第36話 陰キャ先輩と博打
「そういえば先輩の用事って何だったんです?」
あの後も二人で2回ずつ打席に立ったところでバッティングは終了し、俺達は自販機でスポーツドリンクを購入してベンチに腰掛ける。
そんな中でそう言えばと思いそう問いかけると、先輩はスポーツドリンクを数口飲み、ペットボトルのキャプを締めながら答える。
「ほ、本屋……新刊、探してたから」
「もしかしてお探しの品、コイツだったりします?」
本屋のレジ袋から新刊を取り出し先輩に見せると、その目が輝く。
「そ、それだ! ほ、本屋の袋見て、まさかって思ったけど……か、買えたんだ」
「その反応見た感じ買えませんでした?」
「……ま、まだ向かってる途中だった。け、圭一郎君が買えたなら……ワンチャン」
そういう事なら俺無視して本屋行った方が良かったのでは? とは思う者の結果は変わらない。
「残念ながら俺でラスト一冊でしたよ」
「……な、なんか複雑な気分だ」
「というと?」
「こ、此処で遊んでたから、買えなかった……みたいな感じじゃ無くて良かった、的な……いや、良いって言うのも……ち、違うけど」
先輩はそう言って小さく笑みを浮かべて言う。
「……いや、良い。た、楽しかったことに、嫌な事が混ざらないのは良い事の筈」
「そういうポジティブな考え方、良いですね」
「さ、流石楽しんだ上に本も買えた男だ。よ、余裕ある態度……」
「まあ俺は最高の午前中を過ごしましたからね。気分良いから読み終わったら貸しますよ」
「あ、ありがとう……ちなみにき、気分悪かったら貸してくれないのか?」
「…………どうですかね? どう思います?」
「う、ウチに聞くな……」
まあ多分貸すと思います。
……さて、あまりない機嫌の悪い日の話は置いておいて、本日は良い感じの休日だ。
そこに焦点を当てよう。
「そういや話変わりますけど先輩お昼食べました?」
もう良い感じの時間だし昼飯の事を考えようか。
「ま、まだ……」
「だったら一緒にどっか食べに行きません? 俺もまだなんで」
「ちょ、丁度良い。ウチも誘おうと思ってた」
本当に丁度良いな。
「お、じゃあどこ行きます? 俺結構何でも行ける感じの日なんで余程の事が無ければ合わせますよ」
「じ、実は行きたい店がある」
「何屋です?」
「か、カレー屋」
「お、良いですねカレー。えっとこの辺りだとどこの店だろ……」
先輩の行きたい店を当てようとする素振りは見せるものの、そう頻繁に外食ができる程、懐事情が良い感じな訳でもないので選択肢が浮かんでこない。
唯一カレーと聞いて一駅離れた姉貴のバイト先のファミレス近くにあるカレー屋が浮かんできたがあそこは普通に美味しくないし、以前姉貴が部活の後輩と行って不味かったというコメントを残していた事を考えると白井先輩の選択肢にもそもそも無いだろう。
「こ、この店。ちょっと離れてるけど」
そして答えの店を先輩がスマホに表示させて見せてくれる。
「げ……先輩、これは余程の事案件ですよ」
先輩が見せてきた店は、先程考えたばかりの美味しくない店である。
「そ、その反応を見た感じ……行った事、ある?」
「ありますあります。美味しくないですよ此処。ていうか先輩も姉貴と行った事あるんじゃないですか?」
「あ、ある……絶妙に美味しくなかった」
「ですよね! ならなんでそんな店……」
「ち、ちなみに圭一郎君はいつ行った?」
「えっと確か去年の夏前ですね」
「う、ウチらもその位……だったらワンチャン、賭けてみる価値、あるかも」
「というと?」
「は、春先から結構人入ってるみたいで、普通に並びもある……らしい。何か変わったのかも」
「えぇ……あの店に並び? ちなみにどこ情報です?」
確かにネット上に掛かれている直近のレビューは肯定的な物が殆どだけど、それは逆に怪しさを感じる訳で。
先輩この辺の情報鵜呑みにしてるんじゃないかな。心配だ。
「こ、この前の登校日に……田山さんと話してて。なんか知らんけど客入っててウケるとかなんとか……」
「なるほど……田山先輩か」
情報源が真っ当である事と同時に、先輩がなんだかんだクラスで最低限のコミュニケーションは取ってる事が分かってそれが一番安心できる。
先輩のクラスの方々、どうか先輩をよろしくお願いします。
「ちなみに田山先輩はその店に行ったって言ってました?」
その問いに先輩は首を横に振る。
「き、貴重なお金を博打に使いたくないと」
うん、凄く真っ当な考え方だ。
「あと自慢の勝負勘が止めた方が良いって」
まあ……変な考え方では無いなそれも。
「で、でもウチは……ちょっと博打、打ってみようかなって」
うん、この人の考え方の方がよっぽどやべーな。
そして俺の服の袖を掴んで先輩は言う。
「う、打とう一緒に……博打。一人じゃ勇気でないけど……二人なら」
……やっぱりこの人姉貴の後輩なんだなーって偶にしみじみと思うよ。
「……なんかご機嫌な休日に暗雲が立ち込めてきたんですけど。」
「た、立ち込めたって事は……もう行くて事で、良い?」
少し上目遣いで聞いて来る先輩に小さく溜息を吐いてから答える。
「良いですよ。一緒に地獄見に行きましょう」
「や、やった」
「しゃーなしですよ。俺基本食べ物で博打打たない主義なんで」
「ほ、ほんとはちょっと気になってるんじゃ……」
「違います。先輩そんな引っ込み思案みたいな雰囲気全開なのに基本我が滅茶苦茶強いんですから。反論してもそう簡単に折れないでしょ」
「そ、そんなにかな?」
「いつも困ったら例のアプリ見せて言う事聞かせてきますからね。流石の俺もこの場で使われちゃう前に折れる事を覚えました」
「ひ、人前で使わない……」
「知ってますよ。冗談です。先輩がその辺ちゃんと常識人なのは知ってるんで」
「ち、ちなみにウチの我が強いってのも冗談?」
「二割程は」
「は、八割方思われてる……」
「まあ個性でしょう」
「す、凄く雑な纏め方された…………あ、あの。圭一郎君」
「なんです?」
聞き返す俺に先輩は恥ずかしそうに視線を反らして言う。
「だ、誰にだってこんなんじゃ……ないから」
そもそも一応会話はあるとはいえ一部の人を除けば、我云々以前にあまり普通に話せていないんじゃないかって思う訳だけど、それを言うのは野暮ってもんだろう。
「そりゃどうも」
俺だってこんな悪乗り、誰のにでも乗る訳じゃ無い。
それなりに親しい友人とか以上でなければ、億劫な気持ちこそあれどなんだかんだ前向きで望む事なんてできないだろう。
……うん、部活動の先輩に対する関係としては適切なのかどうかは正直分からないけれど。
白井先輩とは友達と言って良い関係性を築けていると思う。
そう思える位には、この先輩とは親しくなれたなと思ってるよ。
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