第37話 陰キャ先輩とスピリチュアル研究部元部長

 あの後バッティングセンターを出た俺達は、件のカレー屋へとやってきた。


「マジで並んでますね」


「ほ、ほんとに人気店になってる……」


 以前は閑古鳥が鳴いていたという事を忘れさせるようにカレー屋には数人の列が作られており、これは本当に先輩の博打が当たったのではないかと思わせる。


「た、楽しみになってきた……」


「ええ。これは勝ちでしょ」


「か、勝ちだったら田山さんに教えてあげよう……」


「もし負けだったら?」


「そ、その時は絶対行くなって言う……」


 どの道クラスメイトとコミュニケーションを取る事が出来るなら、この人にとってはどう転んでも勝確だろう。この人にとっては。

 俺は不味かったら普通に負けだし。

 ……まあ後でどこかで口直しにデザートでも食べに行きながら、愚痴を言い合うのも悪くない気はするけどさ。


 ……それより、なんか嫌な感じだ。


 ジロジロと観察したりはしないけれど、列に並ぶときに隣の二十代半ば程の男の表情が視界に入った。

 ……なんとなく心此処に在らずというか……虚ろって感じの表情。

 まあ八月下旬な事もありまだ熱さは厳しく気が滅入っているだとか、社会人からしたら普通にド平日な為仕事で気が滅入っているだとか、そういうありふれた理由なのかもしれないけれど。

 どうであれ、あまり良くない表情だとは思った。


 とはいえそんな事を堂々と指摘するような事もせず、おそらく気付いていない先輩と適当な雑談を交わしながら順番を待つ。

 そんな中で店の扉が開き、出てきた店員の声が耳に届く。


「三名様でお待ちの山田様、テーブル席ご案内しまーす」


 なんてことないありふれた男性定員のそんな言葉。

 その言葉に先輩はピクリと肩を震わせる。


「どうしました?」


「い、今の店員……スピ研の元部長……」


「スピ研……ああ、なんか前に言ってましたね」


 なんでも姉貴が潰したらしいヤバい部活……だったと思う。

 詳しい話は聞いてないけど、被害者と呼ばれている人から文芸部に菓子折りが贈られたそうなので、つまり先程の彼は加害者のやべー奴という事になるのだろうか。


「く、雲行きが怪しくなってきた」


「結局スピ研って何やらかしてたんですか?」


「ざ、ざっくり言うとさっきの奴がきょ、教祖の……新興宗教みたいに、なってた」


「マジモンのヤベー奴じゃないですか」


 姉貴がファッションヤベー奴に思える位の猛者だ。

 ウチの姉貴と同じカテゴリーに入れないでいただきたい。


「も、もしかしたらこの店が流行ってるのも……」


「いやでも流石にそれは……」


 とはいえ前の客が妙に虚ろな表情をしている事の理由付けにはなるぞ。


「あ、あのカレーが美味しくなるのと、変な力が働いてるのだったら……断然後者の方がある……現実味」


「……確かに」


 そう思える位あのカレーは美味しくなかったし……うん、こっちの方が決定打。


「こ、これ……ウチ誘っといてアレだけど……み、店変える?」


「検討した方が良いかもですね」


 と、そういう話をしていた時だった。

 店内から四名客が出ていく。

 そして列に並んでいるのは俺達含め四人。


 つまり此処からの店側の動きはだ。


「お次、一名でお待ちの小倉様。それから一名でお待ちの宮出様。カウンター席へどうぞ」


 前に並んでいた人達の名前が呼ばれ、そして。


「二名でお待ちの赤羽様。テーブルの方ご案内致します」


 呼ばれちゃった。


「流石に今更引けませんよ」


「う、うん……」


 そう言って服の裾を掴んでくる先輩。

 これ頼られても俺どうすりゃ良いのか分からねえよこれ。

 やべー奴にはやべー奴をぶつけるのが一番だと思うけど、俺やべー奴じゃねえし。


 と、突然の危機? に困惑していたところで向こうもこちらの素性……というより白井先輩に気付いたのか、ややフランクな感じでこちらに言う。


「誰かと思えば文芸部の……あと赤羽って事はキミは赤羽美琴の弟か」


 俺の素性もバレてるじゃん。


「……そんなに警戒しないでくれると嬉しいな。もうああいう事はやってないよ」


 そう言うスピ研の元部長に対し、先輩はコミュ障を発動して何も言えないでいる。

 これは仕方ないと思う。

 だから代わりに。


「俺達の見解じゃ、まさかこの店流行ってるのって……って感じになってるんですけど」


「お客様と一言二言会話するだけで店を繁盛させられるなら、僕が店をやってる。とにかくほら、これを見てくれ」


 そう言って胸元に付けられた研修中のバッチを指さす。


「この通りこの店でバイトを始めたのは先日の事でね。この店が繁盛し始めたのはもっと前の話だろう。だからこの店の人気に僕は関与していないさ」


 そう言ったスピ研の元部長は俺達を見て、少し何かを考えるように間を空ける。

 ……え、何? 怪しいんだけど。


「……とにかく席に案内するよ」


 え、ほんと何今の間。なんか怖いんだけど。えぇ……。


「と、とにかく……気を付けていきましょう」


「う、うん……」


「僕が言うのもなんだけど、飲食店に入る時のノリじゃないよね」


 本当にお前が言うなよ……誰の所為だと思ってんだ。

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