第35話 陰キャ先輩とバッティングセンター
「こ、この近く……用事あって。そしたら圭一郎君、入ってくの見えたから……気になって」
「ああ、そういう事ですか。まあ先輩一人だけでこんなとこ来ないですよね」
この人が自発的に一人で来るような場所ではないだろうから首を傾げそうになったけど、そういう理由なら納得がいく。
「う、うん……なんか怖いし」
それはあまり納得がいかない。
「怖いって何がです?」
「う、運動部みたいな人一杯いるかなって……」
……凄まじく納得がいく回答が来た。
まあこの人の場合、運動部っていうより陽の空気を放ちまくってる良く知らない人が苦手なんだろうけど。
ちなみに陰の人相手でも知らない人は普通に苦手。
つまり人が苦手。
この前紆余曲折有って一緒にゲーセンに行ったけど、俺がトイレ行って戻ってきたら陸の孤島って感じになってたからな。ゲーセン行きたいって言ったの先輩なのに。
……で、ゲームセンターでもそんな状態の先輩には言っても気休めにしかならないかもしれないけど、一応伝えておこう。
「じゃあ怖いってより苦手って感じですかね……まあ野球やってる奴とかも来ますけど、別に運動部運動部してる奴ばかりが来る所でも無いですよ」
「そ、そうなのか?」
「ストレス発散にボール打つってのは別に野球経験者だけの特権じゃないし、運動部だとか体育会系だけの特権って訳でも無いです」
「ほ、ほう……」
「結構ガチな人も来ますけど、普段運動してなさそうなサラリーマンっぽい人とか女性の人とか。あとこうして文芸部員も来てますし」
「き、キミは野球経験者で元運動部で実質体育会系みたいなもんだろ……」
「最後のは俺結構しっかりめに文化系になってきたと思うんですけど」
「ま、まあそれはそう……もう結構り、立派な小説書くし……」
「二学期入ったら徐々に文化祭で作る部誌の準備も始まりますし、頑張りますよ俺」
「う、うん。期待してる……い、良い物作ろう」
「ええ」
そんなこの場所とはマッチしない文芸部の話は一旦置いておいてだ。
「ちなみに今の話の流れ考えた感じ、先輩はバッティングセンター来るの初めてですか?」
「な、ない……お察しの通りは、初めて来た」
姉貴がそこら中に連れ回している時点でこの手の質問は二分の一って感じだし、白井先輩に関しては朝陽の姉だから付き添いで入った事があるかもとは思ったけど……やっぱ初めてか。
「折角なんで一回打ってみます?」
「う、うう、ウチが?」
びっくりするようにそう言う白井先輩。
「さっきも言った通り別に経験者じゃなくても良いんです。素人がストレス発散に適当に遊ぶのも正しい使い方なんですよ。それに」
「……それに?」
「なんか先輩ならいい感じに打てる気がしますから。溜まってるかは知らないですけど、ストレス発散になるんじゃないですか?」
この人は見かけと性格によらず普通に運動神経が良い。
だからちょっと教えたら普通に打てると思う。
「じゃ、じゃあ……一回、やってみようかな」
「お、いいですね。とりあえず機械動かす為のコイン何枚か買ってあるんで俺の使ってください」
「い、良いのか?」
「俺が勧めた訳ですし。どうぞどうぞ」
そう言ってコインを先輩に手渡すと、先輩は俺がさっきまで入っていたゲージに入ろうとする。
「ちょ、先輩ストップストップ」
「ど、どうした圭一郎君」
「流石に素人で女子の先輩に130キロは無理ですよ。下手したら怪我しますって」
「……う、ウチもそう思う。さっきの見てたけど、どうやって打てばって、お、思ってた」
「あっちに丁度いいのありますんで。あっちにしましょう」
「えっと、何キロ?」
「80キロですね」
「マイナス50キロ……」
口元に手を当てて考える素振りをした先輩は、自信有りげに言う。
「い、行ける気がする」
そう言って右手でサムズアップする先輩。
なんか盛大に失敗するフラグ立ててる気がする……けど。
「じゃあかっ飛ばしてやりましょう」
実際にこの人なら普通にやれそうな気がする。
いや、できるだろ、白井先輩だし。
……にしてもだ。
自分が好きな事を親しい人が楽しもうと前向きになってくれているのは、なんだか悪い気分じゃない。
……あの時は親しさも何も無かったけれど、もしかすると先輩が勧めてくれた本を俺が読んでいる時、先輩もこんな気持ちだったのだろうか?
……好きな事を、か。
「……?」
それは今まで一度だって否定したつもりはないし、引っかかるような事ではないだろう。
……何に引っかかってるんだ俺は。
時々あるな、こういうの。
ふとした時に、何か引っ掛かりを覚えるような。
……まあ、あれだけ俺の中でウエイトを置いていたスポーツを止めた訳なんだから。
ふとした時に何も引っかかりもしないなんてのは逆に不自然な話な訳だ。
当たり前の事で。
別に未練があるわけでもない。
……そうだ。未練は無い。流石にそれはない。
事実今間違いなくそれが無いという自分の気持ちだけは理解できているから。
そしてそんな事を考えながらも鞄を預かってから先輩をゲージに送り出す。
「じゃあ中にはいったらバット持ってヘルメット被って、それからコイン入れてください。順番間違えると準備中に球飛んでくるんで」
「わ、分かった」
そう言ってヘルメットを被ってバットを握る。
……妙に似合わなくて逆にかわいいなこの人。
「い、一応確認するけど、も、持ち方これで有ってる?」
「有ってます有ってます」
手が逆みたいなコテコテなミスはしてない。
「じゃ、じゃあ……やってみる」
「頑張ってください」
そして白井先輩はバッターボックスに立つ。
構えは……まあ素人って感じの構えではある。
だけどそれは褒め言葉だ。
やってない人の普通みたいな感じ。
運動できない人! みたいな極端に酷いフォームじゃない。
そんなフォームの中で今すぐ修正できそうな事が有るとすれば……。
「あ、先輩。もうちょい脇締めた方が良いです」
「ん」
あ、すげえちゃんと伝わって良い感じになった。
そして第一球。
俺にとっては滅茶苦茶ゆっくりだけど、先輩にとっては未知なボールは……綺麗なスイングによって気持ちの良い金属音と共に弾き返された。
真っ芯に当たったライナー性の気持ちいい当たり。
「け、圭一郎君! 当たった! 当たった!」
「ナイバッティン先輩。打ち方も綺麗で言う事ないですよ」
「え、えへへ……そ、そうか……」
こっちを見てご満悦な表情を浮かべる先輩。
滅茶苦茶気分良さそうで可愛いなこの人。
「あ、先輩。次来ますよ」
「うへ!?」
驚いたように変な声を上げて再び正面を向き、今度もちゃんと前へと打ち返す。
いやほんと素人とは思えない。マジでこの人運動神経良いんだな。
コミュ力云々は朝陽とは全く似てないけど、こうしてみるとやっぱり朝陽の姉なんだなこの人。アイツも運動神経ずば抜けてたからな。
正直最初先輩は運動ができないものだと思っていたから、弟に吸い取られたんだって思ってた訳だけど……ほんと失礼な事考えてたんだなぁ。
だからこの人はちゃんと凄くて……凄いのが分かるから端から見たらちょっと勿体無く感じる。
運動部だったら何やっても良い成績残せそうなんだけど。
それこそソフトボールとかさ。
そんな風に、どこか自分にも刺さる様な事を考えながら先輩に声を掛けつつそのバッティングを見守っていく。
そして全球打ち終わりピッチングマシーンがストップ。
何球か空振りはしたけれど、殆ど綺麗に打ち返してたぞ。
これスピード上げてもある程度行けそうだな……。
そして先輩はバットとヘルメットを片付けゲージの外に出てくる。
「お疲れ様です、先輩」
「け、結構楽しかった……」
「まあ初めてなのにあれだけ綺麗に当たりまくってたら楽しいでしょうよ」
「さ、流石に一人じゃこないけど……い、一緒に来てくれたら、偶にはいいかも」
「じゃあ今度来る時は誘いますよ。俺も頻繁には来ないんで丁度良い感覚で来れるんじゃないですか」
「じゃ、じゃあ約束」
「ええ、約束です。あ、これ返しますね」
「うん」
先輩から預かっていた鞄を返してから、流石に気になった事を一応聞いてみる。
答えは大体分かっているけどさ。
「ところで先輩って小中共にスポーツやってこなかったんですよね? 何か習おうとか運動部入ろうとか思った事無いんですか?」
「む、むむむ無理……う、運動部……陰キャが入る部活じゃない」
「いや別にそんな事無いでしょ」
「い、陰キャにも格がある。う、ウチみたいなスーパー陰キャには……あ、当てはまるから」
「まあそれはそうかもしれません」
「た、たった今……う、受け入れ間口が……せ、狭められた……」
「えぇ……」
そして先輩はそんな冗談を言ってから小さく笑みを浮かべて言う。
「ま、まあ……ウチがそういう場の空気、大丈夫でも……多分、今みたいに文芸部入ってる」
「本読んだり小説書いたりするの好きだからですか?」
「だ、大正解……」
そう言ってピースサインを向けてくる先輩。
……きっと、そういう世界の先輩の選択は、それこそピースサインを向けられる位には大正解だ。
何かに打ち込むなら、できるから向いてるからという何かよりも、本当にやりたい事をやるべきだ。
そういう物だからこそ本当の意味で真剣に向き合える……きっとそうだ。
今の俺だってまさにそう。
何が向いているとかではなく。
やりたい事を…………………………やっているだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます