第43話 陰キャ先輩と夢の終わり Ⅳ
圭一郎がこういう大事な時にふざけた事をしないというのは分かっていて。
それで体が全く動かなくなっているという事は、つまりそういう事なのだ。
(やっぱり……本物なんだ)
あの日、赤羽先輩が冗談半分で……きっとお守りを渡すような気持ち半分でインストールしてくれた催眠アプリは本物だった。
「なん……さっきは動いたのに……」
困惑するように圭一郎は言う。
「ちょっと待ってください先輩。う、動かしますから……今……」
「が、頑張らないと動かない時点で……やっぱりこれ、本物」
言いながら画面を長押しする。
さっき自分がそうされたように、たった今彼にかけた「動くな」という催眠を解除するのだ。
そして10秒経って画面が切り替わり……再び圭一郎に画面を見せる。
「動くな」
そう言うとすぐに固まっていた体が動き出す。
そして困惑した表情を開け閉めする右拳に落す圭一郎は呟く。
「なんで今回は……」
「た、多分だけど……」
考えていた仮説を圭一郎に呟く。
……これもまた、そうでなければいいと思うような、そういう話。
「こ、これが本物って事は……う、ウチは何度も催眠をかけてきたって事になるから……多分、現在進行形で。だから……ウチのが壁になったのかも」
このアプリが本物であった以上、結果論としてその仮説は多分当たっている。
そしてそれが正しいのだとすれば……これまで自分は自分自身の願望で微弱の催眠を圭一郎にかけ続けていたという事になる。
微弱と言っても……意思決定に大きく影響を与えるような、そんな物を。
そしてそれを圭一郎も理解したのだろう。
半ば強制的に理解させてしまったのだろう。
「……という事は全部……全部? …………最初から全部か」
困惑しながらも、何とか飲みこむようにそう呟く。
だけどそれでも……気持ちを落ち着かせるように深呼吸した圭一郎は言った。
「……流石に認めますよ。先輩の催眠アプリは本物です。それで先輩の仮説が正しければ俺には何重にも先輩からの催眠がかかっているんでしょう」
「……だ、だから、圭一郎君は」
そこまで言って……言葉の続きが出て来なかった。
「圭一郎君は……」
自分の使った催眠アプリの所為で、野球を辞めて全く関係が無い文芸部に入ってしまった。
本来輝く筈だったステージから引きずり降ろして、現在進行形で人生を滅茶苦茶にしてしまった。
そんな。
そんな罪の告白の様な言葉は、どうしたって出て来なかった。
これを言って。
そしてアプリを消すなりなんなりして、自分という加害者から赤羽圭一郎という人間を解放しなければならないのに。
ここに来て全部嘘であってほしいと。
今日の事は悪い夢だったんだと。
今まで見ていたのは夢ではなく現実だったのだと。
そう言い聞かせたかった。
言って欲しかった。
そんな自分に対し、圭一郎はしばらく無言でこちらを見た後、小さく笑みを浮かべて言う。
「何泣きそうな顔してるんですか」
「だ、だってウチは……」
「もしかして俺の人生滅茶苦茶にしたとか思ってます?」
「……」
「図星ですか。まあ五か月も一緒に居たら考える事は大体分かりますよ」
そう言う圭一郎の笑みは……無理矢理浮かべているような物ではない。
こんな事になっているのに……ちゃんと笑っていた。
それは解放されるから、なんてものでは無くて。
……明らかに、こちらに対する敵意のような物は感じられない。
そんな笑みを浮かべながら圭一郎は言う。
「俺の人生は何もおかしな事にはなってませんよ」
堂々と、そう宣言する。
「だ、だって催眠アプリは本物で……」
「そう。だから事実俺には微弱な催眠ってのが何重にもかかってるんでしょ。さっきの一発貰ったらもうそれは否定できない。微弱な物が俺に届ていないって考える方が無理がある」
だけど、と圭一郎は言う。
「先輩にそんな顔をさせなくて済む仮説を俺も立てました。仮説っていうか確信です。多分間違ってない……そんな微弱な催眠なんかで、俺の意思も……先輩の言葉の強さも否定させない」
「……」
「なんで微弱な催眠程度に俺の意思決定が負ける事前提で話してるんだって話ですよ」
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