第48話 野球少年と自分の選択

 あれから家に帰ってきて、すぐにベッドに横になった。

 それから改めて、自問自答する。


 何をどうする事が正解なのか。

 ……というより、俺自身がどうしたいと思っているのか。


 少なくとも、現状維持する事を良しとする気持ちは湧いて来なくて。

 それが湧いて来るなら多分あの場から逃げ出したりなんてしていなくて。

 そして……催眠アプリにでもかかっていなければ、突然全部投げ出して新しい事を始めようと考えるタイプの人間ではない事は分かっているから、その時点で自分のやりたい事は何なのか。


 最優先したい事が何なのかは、自然と固まって来る。


 ……そんな風にしばらく、何か変わる訳でもない自問自答を続けた後、体を起こして立ち上がり、棚に置かれた野球ボールを手に取り握る。

 ずっと、こういう事すらまともにやってこなかった。


 ……今、はたして俺はまともにコイツをミット目掛けて投げられるのだろうか?


 惰性でやっていたとはいえずっと継続して野球の練習は春まで続けてはいたんだ。

 それなのにこの五ヶ月間は運動量自体もどんどん減っていて、野球らしい事をしたのも殆どたまに行くバッティングセンター位で。

 少なくとも投げ込みなんて事はほぼやっていないと言ってもいい。

 初めての事だと思う、こんな事は。

 ここまで何もやってこなかったのは。

 ……こんな状態で、俺は。


「……いや、それよりも」


 ……俺はまだ野球をする事ができるのだろうか?


「……もう九月だぞ」


 入学直後に行った野球部との対決の後、田山先輩は気が変わったらいつでも来いと言ってくれた。

 一か月後でも二か月後でも……一年後でも話を聞くと言ってくれた。

 だけど……一年後でもとは言ってくれても、それでも五か月遅れというのはあまりにも長い出遅れで。


 岩井先輩達三年生が抜けて、二年生を中心とした新チームで一夏を越した今、もう既に新体制のチームという奴は出来上がっているのだ。

 今更過ぎやしないだろうか。



 そして……自分がどうしたいのかを考えた結果、俺は自分の居場所じゃない野球部に対して、無理難題を突き付けたいと思っている。

 尚更厳しいかもしれない。



 強豪校の推薦を断ったり。

 あれだけ大丈夫だと先輩に言っていたのに逃げ出したり。

 ……そして今度は自分の思い通りにしたいという無理難題を、普通にですらどうやって受け入れて貰うかを考えなきゃいけない野球部に対して突き付けようとしている。


 ……俺は何時だって我儘で、自己中心的で、滅茶苦茶な奴だ。

 認めたくないけどやはり姉弟って事で、似ているのかもしれない。


「……いや、こんな奴と一緒ってのは姉貴に悪いか」


 ……とにかく。

 とにかく今度は俺が俺の意思で、やりたいと思うような選択をしていく。

 ……善は急げ。

 まず第一歩だ。


 俺はスマホを手に取りラインを起動。

 選択する連絡先は……武藤だ。


『悪い、ちょっと話がある。時間がある時連絡くれ』


 そういうメッセージを送るとすぐに既読が付き、着信が掛かって来る。

 ……タイミングが良かったみたいで助かる。

 そう考えながら、覚悟を決めるように軽く深呼吸をしてから通話に応じる。


『もしもし。どないしたんや珍しいな、自分から連絡寄こすなんて』


「ああ、悪いな武藤。多分練習中だったろ」


『せやけど今は休憩中や。今入ったとこやからある程度時間あるで』


「……いや、そんな時間は取らせねえよ」


 ……悪いけど、武藤に用があった訳では無いんだ。

 コイツはずっと俺の復帰を待っていてくれた……最高のライバルなんだけど。

 だから武藤に用があるとすればその先だ。


「悪い。田山先輩の連絡先知らねえか? あの人に話したい事があるんだ」


 俺がそう伝えると少し間を空けてから、どこか嬉しそうな声音で武藤は言う。


『そういう事なら今近くにおるわ。変わろか?』


 一体どういう方向性の話か、武藤は察してくれたらしい。


「悪い」


『礼はそうやな……今度自主練付き合え』


「付き合える範囲でな」


『ほな、ちょっと待っとき』


 そして少し待っていると、通話先から田山先輩の声が聞こえて来る。


『もしもし、赤羽君? 久しぶり。どうしたの急に……なんて聞くのは野暮かな?』


 夏休みの練習中に態々友人を介してまで俺が連絡してくる。

 それだけで向こうからすれば大体用件は理解できる、という事だろうか。


 ……その反応は本当に助かる。

 武藤も田山先輩も、今からでも遅くないと言ってくれているみたいな物だから。


 ……だけど田山先輩がこちらの要件を把握しているつもりでいるなら、多分その正解率は五割といったところだ。


 今更ながら野球をやらせて欲しいとお願いする事と同じくらい、こちらには大切な用件がある。


 いや、違う。

 優先順位は流石に前者の方が上だ。

 同じだとしたら、俺は今こうして田山先輩に電話していないかもしれない。 


 ……とにかく、そういった事も含めて言葉を紡ぐ。


「急に連絡した上に厚かましいかもしれませんが……頼みたい事があります」


 自分勝手で。

 自己中心的で。


 多分真面目に野球部としての活動をしている人間を舐め腐っていて。


 それでも自分がそうしたいと思う事を、形にする為に。

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