第39話 関係者と部外者

 すぐに理解できた。

 先輩の表情がどういった思考の末に生まれているのかという事は。


 今この場で起きた一連の流れが、先輩も一枚噛んでいるドッキリでもない限り、先のスマホの画面が……あの画面を表示させているアプリが起こした事は明白で。

 そして俺達は全く同じ画面を映す物を知っている。


 俺は何度も同じ物を見せられていて。

 先輩は何度も同じ物を俺に見せている。


 それだけで先輩が青ざめている理由なんて、手に取るように理解できた。


 だけど多分これは偶然だ。

 信じがたいけど本当に催眠アプリが存在していたとして、あの店員が使ったものが本物だとしても先輩のは偽物だ。

 だって明らかに違う。


 動くなと言われて動けなくなっている先輩と。

 何もするなと言われてその場に凍り付いている店員と。


 此処までの俺では明らかに違うのだから。


 こんなボタン一つで行動が変わるロボットのような操られ方はしていない。


 俺は俺の意思決定で此処まで来た。

 だから。


「関係無いですよ、先輩!」


 今なお動けないでいる先輩の両肩に手を置いてそう言う。

 そうだ関係ない。

 全部全部全部、俺は俺の意思で此処にいる。


 俺の意思で全部選んできた。


「……成程。意図しない形で点と点が繋がったな」


「何を……言ってるんですか」


 こちらに向けられて紡がれた言葉に対しそう返すと、柴崎は一拍空けてから言う。


「僕は普段赤羽美琴と同じファミレスでバイトをしていてね。その縁も有ってキミの事で悩んでいる事を把握しているんだ……後は察して欲しい」


「察するって……」


「できるだろう、きっとね……とにかく部外者として言えるのは此処まで」


 そして柴崎は一拍空けてから言葉を紡ぐ。


「勿論此処から先の話をキミ達が僕の口から聞きたいなら一枚噛んでも良い。だけどあまりお勧めはしないよ」


 どこかこちらを気遣うような表情を浮かべながら柴崎は言う。


「かつて君の姉がスピリチュアル研究部を潰した事や、僕が此処でやろうとしていた事と……キミ達が抱えている問題はきっと違う。今日起きた出来事や僕がこうして話している事が切っ掛けになったかもしれないけれど、その解決自体が当事者間で行える段階の内は、外野に深入りさせない方がきっと良い」


 そう言って柴崎は店員の男に向き直る。


「僕がキミ達に対してやるべき事があるとすれば、偶然訪れたキミ達を巻き込んだ事への謝罪と……こちらの問題を解決する過程で白井さんを解放する事位だろう。ああ、すまなかったね。僕は君達を餌として使った」


 そうこちらに簡単な謝罪をした後、柴崎は店員の男に言う。


「さて、これまで僕はキミとの通話で催眠アプリについてのある程度の詳細を聞き出し、その上で余程の事が無ければ僕に矛先を向けない様にコントロールする所までは成功した。催眠アプリなら一瞬なんだろうけどね、未熟なもので二か月掛かったよ。さて、その上でまだ聞き出せていない情報が有ったね……最重要な話だ」


 そして柴崎はスマホの画面を男に見せつけ問いかける。


「催眠アプリでかけた催眠の解除方法について知っている事を全部言え」


 言われた男はあっさりと……無理矢理引きずり出されるように答える。


「画面を十秒長押しすると解除モードに切り替わる。それで解きたい催眠の内容を同じように口にすれば元に戻る。もしくはアプリを削除すれば全ての催眠が解かれる筈だ」


「なるほどね」


 そう言って画面を長押しした柴崎は先輩にスマホの画面を向ける。

 ……その画面は先程のものと色合いが違い、どこか鮮やかさを感じられた。


「動くな」


 そして柴崎がそう言うが……。


「先輩、体動きます?」


「う、動かない……」


「……なるほど。もしかしたらかけた本人の声音でなければ解けないのか? おい、この子の催眠を解け」


 再び柴崎がスマホを向けてそう言うと、店員の男は動き出してスマホを受け取り、再び解除モードに切り替えて先輩に画面を向ける。


「動くな」


 男がそう言うと。


「う、動いた……」


 先輩の体に自由が戻る。


「……良かった」


 その事に安堵している俺をよそに、再びスマホを取り上げた柴崎は言う。


「これは最終的にアプリを消させないと駄目だな。まさか一人一人被害者を特定してコイツを連れまわすなんて事はできないし……彼女に会わせる訳にもいかない」


 そう言ってこちらに向き直った柴崎は言う。


「さて、こっちの問題についてはキミ達はただの被害者だ。もっと他に大事な事が有るだろうから……此処の後始末は全部僕がやる。お代は良いから帰ると良いよ。僕が出しておく」


「……すみません。そうさせてもらいます」


 どうであれ、此処に長居するべきではない事は流石に分かるから。

 部外者だと判断してくれたのならば、大人しく此処から離れた方が良い。


 離れて先輩のメンタルケアにでも務めた方が良い。

 というか務めないと行けない。


 こんな貰い事故みたいな展開の所為で、先輩の表情はこの世の終わりみたいだ。



 ……そう、先輩にとってこれは貰い事故だ。



 関係ない。

 今起きた事と、俺達の事は何も関係が無い。


 関係無い。関係無い。関係無い。関係無い。


 ……関係無い筈だ。


「行きましょう先輩」


「…………う、うん」


 少しでも気を反らすように。関係が無いと言い聞かせるように。

 力無くそう返した先輩の手を引いて店を出ようとする。


 そんな俺達を呼び止めるように柴崎は言った。


「最後に一つだけ」


「なんです?」


「もしかしたらある程度時間が経った後に、赤羽美琴から連絡が行くかもしれない。だけど今は無視する事をお勧めするよ。彼女は部外者では無いだろうけど……今は間違いなくノイズだ。掛けさせないように話はしておくつもりだけど一応ね」


「……」


 姉貴が部外者ではない。

 それが何を言いたいのはすぐに繋がって。

 それでも繋げないように。

 関係が無いと、適当な事を言っているのだと言い聞かせるように。


 俺はどこか逃げるように先輩と共にその場を後にした。

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