けばノエには超感覚という能力が備わっているらしい。

『死人』の中には複数の能力を持ち合わせている者も少なくない。


 リディエンハルトには触れた対象の能力や本質や性能を解放する能力が一つだけ備わっているが、解放の能力には多様性がある。


 つまり、別段驚く要素でもないが、グーニーと意思の疎通を可能とさせ、会話までこなせる能力には驚いた。


「グーニーは骨が付いたままお肉を食べたいの。骨をそぎ落とすディーウェザーにすごく腹を立てているわ」


「ガオン!」


「優しさだったのに……!?」


 がっくりと肩を落としたディーウェザーはそのまま力無く地べたに胡坐をかいた。


「ところでさ、その怪奇の家? 屋敷? からはどうやって脱出したの?」


 なぜかディーウェザーはルヴィのに感染せず、一人でラスクール飛行場の戦場で敵をせん滅すると、生存者を病院に運んだり、普通に働いていた。


「一つ目の要因はルヴィがハルバードで怪奇の臓物詰まった袋を滅多切りしたことだろうな。うさぎがもろに中身をかぶって、その姿を見たルヴィは気絶した」


 ちなみに現在ルヴィは女子トイレにこもっている。話がしたいのに出てきてくれない。


「二つ目の要因は俺が廊下の窓ガラスをすべて割ったからだろう。窓から外に出てみたら、そこはお前が鎮火した後のラスクール飛行場近くの森だったんだよ。屋敷の中に取り込まれたノエとルヴィも一緒に外に出られたから、一人が結界の外に出られると全員外に弾き出されるんだろうな」


 つまり、確認はできなかったが、あのうさぎの着ぐるみも、今は外に出ているということだ。


 外に出た俺はディーウェザーと合流してノエとルヴィを回収して現在に至る。


 ここは第一独立空挺死人旅団第二十二高射砲突撃死人大隊が住居としても戦闘機としても使用している大型空中駆逐艦艇の中だ。

 その中でもここは医務室として使われている場所であり、ノエは簡易ベッドの上に腰かけていた。


 ノエの足元には騎士の如く悠然とした姿勢で座るグーニーの姿がある。


「それでだなノエ、ノエの話ではライブ会場でノエは殺されたと話していただろ。だから、予定されていたライブの開催は全て白紙に戻してある……んだが」


 だから安心してくれと言えるほど安心できる要素は無いのだが。


「いやまぁ、それと、不本意かもしれねぇが、ノエに危険が及ぶとわかった以上、ノエの護衛には全旅団隊員の中でも戦闘力1,2,トップの俺とディーウェザーが務めるのが適材適所だと思うんだ」


「護衛対象をぶっ殺すのがそのトップ2の魔王みたいだけど?」


「だからナンバー1のてめぇにしか俺は止められねぇっつー話だよ! また殺せばいいだろ! こんちくしょう!!」


 死人が名乗るのは自分を殺した犯人の名前。リディエンハルトという黒の神の名前を名乗る自分は神騙りだとか魔王だとか呼ばれているが、まさにその通りだ。

 黒の神リディエンハルトが最後に殺したのは魔王しかありえない。


 そして、死人とは黒の神が死んで神々が姿を消してからこの世界に現れるようになった者たちだ。黒の神が死ぬ前にこの現象が起きていないのなら、最後に殺された奴、それが自分以外ありえない。リディエンハルトと名乗る自分が魔王であるという根拠だった。


 無論、今世でも魔王として生きようというつもりはない。そんな事態を引き起こさない自信はある。しかし、公にはされていないノエの真価を考えると楽観視できないのが現状だった。


「……めんどくさ」


 ディーウェザーはやる気が無いらしいが、いざとなれば迷わずリディエンハルトを殺すだろう。前科があるわけだし。本人は自身が黒の神だと認めていないが。


「あの、総団長」


「俺のことは名前でいいぞ。……って隊員には全員に伝えているんだが、誰も呼んでくれねぇんだ」


「そりゃ神と同じ名前を呼び捨てで連呼とか、まともな精神なら辞退するでしょ」


 御尤もな意見だが、リディエンハルトを毎回名前で呼び捨てにするディーウェザーはまともではない自覚があるようで頭が痛い。


 だが、頭を抱えそうになったら、くすくすと可愛らしい笑い声が聞こえた。


「それでは、愛称で呼んでもいいですか? 例えば……リト!」


 パッと顔を上げれば世界的アイドルの弾けるような笑顔。

 ファンクラブに入会する気持ちは固まった。


「良いなそれ。しかし、てっきり俺はノエに殺されるくらい嫌われていると思ったけど、普通に接してくれるんだな」


 形のいい眉を申し訳なさそうに下げるノエを見て、リディエンハルトの方が申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「……ごめんなさい。あたし、馬鹿ですよね。自分がこうして生きているのに、どうしてリトに殺されたなんて思い込んじゃったんだろう。本当に、失礼なこと言ってすみません」


 ノエは自分の能力を知らない。いや、厳密に言えば能力なんてものじゃない。

 軍が公にせず、しかしノエを世界中の人間と関わらせる必要があったのは世界中の目で観測させる必要があったからだ。


「でも、一つだけ聞かせてください。どうしてリトはハロルド小隊長を殺したの……?」


 当然の質問だと思った。ノエの瞳には涙と滲んだ殺意さえ浮かんで見える。


「今はまだ、確実なことは言えないんだが、俺もノエに確認したいと思っていた。その、話せる状況ならだけど……」


「構いません! 真実を教えてくださるのなら、あたしの心なんか切り裂いても構わない!」


 ノエの気迫にリディエンハルトの足元がたじろぐ。

 強敵と戦っているときより、ノエの瞳を真っ直ぐに受け止める方が辛さを感じた。


「……なら、聞くけど、耳がいいんだよな。ハロルドの心音は森で一度止まらなかったか?」


 ビクッと、ノエの肩は跳ね上がった。この反応はおそらく、ノエに心当たりがあるんだろう。


「……止まったと思います。でも、あたしを助けるためにきっと息を吹き返したんです! ハロルド小隊長は……っ!」


 思い出すのはやはり辛かったのか、ノエは唇を噛んでそれ以上の言葉が出なかった。


「思い出させてごめんな。でも、これでわかったよ。ハロルドは……俺が殺した」


 真実は言えなかった。ハッと顔を上げたノエは傷付いた表情を浮かべる。


「……どうして、隠すんですか? リトは今何かを隠しましたよね?」


 ノエを救えるのなら今真実を話せただろう。しかし、何も情報が揃っていない今はまだ何も言えなかった。


「お前に忠告してやる。お前はそこそこの馬鹿だな」


 失礼極まりない副団長ディーウェザーが、ノエの機嫌を良い感じに急降下させてくれた。


「人のことを馬鹿にする人の方が馬鹿ですよ」


 ノエは実に冷静で大人だった。こめかみに青筋は浮かんでいるが、ディーウェザーを無視したりしない。おかげでノエの意識がハロルド小隊長を殺したことから逸れている。


「僕はそこそこの馬鹿より馬鹿じゃないが、僕は馬鹿だ」


「……頭大丈夫ですか?」


 ノエが呆れている。無理もない。ディーウェザーは本物の馬鹿である。


 興味を無くしたのか、ディーウェザーは独り言をつぶやきながら医務室から出ていった。


「……ラプラスの悪魔に覗かれている……覗いているのはノエじゃない」


 哲学者の有名な言葉にもあったなと思い出した。深淵を覗くとき、深淵からも覗かれているのだと。


「あの人なんなんですか?」


「あいつの忠告は聞いておいた方がいい。といっても忠告の内容は独り言の方だけどな」


「そっちを面と向かって言ってくださいよ!」


 まさしくその通りだが、ディーウェザーの方が良心的である。

 軍は絶対にその秘密をノエに明かそうとはしない。世界も欺き、そして今後もノエの能力を戦争で活用しようとしているのだ。



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