第38話 やべー奴とVSやべー奴
あの後スピ研の元部長(先輩曰く柴崎という名前らしい)に案内された後、一番人気のカツカレーを注文した訳だが。
「け、圭一郎君……これは」
「……変わってませんね」
小声でそんなやり取りを交わさざるを得ないような、そんな味わいが口一杯に広がっていた。
以前食べて脳裏にこびりついていた、絶妙に美味しくない味がそのまま再現されている。
……これで何故こんなに繁盛しているのか、全く理解できない。
「も、もしかして……」
先輩が言う。
「す、スピ研の元部長の師匠みたいな人が……この店の店主」
「それ有り寄りの有りかもしれないですね」
その位美味しくない。
有り寄りの有りだ。
まあ流石に本気でそうだとは思わないけども。
それを本気で考えるという事は、先輩お得意の催眠アプリが実は本物だったと言い出す位の暴挙な訳だし。
「……とにかくさっさと食べてどこかで口直ししましょう」
「う、うん。頑張ろう」
不幸中の幸いにも、俺達は嫌な予感がした為サイズ選択を小にしてある。
元々博打のつもりで来た所に、明らかに期待値が下がる要素が登場したが故に出来た選択だ。
そういう意味ではスピ研元部長の柴崎さんには感謝しておくべきなのかもしれない。
……もしかしてさっきの絶妙な間って、俺達の入店を止めるかどうか悩んでいた的な感じなのだろうか。
だとしたらアイツが悪くね?
……いやほんと、これも本気で考えているつもりは無いんだけど、やっぱりあの人何かやってるんじゃないだろうか?
この店の俺達以外の客は、なんだか食事を楽しんでいるようには思えない。
いやまあこんなカレーを出されているのだから楽しめる訳が無いんだけど……それこそ俺達の前に並んでいた客のように、何か嫌な感じというか……良くない空気を感じる。
そんな中で普通の人のような空気を感じ取れたのが、あの柴崎という男だけだったんだ。
……色々とやらかしていたという前情報がある以上、どうしたってアイツを悪者にするようなバックボーンを勝手に作ってしまう。
……まあ作りはするけども。
そういう事をアイツが出来るなんて思うのは、それこそ先輩の催眠アプリを馬鹿正直に信じる位には馬鹿馬鹿しい話な訳だから。
これもまた、本気で考えるには至らない。
◇◆◇
その後、俺達は頑張ってカレーを完食する。
フードロスは良くないからな。頑張った。
いやあほんとに頑張ったよ。
……一人で食べてたら心折れてたかもしれない。
まあ一人じゃないから此処来てるんだけどね。
……とにかく長居する店でもないので、俺達は足早にお会計へ。
レジを担当するのは柴崎ではなく、別の店員の男。
この人は見覚えがある。以前きた時にも居た人だ。
この人が店長なのだろうか?
そんな事を考えながら先輩とレジ前に立ち財布を取り出す。
……そんな事しか考えていなかったから、意表を突かれた。
「動くな」
突然店員が俺達に向かってスマホの画面を見せつけてそう口にする。
その画面は……先輩がこれまで俺に何度も見せつけていた物と酷似していた。
……何やってんだコイツ。
完全に奇行である。
先輩がクローズドな場でやっているから面白い人で済んだ訳だが、こんな大っぴらに成人男性がそういう行動をするというのは擁護しようのない奇行だ。
関わりたくねえ。
そう考えながら半ば無視するように財布の中に手を突っ込んだ所で、俺を置き去りにするように状況が動いた。
「え、か、体動かな……」
先輩が困惑するようにそう呟くのが耳に届き。
「お、お前なんで効いてな──」
同じく困惑するような店員の男の声が耳に届き。
「……」
厨房に居た柴崎が全速力で飛び出し困惑する店員の背後を取って、その手からスマホを取り上げたのは。
「は、お、おい、柴崎……ッ!?」
そして困惑に困惑を重ねる店員の男に向けてスマホの画面を向けた柴崎は一言呟く。
「何もするな」
それで男の動きがピタリと止まる。
「……は?」
そんな一連の流れを見て思わずそんな声が漏れ出た。
今の一連の流れは……まるで。
まるでスマホの画面を見せて相手をコントロールしたように思えて。
先輩の催眠アプリと同じ画面を人に見せて、その人間を操ったように思えて。
「ああ、呼吸位はしても良い。死なれちゃ困る」
再び男に画面を見せてそう呟いた柴崎は次にこちらに視線を向ける。
「どういう訳かキミには通用しなかったおかげで、想定より大きな隙が作れた。感謝するよ弟君」
「……」
待て。
待て待て待て待て。
なんだこの状況!
いや、ていうかまず!
「せ、先輩! だいじょ──」
先輩に視線を向けて、思わず凍り付いた。
「……こ、これって……え?」
先輩の浮かべていた表情は……見た事が無い程に血の気の引いたものだったから。
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