怪奇廻焉の死人旅団(かいきかいえんのしびとりょだん)

6月流雨空

第1話 プロローグ リディエンハルトの場合

 黒の国の最高機密、それは軍にとっても最高機密といえる。

 内部の人間でも知る者は少ない方がいい。情報漏洩を防ぐ原始的にして確実な方法だ。


 黒の国が抱える死人旅団の団長格をまとめ上げる総団長リディエンハルトが、軍の上層部に呼び出された場所は隊員の入隊の際にメディカルチェックを行う医療機関だった。


 リディエンハルトの直属の上司イルマールは恰幅のいい体をひけらかすように胸を張り、医療用ベッドの上に仰向けで寝かされている少女の紹介を始めた。


「本来ならば貴様らのような死人に軍の、いや我が国の最高機密を教えることなど、あってはならないことだが、忌々しいことに貴様には教えておかないと彼女──ノエを守れる人間がいなくなる」


 青みがかった黒髪を揺らし、赤い相貌でノエと呼ばれた少女を見つめるリディエンハルトはイルマールの嫌味を鼻で笑い飛ばす。


「てめぇらの使えねぇ脳みそでも単なる訓練を受けただけの一般兵が武器や戦闘機を使いこなしたところで、死人という能力者から最高機密とやらは守り切れないと判断できたところは、素直に褒めておいてやるか」


 歯ぎしりをするイルマールは返す言葉が浮かばず、ただリディエンハルトを睨みつけていた。


「んで、この少女の一体どこの何が最高機密なんだ?」


 ベッドの上でおそらく麻酔か何かで眠らされている少女は見た目には普通の、いや、特別に美しいと褒め称えるべき美少女であることは確かなのだが、さすがに国家機密になるほど、世界一の美貌とプロポーションとはいえないだろう。


 少女の年齢は十六歳から十八歳程度。発育途中であると考えたら胸のサイズが目算でEカップもあるところを見ると、大変発育がよろしい、と褒めるべきだろうか。


 粉雪のようにさらさらとした純白にうっすらと青みを帯びたロングヘアーと、さくらんぼのような淡く色づいた唇が少女と女性の危ういバランスを保っているようで、目を開いたら、もっと美しくも可愛くも見えるだろう。


 イルマールは気を取り直したのか、咳ばらいをすると説明を始めた。


「彼女が目覚めたのは一年ほど前だ。時おり、おかしなことを口走り、まるで本物の幻覚を見てきたかのように怯えて泣き出すことも頻繁に見られた。戦場に出せる精神状態かどうか、もう一度確かめようと彼女の精密検査を続けたら、驚くことがわかったんだ」


 ノエの身長は百六十は超えているようだ。正常であれば女性でも体格の良さから戦場でも、有利に動けたことだろう。


「もったいつけんな。早く言えよ」

「……だ」


 一瞬、イルマールの言い間違いか、聞き間違いかと耳を疑ったが、違うらしい。


「ノエに発現したもう一つの能力。いや、これを能力といっていいものか悩むところだが、とにかくノエは未来をその目で観測し、我々に予言をもたらす」


 、その言葉がリディエンハルトの頭の中に浮かんだ。


「他にも相手の本質や真実を見抜く能力も確認されている。これはおそらく相手の過去を見ているんだろう。ただし、この能力はノエの意識が深く眠りについた状態に限られる」


 そういうとイルマールは歩き出し、麻酔の量を管理している装置に手をかけた。


「寝言やうわ言で過去を暴かれるって?」


「実際に貴様が体験してみればいいだろう。ノエは近くにいる人間の情報を喋るんだ」


 イルマールは装置を動かして麻酔の量を増やしたようだ。目の前の少女は深い眠りに入っていく。


 それは、突然のことだった。ノエの体はビクンと仰け反り、虚空に向かって手を伸ばし、叫びに近い声を上げた。


「逃げて!! その作戦は敵に伝わっているのよ!! これは罠なの!! お願いだから逃げて!! だったのよ!!」


 一息に叫んだかと思うとノエは再び静かに眠りにつく。一筋の涙を頬に流したまま。


「バカな、予言の方が出るだと!?」


「予言を引き出すのに必要な要件は判明しているのか?」


 イルマールは力なく首を横に振る。


「まだ、そこまでは解明されておらん。ただ、ノエの居る場所や関わった人間、近くにいる人間に関する予言が多い傾向はわかっているんだ。軍はノエを広く世界中に知らしめて認知度を高める作戦を企図している。予言の力を上手く軍事利用したいのが、本国の意向だ」


 利用したいという気持ちは理解できる。先に未来の情報を知っていれば、作戦も立てやすい。


「予言の信憑性は?」


「百だ。一度ノエが予言したら未来は確定する。予言が覆ることはない」


 百パー覆らない予言か。益々、怪奇現象と呼びたくなるとリディエンハルトは嘆息した。


「まぁいい。試しにレジスタンスが殺されないように作戦を変更してみよう」


「検証は好きにすればいいが、団長格は出すなよ。いつだって死人は人手不足なんだ」


「結構なことじゃねぇか。世界が丸くて平和な証拠だ」


 うそぶいてリディエンハルトは医療施設を後にした。



 しかし、後ほど深く後悔することになる。ノエの予言は百パーセント覆らない。

 敵に伝わっていたのはこの時、変更した作戦内容の方だった。

 第九独立空挺死人旅団の団長に主力部隊を出せと命じたのはリディエンハルトだった。


 第九の団長命令で当時の第九独立空挺死人旅団第十三擲弾兵死人大隊が敵兵一掃作戦に向かった。

 大体を率いたのはデュオルギス大隊長。結果として、彼の大隊は半壊にまで追い込まれる大打撃を食らうことになる。


 リディエンハルトはノエの予言を試すような真似をしたことを深く後悔したし、逃げろと、隊員たちの命を案じてくれたノエの気持ちをないがしろにしたことをいつか詫びるべきだと思っていた。


 もちろん、あのとき、実際に戦場に赴き、多くの部下を失わせてしまったデュオルギス大隊長にも直接会って労いの言葉の一つでもかけるべきだろう。


 とはいえ、現在は戦時下にある。時間的な余裕がないリディエンハルトは一年間も何もできず戦場に立ち続けた。


 リディエンハルトの目的はこの世界を取り巻く怪奇事件の発生源を突き止めることだった。

 この世界に死人が出現するようになってから、度々、能力とも魔法とも呼べない、魔界の悪魔や魔族とも関係がなさそうな不可思議な事件に遭遇することがあった。

 多くの場合、それはリディエンハルトの身近な場所で起きた。


 過去の記憶を持たないリディエンハルトだが、この怪奇現象の発端に自分が深く関わっている気がしてならない。


 死人の特権であるリターンチャンスはすべての怪奇事件が、いや、その根源を突き止め、解決を果たしたときに、初めてリディエンハルトにとって価値のある制度だ。

 部下にはさっさとリターンチャンスを果たせと勧めるが、戦場にいて楽しめる人間はそう多くない。


 その数少ない戦場を大いに楽しむリディエンハルトの相棒は三日月形の口で嗤った。


「死人、予言、言霊、怪奇を生み出し呼び込む君たちヒトはなんだ……!



☆☆☆

新作の異世界ファンタジーを本日より公開いたします!

えちぃ要素とかほぼ無いハイファンタジーですので、背後は気にしなくて大丈夫です笑

既に第一部完結済みの原稿を毎日更新していきますので、最後まで楽しんでいただけると嬉しいです!(^^)!


 

 

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