【読み切り】流麗たる魔王さまと支配者のティータイム
Tanakan
【読み切り】流麗たる魔王さまと支配者のティータイム
「今年で、世界を焼いた愚かしい異界対戦から八十年が経ちました。戦列で命を落とした魔人や魔族、そして人と異界より招かれた現世への転生者たちへ祈りを捧げましょう」
カウンターの天井に備え付けられた平たいテレビジョンから、白衣をまとう透ける金色の髪をなびかせた少女が手を組んでいる。
少女から画面は引き、一片の曇りもない白くそびえる
参列するのは
「店長。祈りを捧げなくてもいいんですか?」
カウンターチェアーに腰掛けて、ブラウンの一枚板に身を預けながら、サイフォンコーヒーに火を入れる店長へと話しかける。
決して広くはない店内には
繁盛するとはほど遠いカフェ『ナインズ・ワールド』で僕が働き始めて二年になる。
それは同時に僕がこの特区『異なりの間』に足を踏み入れた日々であり、店長である彼女と過ごした日々でもあった。
店長は青く細い髪を束ね、嘘みたいに整った顔立ちの眉間にシワを寄せる。尖った耳にかけられた青髪は光の角度で色味を変える。
「
興味がないね。と彼女は言う。きめ細やかな所作や病的に思える白いシャツと、ベストから伸びる細腕で器用にアルコールランプへ火を点けた。
「人や人ならざる存在に関係はないでしょう? そう学校で学びました。僕が生まれた時には魔族や魔法、異能や魔族も当たり前でしたから」
ポツポツとサイフォンの透明な半球の中で湯が沸き立つ。次第に上部に水が登り続け、液体はコーヒー豆をまとって黒く染まる。
「奏多が学校で学んだのは史実だろう? 魔王を統べる
愚かしいね。と木べらで彼女は水とコーヒーが合わさる液体をかき混ぜる。うっすらとした胸元にファミールと書かれた札が動きに合わせて揺れていた。
世界の均衡が崩れた原因が、支配者による世界を収束する大魔法であることも学んでいた。思えば今まで店長に理由を聞いたことがない。
「魔王はどうして世界を集約する魔法を使ったの? 店長なら知っているんじゃない?」
「教えないよ。私だって巻き込まれたんだ。支配者とは名ばかりで、わがままなツノを生やした子供だよ。夢ばかりを語り、厄介なことをしてくれたものだ」
教科書に書かれた支配者は黒衣をまとって巨大なツノを生やしていた。しかし僕の知る姿とファミールの語る姿は違う。弱々しく夢見がちな魔族の少女であるのだ。
うるさいな。とサイフォンの火を消し、ファミールはテレビジョンを消す。高らかに聖歌を歌い、歌詞は人の世界の歌である。
「さぁ。看板を出しておいてくれ。ティータイムの始まりだ」
僕はカウンターチェアーから飛び降りて、ドアの隣に置かれていた看板を取り出す。
ドアを開いて看板をドアに引っ掛け振り向くと、喧騒が街を彩っている。軒先でフルーツを売る毛並み豊かな
ふむ。と腰に手を当て息をはく。今日もようやく一日が始まる。
店に戻ろうとした時、中央で晴天であるはずなのに稲光と、遅れて悲鳴と鈍く弾ける音がした。間をおかずに魔族や買い物をする人が逃げ出し、
「白銀バラの騎士が巡行をさえぎるとは失礼な獣め!」
通りの中央で白銀の鎧を着た転生者が三人。まだ子供の背丈を下した黒色の毛並みと赤いリボンの小柄な魔獣を見下ろしていた。
「ごめんなさい。急いでいて気がつきませんでした」
「気がつかないじゃ済まないなぁ。お前も治安を乱すのだろう? 恐ろしい毛並みと爪を持ち、巡視を邪魔するのならば・・・危険を
先頭の騎士が剣を抜く。続くふたりもまた同時に剣を抜いた。剣に沿って先頭の男が雷をまとう。後続の男たちにそれぞれ炎と薄緑の風が剣を包んだ。
騎士の巡視は特区の治安を守るためである。という名目だ。
名目であるが事実は違う。騎士が騎士であるために争いと勝利を望む。ゆえに決闘という制度が生まれた。
言いがかりで幼い魔獣に対して剣を振るう。これが特区の現実である。
「ちょっと待ってください。ここは僕に
気がついた時には飛び出していた。魔獣の前に立ち両手を広げる。魔族でも転生者でもない、ただの人である僕にも戦い方がある。
「なんだ? お前は? お前が代わりに決闘を受けるのか?」
「決闘なんて大それたこと、ちょいと見逃してくれるだけで・・・僕は力の無いただの人なのです」
舌打ちが聞こえ互いに目を合わせている。いい加減見下されるのにも慣れてきた。人が特区で生き延びるにはこれしか手段はない。
「宣誓で決められているはずです。力なき人に手を出すと
情けない。と雷の騎士は剣を収めた。
「だからただの人は嫌いなんだ。群れると他者をとぼしめ
「いやはや。本当に・・・なので今日は僕の愚かさに免じて・・・」
我ながら情けない。足は震えて冷たい汗が背筋を流れる。ただの人の僕は弱さを利用し戦うしかない。笑われ嘲られても。他者を見上げて生きるしかない。
剣を収めたはずの騎士が
「わかった。人との決闘はしない。剣が汚れるからな。しかし魔獣は別だ。決着がまだ・・・ついていない」
頭上で稲光が集中し太陽を覆い隠すほどの光が走る。僕が跳び、魔獣へ手を伸ばす。硬い毛並みに触れた。
魔獣の少女と目があった。少女は僕に手を伸ばす。なんて優しいのだろうなと微笑み、視界を光が覆った。僕の望んだ世界とほど遠い。
「まったく。目を話すとすぐこれだ。身の丈に合わない正義感は災厄そのものだな」
覚悟に体を固めた瞬間、雷光がバラバラと破片となり散った。振り向くとファミールが騎士と対峙している。
右手を掲げて騎士と僕との間に立つ。ソムリエエプロンが風にはためき、結ばれた髪が勢いを増す大気で流れていた。空にきらめく流星とよく似た色をしている。
「店長。すみません。いつもならこれで許してもらえたのですが」
「そんなことを続けていたのか? 力の使い方をわかっていない奏多には、いつも呆れさせられる」
頭上には大気を流れる水流に、放たれた雷が帯電している。雷をまとった水流は収束し掲げた右手に集まり水球へと形を変えた。腕にまとわりつきながらファミールは騎士へと右手を向ける。
「今なら水に流してやってもいい。血が薄れたな。私たちが知る原初の転生者はこんなに弱くなかった。きさまらは
ぐっと雷をまとう騎士は後ずさり、踵を返そうとする。獣の少女を背に僕はファミールの背を見上げる。原初の転生者。最初に異世界より現世へ呼ばれたそれぞれの世界にいた英雄たちである。
長い月日の中で転生者たちは子を成し、子はさらに血をつなげた。血が薄れるということは力を失うということである。
「貴様。色味を変える青い細髪、『
「ほぉ。知っていたか。やはり原初の血を継ぐものだな。よかろう。ならばどうする? 立ち向かうか?」
「俺は・・・原初の雷から血を紡ぐ家系だ! それ以上に騎士である! 父の名に泥は塗れない!」
雷の騎士に追従していたはずのふたりの騎士が踵を返し、雷の騎士が一瞥し後退する。残念だ。とファミールがつぶやく。
右手を漂わせ一度目を伏せる。細く長い指先を方々へと向け、ファミールの頬に笑みが刻まれた。
「言った通りに水へ流してやろう。さぁもといた場所に帰るがいい。『たゆたう
ファミールの指先で収束した水玉は回転しながら、太さを増して三人の騎士を包み込み空へと放った。
静けさに包まれながら、まったく。と両手を叩いて眉間にシワを寄せる。魔獣の少女はいつの間にか逃げ出して通りには僕とファミールしかいない。
「店長。原初の血筋に手を出すなんて・・・いいのですか?」
「放っても置けないだろう。それにもう・・・少し
どうして。と聞き返そうと口を開いても佇み髪を束ねるファミールの、磨かれ輝きを増す玉石と同じ美しさに言葉を失う。
流麗の淑女ファミール。それが史実では世界を混沌に陥れた魔王の名であった。
僕はかつての魔王が営む喫茶店で、淡い夢を抱きながら働いている。
バターの香りに包まれていると昼間の喧騒がどこか遠い世界の景色に見えた。喫茶店の奥にある厨房で、パンドケーキが焼かれて身を膨らませるのを眺めていると、生まれ育った人の村を思い出してしまう。
僕が特区へ足を踏み入れた理由は、書庫で見つけた一冊の本だった。『異界旅行記』と金の装飾で銘打たれた本に書かれた物語は、僕が学んできた歴史とは異なっていた。
ある少女の物語である。幼稚な
物語で少女の傍には流麗の淑女と呼ばれる、青と白銀の中間で髪を結び淡い青色をした礼装の女性がいた。物語の終わりに小さな喫茶店で互いにコーヒーを酌み交わす魔族や原初の転生者、人の姿もあった。
史実上は互いに憎み合っていたはずなのに、物語の中だけが違ったのだ。
僕は物語と同じで、力で支配されない場所があると信じたかった。煌びやかな英雄たちの活躍を眺めつつ、弱い自分を自覚していたから。
義務教育を終えてすぐに引き止める両親を置き去りにして、やっとの思いで特区へ足を踏み入れる。物語のような世界があると信じて。
淡い夢だったと知るのに時間はいらなかった。
形ばかりの平和で、
通りかかったのはファミールだった。歩く旅に色味を変える青髪を揺らし、雨は彼女を避けていた。
野良犬と変わらぬ出立で彼女に近づき見上げた。彼女がかつての魔王であることはわかった。物語に描かれた立ち振る舞いそのものだったから。
「流麗・・・淑女?」
彼女は僕を一瞥し、そして胸の本を見て目を奪われて目を丸める。
「お前は・・・人だな? それにお前の持つ本は・・・禁書だぞ? とっくに失われていたはずなのに・・・どこにあった?」
「人の世にある僕の住む村です。小さな田舎の・・・」
僕が答えると燃やされなかったのかとファミールが笑みを浮かべる。穏やかで慈しむ笑みが聖母と重なる。
「私を流麗の淑女と呼ぶ者は多くはない。一部の・・・それも
僕は首を振る。奥へと深まるほど蒼を深める瞳に嘘はつけなかった。
「はい。力はありません。でも・・・物語にあるように垣根を越えて、コーヒーの香りに身を預ける情景に憧れました。人も魔族も、転生者も関係がない場所で。無理だとわかっていても、無理だと知りたかった。せめて僕が大人になる前に」
ファミールは僕の抱く革張りの表紙に目を落とし、指先を振るう。雨が僕を避け始め、透明な膜の向こうで流れて地に落ちた。雨が払われ自分が泣いていることに気がついた。
「君の持つ物語は真実となれなかった
僕が首をかしげてうなずくとそうか。とファミールは僕の手を引いた。痺れるほどに冷たい指先であるはずなのに暖かかった。
もう二年も前の話である。変化をあれほど望んでいたのに、ファミールとの日々が変わらないことを祈っている。人の意思とはこうもたゆたうものなのかと、焼きあがったパウンドケーキを取り出しながら、我ながらに呆れている。
夢の一端がファミールのカフェにあるからだろう。
しかし、今まで避けていたはずなのに、自らファミールは原初の家系に手を出した。騎士は騎士であるために手段は選ばない。
相手がかつての魔王であるならば当然だ。
ファミールの
「店長。焼けました」
扉を開いて声をかける。しかし店内には誰もいない。夕方であるはずなのに闇夜と同じ暗さの店内に背中へ冷たい汗が流れる。稲光が窓を走った。
急ぎ外へ出ると店先でファミールが片膝をつき、うなだれていた。片手で胸を押さえつつ諦めた表情で笑っている。
眼前には薄紫の髪と顎ヒゲを豊かに生やした
今朝に見た騎士よりもひと回り大きな
「楔は巨大な力を持つ魔族に与えられし呪いだ。お前たちが受け入れることで定められた呪いだ。忘れたわけではないだろう?
「あぁ。覚えているし知っている。憂いていたんだ。飽きてもいる。この変わらぬ世界に。物語はわずかに続いただけで、結末は変えられなかった」
そうか。とテルファが剣を掲げる。
教科書に載る魔王の力は天を裂き、地を埋めつくほどの元素を操るはず。それなのにファミールの扱う力は、遠く及ばない。
今まで見たことがなかった。使う必要がないのだと勝手に思い込んでいた。使わないのではなく、使えなかったのだ。
「ちょっと待ってください。僕が僕のせいです。どうか、ファミールは」
駆け出し向けられる刃の切っ先の下で僕はテルファを見上げる。口を固く結んだテルファの背後で声が響く。三代目の騎士の声だった。
「父上。そいつが愚かにも魔王に付き従い、魔族をかばう人です。人の弱さを利用して、人ならざる魔族へ取り入る裏切り者です」
馬鹿め! テルファの怒号とともに四方へ紫の稲光が走る。目を閉じることも許されず、石畳が弾けた。
「お前のことなどどうでもよいわ。力もない三世代目め。恥知らずが。貴様は騎士の名に泥を塗った。この安穏とした世界で騎士が騎士たる
確固たる
「まったく。また奏多の正義感か。放っておけばいいのに。何のために君にケーキを焼かせてやったと思っている? 気がつかれずに終えるためだぞ?」
馬鹿だな。とファミールの瞳が細くゆがんだ。テルファが剣を下ろす。
「
僕は踵を返す。ここでもし僕に少しでも力があるならば、立ち向かえることができる。ただ無力だ。
夢の
これも魔法なのかな。と僕はファミールへ歩み寄る。
ずっと一緒にいた。僕が拾われた日からずっと。
一緒に客のいない喫茶店で過ごす音のない日々。たまに訪れた喧騒と特区であるため魔族も人が交わり、笑みを隠すファミール。ファミールも同じ願いを、僕と抱いたはずなのだ。物語に描かれた結末を望んでいたはずだ。
「裁かれるなら僕も一緒です。無力でありながら途方もない夢を描いた罰です。でも幸せでした。夢の一端を一緒に見られたから。それだけで満足です」
「出会った時と変わらないな。私はすっかり諦めてしまったというのに、君は私たちの王。魔王を統べる輝ける支配者と同じことを願っている。彼女は後悔もしていた。新たな出会いと幸福を望み、物語の収束を願う大魔法によって争いが起きたことを。彼女は私たちを従えたまま罪を背負って旅をした。奏多の持つ禁書は真実だよ」
「本当だったんですね。よかった。描かれるファミールが幸せそうな物語でしたから」
「幸せだったよ。私たちは長い間旅をした。世界をひとつにするために。魔王と魔王を支配する少女。そして原初の転生者や現世の人と一緒に手を取り合って。争いを止めた。何度も何度も。しかし終わらず夢は叶わなかった。世界が破綻し、次々と異世界から現世へ舞い降りる転生者たちと魔族。秩序が必要だった。強大な力は恐れの象徴である。
ファミールは弱々しく
「もし人の僕ではない特別な誰かが物語を手に取ったなら、幸福な物語の終焉を刻むことができたのに。すみません。でもありがとうございます。少しの間でも夢を見られた幸せでした」
「夢は見られたのか? 私と私の支配者さまと
「はい。今もまだ夢の中にいるようです。知りませんでしたか? 店長もよく笑っていましたよ?」
今際の間際だというのに笑えているのは、不器用で
肩の力を抜くと、ヨロヨロとファミールが立ち上がり、後ろで甲冑が鳴る。ただ死ぬのはまだ怖い。
よろめくファミールの胸に額を当てて体を支える。笑っているのか泣いているのかは、動きを取り戻した雨粒でわかった。
「取るに足らない日々だったが、私も幸福だったようだ。世界は変えられずとも、世界の一端は変えられていたのだ。絶望に目が
ファミールは一呼吸置いて僕の瞳を覗き込む。
「奏多に魔王の心を
ただ・・・と奥底へと沈むほど輝くファミールの瞳は僕を射抜く。
「僕はただの人です! 無力で何もない・・・」
「無力な人にしか許されない力がある。力を持って生まれ、力に依存する私みたいな魔族や異世界からの転生者とは違う。持たざる者の可能性という名の白紙という力だ。魔王が心を赦せるほどの支配者と同じ力が、奏多にはあるよ。小さく
ファミールが僕の額に自らの額を合わせる。細い髪が頬に触れてくすぐったい。ただね・・・とファミールがつぶやく。
「力を得たら同時に君は・・・弱さに甘えることを諦めないといけない。魔王を統べる者として認知されるのならば、弱さを盾に逃げ出すことは叶わない」
考えずとも僕の答えは決まっている。
「僕の幼稚な夢がファミールたちと同じであるのなら、一緒に世界を変えたい。小さな喫茶店からでも世界を変えたい。変えていきたい。今度こそ」
よい答えた。と胸に当てられてファミールの指先が頬へと伝い、顎先を掴むとギュッと引き寄せ唇が重なる。指先とは違う熱が喉から胸の奥へと伝わり、鼓動が早まる。離れた指の先でファミールが水滴に包まれ姿を変える。
強まる雨を身にまとい、青と白銀の中間で髪がはためき、淡い青色をした礼装に、半透明の皮膜が体を包む。物語で見た身姿のままだ。
「楔が穿たれる前の・・・
騎士たちからすればわずかな時間だったのだろう。時間が動き出す。
テルファは剣を掲げて稲妻をほとばしらせる。眉間にシワがより恐怖で手先が震えていた。
雷光が街を覆った。視界を覆う円形の雷が流線となって放たれる。
ファミールが一度瞬きした刹那、雷が霧散する。
「流麗の淑女の力は、水の元素の使役。大気に流れる水を従える。貴様の
脚を踏み込みテルファが一足跳びで僕とファミールへと剣を振る。振り上げられた剣尖に足先を乗せたファミールは、僕の手をつかみ反転しながら雨空へと飛び上がった。
僕は手を引かれたまま空へと舞い上がり、見上げていた街並みを見下ろす。
追従するテルファもまた跳び、大上段で振り上げた剣を向けた。
クスクスとファミールが口元を歪ませ笑い、右手を振ると格子型に並んだ雨の線眼下の空を覆い尽くしテルファの行く手を
「安心しろ。今日のことなら水に流してやる」
「水に流せるものか! 殺せ! 騎士に恥を塗るな」
そうか。ファミールが身構えた。僕は一緒に自由落下を続けながら、必死にファミールの細い腰へとしがみつく。
「ダメだよ。ファミール! 殺してはダメだ!」
「わかっているよ。ただな。私は少々怒っている。大切な私のティータイムが邪魔されたことにね。水に流せぬならば、氷へ閉ざすまでだ」
水の糸に絡まりながら身悶えするテルファの正面で、ファミールは胸を抱き人差し指を唇へと当てた。
「動きを失う水は氷となる。自由を失い自由を奪う。悠久の果てまで眠れ。己の欲に酩酊しながら閉ざす氷が溶けるまで。『
ファミールは踵を打ちつけ鳴らす。テルファから色が失われていった。下方に身構える騎士たちからも色と自由が奪われた。
奪われ連鎖する色味が大気の水を巻き込み氷柱が高くそびえ始める。氷山にも似た氷柱がすぐに僕たちの足元まで到達した。
ファミールは僕を抱いたまま落下を続けカフェの前に降り立つ。眼前には通りだけに沿って刻まれる氷柱の峰が果てまで届いていた。
ファミールの礼装が溶け、ソムリエエプロンと白シャツが揺れた。組まれた髪が解ける。
「やはりこの程度か。
「僕のせい? 器って?」
「奏多が人としての器量を増せば増すほど、私の力はもとへと戻る。私たちを統べた少女の足元以下だな。まぁ私の日常ではこれくらいが丁度いい」
さてどうしようか。氷の峰を眺めながらファミールが言う。
ファミールが僕の頭をなでる。隠され続けてきた悔恨で濡れた頬で彼女が笑った。
「今日は客が来ないだろう。次の来店までティータイムだ。ケーキは焼けているだろうな?」
「はい。ドライフルーツのパウンドケーキです。絶品ですよ」
それは楽しみだと。ファミールがカフェの扉を開いて、僕は後に続いた。。
これから僕は世界を変える。小さな喫茶店の端から、夢を
小さなカフェの
『【読み切り】流麗たる魔王さまと支配者のティータイム 了』
【読み切り】流麗たる魔王さまと支配者のティータイム Tanakan @Tanakan-PT
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