第2話 プロローグ デュオルギスの場合
「なぁデュオルギス、お前の夢ってなんだ?」
目の前には崩れかけの灰色な壁。弾丸で空いた壁の穴に目掛けて放つ自身の小便が綺麗な放物線を描いていた。
隣に立つ大柄な男──アイシャも同じように小便を壁に放っていた。
素敵な話題だが、並び立ちながら立ち小便をしている最中に相応しい話題とはとても思えない。だからといって、この戦場に夢を語るのに似つかわしい場所も思い当たらなかった。
「……今聞くことか?」
本気で呆れた。ズボンを直すと、ライフルを肩に担ぎ直す。
戦場には水洗便所すら用意されていない。くたびれたブーツの先っぽで土を蹴り上げると壁の下にできた小便たまりに土をかぶせていく。消臭と衛生のためだ。
医療設備も整っていない戦場では不衛生だけでも命取りになる。傷口にばい菌が入っただけでも四肢を失った戦士を多く見てきた。
がははははと大声で笑うアイシャは悪びれた様子もなく、ズボンを直すと同じく肩にライフルを背負い、壁を洗い流すことなど忘れたようだ。
「しょんべんの最中に夕飯のリクエストは聞きたくねぇだろ」
「一番聞かれたくないのは女の話だと思っていた。しょんべんの最中に夢の話はクソしてる時よりはマシと思えるだけでクソだな」
腹を抱えてアイシャは笑い出した。戦場に似つかわしくないほど、アイシャはよく笑う男だ。
空を見上げれば夕焼けの綺麗な茜色に水を差すような灰色のくすんだ雲が浮かんでいた。
近くで民家が焼かれているのだろう。黒煙が空に舞い上がり、やがて灰色に濁った雲が出来上がる。
戦場の空に白い雲は浮かばない。晴れ渡る青空も真っ赤に燃える夕空も雪の日の白い空ですら黒煙のシミに汚されていく。
「──あのシミを消したい」
空を見上げてそう呟けば、アイシャも同じ空を見上げた。
「シミ~?」
きっとアイシャには今も美しい空として見えているのだろう。
シミのことなど一々気にする狭量な男は自分一人で十分だ。
見上げた視線を隣に移せば稲穂のように黄金色に輝くアイシャの金髪と少年のように瞳を輝かせた横顔が見えた。デュオルギスはアイシャに向けて親愛の笑みを浮かべた。
いつまでも変わらないでほしい。変化を望む生活の中でアイシャという存在だけはデュオルギスの中で永遠を望むほど安らげる場所だった。
怒らないとわかっているのでアイシャの横腹をライフルの柄で小突く。
「自分で夢を聞いておいてそれはあんまりだな」
「おお、そうか。シミな。ペンキ屋か。いいなその夢!」
アイシャは豪快に笑いながらデュオルギスの背中を叩いた。馬鹿力だと思うが、痛さなど感じない。自分よりよほどペンキ屋が似合うアイシャすら戦場に駆り立てる戦争が憎かった。
「今度、玄関の扉を星柄に塗ってやろうか」
「がははははは! そりゃ楽しみだな!」
戦争を終わらせる。戦場で抱ける夢などそれしかなかった。
☆☆☆
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