第40話 陰キャ先輩と夢の終わり Ⅰ

 圭一郎に手を引かれて店を出ながら、その背を見て思う。


 いつからか、どうしてこの人が。

 赤羽圭一郎という野球の天才が文芸部に入ってくれたのか、なんて事は考えなくなっていた。

 とても不可解な選択だけれど、それでも本人が選んでくれたと。

 そんな都合の良い部分だけを見るようにしていた。


 だってそうだ。

 催眠アプリなんて馬鹿正直で信じてなんていない。

 ずっとただのお守り位の気持ちで見ていたのだ。


 それを否定してしまえば謎は謎のままでも、本人の意思だと思うだろう。


 だけど先程のカレー屋の店員に見せられた表示されていた画面がまるで同じで、そして実際言われた通り体が動かなくなるという事を経験した今。

 本物が存在するという事を知った今。


 不可解な選択の源が、どうしたって自分の行動に思えてくる。

 そして。

 非現実的な事だからと、現実逃避していた事実が鬱屈とした感情と共に湧き上がって来る。


(……今、手を引いてくれているのも全部……)


 全部。

 全部自分の加害行為の先にある。


 赤羽圭一郎という後輩の人生を滅茶苦茶にするという加害行為の先にある。


(……駄目だ)


 強く思う。


(…………駄目だ)


 この手を握って貰ていては駄目だと。


「け、圭一郎君……」


 立ち止まってそう声を掛ける。


 大切な後輩だから。

 実は一方的な物だったのかもしれないけれど、自分にとっては大切な友達のつもりだったから。

 

 ちゃんと逃げずに話すべき事は話さないといけないと思ったから。


「関係無いですから!」


 立ち止まって振り返った圭一郎は言う。

 こちらが思っている事を。

 ……もしかしたら自分自身が思っている事を全部否定するように。


 ……その言葉に縋り付きたくなる。

 その言葉に、どんな形であれ頷きたい。


 だけど、そんな事をする訳にはいかないから。

 家族を除けば圭一郎や、赤羽先輩相手にだけは、そんな事をする訳にはいかないから。


「……は、話そう。一回、落ち着いて……」


 夢が夢のままならそれで良いけれど。

 もしそうでないなら覚まさないといけないから。


 赤羽圭一郎という大好きな後輩を、自分なんかの元から解放しないといけないから。


「……お願い」 


 例えその先が奈落の底でも歩を勧めなければならない。


 それが踏み出せる位には、赤羽先輩に強くしてもらったつもりだ。

 赤羽圭一郎という後輩を、大切に思っている筈だ。


(……確かめなきゃ)


 本当の気持ちを。

 例えそれが負け戦にしかならないと分かっていても、それでも。


「関係……無いんですよ。俺は俺の意思で此処にいます!」


 手を離して、両肩を掴んでそう言ってくれる彼は……覚えているだろうか。

 彼はどう考えても別の部活に入るつもりだったのだ。


 野球部に入るつもりだったのだ。


 ……自分があの時、縋るように催眠アプリを見せなければ、きっとそうなっていた筈なのだ。

 もしかしたら、自分にでも分かるような大きな大会……甲子園にだって、出られたかもしれない。

 自分が……何もしていなければ。


「……お願い」


 肩を掴まれたまま、頭を下げた。

 お願いだから話を聞いて欲しい。

 自分達のこれまでを肯定する前に、赤羽圭一郎という人間が歩んできた道のりを肯定して欲しい。


 立ち止まって、振り返って。

 ちゃんと見て欲しい。


 その為に。


 そして圭一郎は言う。


「分かりました……じゃああはっきりさせましょう。今から二人で部誌作らなきゃってタイミングなんです。部長の先輩にはしっかりして貰わないと」


 そう言って圭一郎の手が肩から離れる。


「さっきのやべー奴が使ってた催眠アプリと先輩のスマホに入ったアプリが別物だって検証をするんです。ほんと訳分からねえ事が起きましたけど……俺達の事は、至って普通の事が積み重なって今があるんです」


 そして軽く自分の胸を叩いて圭一郎は言う。


「証明しますよ。俺が俺の意思で此処に立っているって事を」


 どこかそうであって欲しいと縋るように。

 そうであって欲しいと縋らせているように。

 

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