第9話 不幸感染少女ルヴィ

 思わずノエは濡れた手を置かれた肩の方へ目を向けた。


 奇妙なことに後ろには闇が広がるばかりで手の持ち主の姿は見当たらない。


 だが、ノエは見てしまった。引きずられて運ばれてきたものを。


 それは人間の皮膚を繋ぎ合わせて袋状にしたもの。つぎはぎの隙間からは腐った臓腑がこぼれ落ち、人間の手首や片足だけが奇妙な方向に折れ曲がって突き刺さっている。



『君もこの中においでよ』



「あああああああああああああああ……!」


 悲鳴にすらならない。がちがちと歯が震え言葉にならない恐怖で、体が完全に金縛りにあったかのように動かない。


 ずる、ずる、袋が近づいてくる。


 食われる! そう思った瞬間、



 ズガアアアアアアアアアッン!!!!



「え……!?」


 稲妻が落ちてきた。ノエと化け物との間を裂くように、振るわれた一振りの剣。


「くそ、やっぱり実体はねぇよな! ノエ! 逃げるぞ!」


 ひょいっと男性の肩に抱えられる。


「ええええええ!?」


 突然現れた青みがかった黒髪と赤い瞳の、団長服に身を包む青年はありえないスピードでノエと、もう一人、少女を抱えたまま走っていく。


 少女は青年の腕の中でぐったりとしていたが、意識はあったようでノエの方へ視線を向けると突如涙目で大声を上げた。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 全部ルヴィが悪いんです!! どうかルヴィを殺してください!!」


「ま、待って! 落ち着いて! あなた、黄の国の死人よね?」


 ルヴィと名乗る少女はどう見ても黄の国の死人旅団の制服を着ている。


 それも、ただの兵士の服ではない。少女が着ているのはノエも何度も見たことがある団長格が着るマントのついた制服だ。



『死にたいなら君も入れてあげるよ』



「ぎゃあああああああ!! ルヴィはそっち方面で死にたくはないです!! お助けください!!! 団長様ああああ!!」


 どうやらこの声のような言葉はここにいる全員に聴こえているらしい。


「団長じゃなくて、俺は黒の国の死人旅団の団長格をまとめる総団長リディエンハルトだ。つか、こいつぴったし後ろについてくるな。どうなってるんだよ」


 この人が総団長!? ノエは驚いてまじまじと彼の横顔を見る。始めて見る英雄級の姿だった。


「ルヴィ! お前の怪奇はなんだ? 状況を打開できるかもしれねぇ! つーかそれしか手がねぇ!」


「いえいえいえいえ!! お役に立てません!! ルヴィは不幸感染体質です!! ですから皆さんにルヴィの不幸を振りまくだけです!!」


 ルヴィ。総団長が言うにはそれは怪奇。そういえばこの状況も、よく考えたら怪奇現象!


「総団長! あたしたち怪奇現象に遭っているんですか!?」


「ルヴィに感謝しないとな。戦争の悪意にノエが殺される前に怪奇現象に巻き込まれるが降りかかって命拾いしただろ」


 ハッと先ほどまでの状況を思い出す。そうだった。この状況にならなければ、自分は森の中で焼死していたのだ。


「ルヴィちゃんありがとう!! あたしの命の恩人よ!!」


「え? え? そ、そんな……」


 ルヴィは顔を赤らめて戸惑っているようだった。しかし、ルヴィはそのときにも進行方向に奇妙なうさぎの着ぐるみが立ち塞がっていることに気が付いてしまう。


「総団長さまあああ!! 化け物の挟み撃ちですぅうう!!」


 ノエも前方に目を向ける。だが、すぐに気が付いた。パッションピンクのうさぎの着ぐるみ。


 あれはノエがライブのとき、バックダンサーを務めたどうぶつの着ぐるみのうちの一体だ。


「違うわ! あれは人間よ! あたしのライブでバックダンサーを務めていたの!」


「ルヴィ、ハルバードを出せ! 後ろの怪奇からは自力で防衛しろ!!」


 いうが早い、リディエンハルト総団長はルヴィとノエを床に降ろすと剣を構えた。


 直後、うさぎの着ぐるみがナイフを構えてに向かって突進してくる。


「このアマぁああああ!! ぶっ殺してやらぁああああ!!!」


「きゃあああああ!!!」


「させるかよ!! イカレうさぎ野郎!!」


 総団長はうさぎの炎の纏ったナイフの攻撃に雷を宿した斬撃で応戦した。


 後ろでは『こっちにおいで』と誘う不気味な濡れた手と巨大なハルバードを構えたルヴィが涙を浮かべつつもウェーブのかかった美しいプラチナブロンドを舞い踊らせながら、闇を払うように応戦している。


 ノエの頭は混迷を極めていた。なぜ、うさぎの着ぐるみは自分を殺そうとしているのか。


 そもそもこの場所は一体どこで何なのか。戦場から逃れられたと思っていたが、実はこの場所は戦場ごと呑み込んだ室内という可能性もある。


 さらにいえば、この場において英雄級と団長格が戦っている場面で自分の出来ることが、二人の邪魔にならないことくらいしかなかった。


 そして、ナイフの攻撃をよけながらリディエンハルト総団長も、濡れた手をハルバードで弾き返すルヴィも同時に声を張り上げる。


「ノエ逃げろ!!」


「ノエさん!! 逃げてください!!」


 ここにいたら迷惑になる。それだけは冷静に判断できたノエは横道の廊下へと駆け出す。


「ごめんなさい!!」


 謝ることしかできなかった。それでも二人の無事を祈りながら懸命に出口を求めて走り続けた。


 廊下は距離の感覚を狂わせるように等間隔に雨の降りしきる窓が見えるだけで、走っても走っても進む先の景色は変わらない。


 走った先にもまた恐ろしい怪奇がいるかもしれない。もしくは、うさぎの着ぐるみのように殺意を抱いた人間の殺人鬼がいるかもしれない。


 どちらが怖いだろうか。存在するものか、存在するはずがないものか。

 わからない。わからないけれど、訳の分からない悪意が一番怖い。


 そう考えたとき、ふいに突き当りが見えた。廊下の突き当りにも窓がある。そして、窓の前には人影が見えた。


 ノエは一瞬、身構えた。廊下は薄暗く、そこに誰がいるのか、ハッキリとは見えなかったからだ。


 しかし、月明かりがちょうど差し込み、窓辺に佇む人影の顔を映し出す。


 銃剣を携えた金髪の女性。それはこの異常な状況で最も会いたいと願ったハロルド小隊長の姿だった。 

  

「ハロルド……小隊長……!」


 幻でも構わない。ノエは涙を浮かべて駆け寄ろうとした。しかし、


「み~つけた」


 後ろを振り返る。ナイフを持ち、血を浴びたうさぎの着ぐるみがゆっくりと歩きながら、こちらに迫っていた。


「ひぃっ」




☆☆☆

完全新作エピソード!!

もちろん、ルヴィは美少女です( *´艸`)

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