第42話 陰キャ先輩と夢の終わり Ⅲ
「まず大前提として、俺はさっきの件と先輩の持ってる物は別物だと思ってます。何度もいいますけど関係無い筈です」
部屋の中で改めて向き合って圭一郎はそう言う。
表面上は。
もうそれなりに長い付き合いだから、その大前提を本人自身が信じきれていない事は伝わってくる。
そんな圭一郎に対して自分の考えをぶつけた。
「う、ウチはそうは思わない……」
そう思えない。
「でも動くなって言われてピクリとも動かなくなるような奴でしたよさっきの。今まで俺がそんな風になった事ありましたか?」
その言葉に対する反論は既に頭の中にある。
有ってしまった。
大前提として圭一郎が言う通り全く関係が無かったらそれが一番良くて、だからこの手の催眠アプリが本物だと思っていても、その考えが間違っている根拠を探す自分もいて。
必死に探すそんな自分もいるからこそ、逆説的に間違っていて欲しい現実ばかりが突き付けられていく。
「……う、ウチはあんな風に、命令していたつもりは……無い」
いつだって、催眠アプリの事を本気にしていなかった。
本気だったからこそ、どこまで行ってもそうなったら良いなというおまじないでしか無かった。
「お、お願いしてるような……そんな気持ちだった」
そう、そうなったら良いなという自分の気持ちを伝えていただけなのだ。
あくまで相手に決定を委ねるように。
「だ、だから……さっきのみたいな、力が無かった……んじゃないかな」
その言葉をどこか噛み締めるように聞いた圭一郎は、呼吸を整えるように小さく息を吐いて、それから言う。
「……確かめてみましょう。その為に俺達は此処まで来たんですから」
「……」
「そのアプリを俺に向けて、アイツみたいに動くなって命令してみてください。それではっきりするでしょ」
と、そこまで言って何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべた圭一郎は、どこか安堵するように息を吐く。
「いやそもそもの話、先輩は動き止められてましたけど、俺普通に動けてましたよね?」
「……」
「つまり仮に先輩の催眠アプリが本物だとしても、俺には何の関係も無い話って事ですよ」
「……」
そうかもしれないと、答えたかった。
だけどそんな都合の良い事は起きないと、圭一郎の言葉を肯定する為の理由を探していた筈なのにそんな考えが浮かんで来る。
赤羽圭一郎という人間は、高い運動神経と野球センスに恵まれた言わば特別な人間だ。
だけどそれはきっとそういう分野の話で……催眠アプリなんていう滅茶苦茶な存在に対する耐性を特別持っているなんて事は、仮にそういう体質が会ったとしても天文学的な確率のように思えて。
非現実的な話をしている今考えるのはおかしい気がするけど、非現実的に思えて。
そしてより現実的な仮説が自分の中には浮かび上がっている。
……まあ、どうであれ。
「お願いできますか?」
「……や、やってみる」
自分がただひたすらに後ろ向きに物事を考えていただけで、何処までも杞憂だったと。
現実的な仮説が大外れで、笑い話にできるような展開が待っているかもしれない。
まだ何も試していないのだから……ゼロじゃない。
それに縋り付くように……催眠アプリを起動したスマホを圭一郎に向ける。
「いつでも良いですよ。動いてみせますんで」
「う、うん」
そして言葉を紡ぐ。
向けた事のない命令口調で。
「動くな」
そしてスマホの画面を見て、紡がれた言葉を聞いた圭一郎は。
「……ッ!?」
ピクリとも動かなくなった。
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