第47話 陰キャ先輩と夢の終わり Ⅶ

 元々、こうなるつもりだった。


「……これでいい」


 カラオケルームに残された陽向は、力無く椅子に座り込みそう呟く。


「……これで……いい」


 此処に足を運んだ時点で、もし本当に自分の催眠アプリで圭一郎の人生を滅茶苦茶にしているのであれば自分から解放しなければならないと。

 今この瞬間のような光景になるのを分かっていて。

 それを覚悟して事に臨んだ筈だった。


 途中向けてくれた言葉で、もしかしたらという光は見えて。

 そうであったら良いなと思う自分がいて。


 それでもこの結末をちゃんと頭に入れられていた筈だ。

 心構えは出来ていた筈だ。


 出来ていた……筈なのに。


「圭……一郎君……」


 涙が溢れ出てくる。

 今までの事は、本当は自分が見る事が出来なかった夢の様な話で。

 ただその夢から覚めただけなのに。


 覚めないといけないと思っていたのに。


 「…………圭一郎、君」


 涙が溢れて止まらなかった。


 ……とにかく、それが止まろうと止まらなかろうと、全部お終いだ。


 文芸部も。

 ……自分の恋も。


 全部終わり。


 無理矢理始めた物を無理矢理終わらせて。


 ……元通りだ。

 全部全部。


 そうやってただその場で顔を俯かせる事しかできないでいる中で、諸悪の根源ともいえるスマホから着信音が鳴り響いた。


 ……分かっている。

 その相手が圭一郎では無い事は。

 ……だけど今に至っても、まだそうであって欲しいと期待している自分がいる。


 その位にはまだ。

 こんな事になってもまだ。

 資格が無い事は分かっているのにまだ。


 自分は赤羽圭一郎に依存している。


 そして力無い動きでテーブルに置かれたスマホに手を伸ばし、表示された名前を確認する。


 赤羽美琴。


 赤羽違い。

 だけど自分にとって大事な人なのは同じ事だ。

 そんな人からの着信。


 それを確認して……肩が震えた。


 弟を催眠アプリで狂わせた加害者に、一体どんな言葉を向けられるのだろうかと、怖くなったから。


 先程のカレー屋での柴崎の話を鵜呑みにすれば、この電話先の赤羽先輩は催眠アプリが本物である事を知っている。


 具体的にどういう経緯で知って、そして何故今日まで連絡が無かったのか。何故今日連絡するかもしれない事を柴崎が把握していたのかは正直分からない。

 そんな事を落ち着いて考えられるような余裕があるのなら、きっと泣いてはいないしこの電話にも出られた筈だ。


 ……余裕が無かったから、結局着信音が鳴り止むまで、スマホを再びテーブルに起きうずくまっていた。


 ……止まった後もしばらくは。

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