四章 陰キャ先輩と夢の終わり

第34話 文芸部員と夏

 早いもので俺が文芸部に入部してから四ヶ月半が経過した。

 ……四ヶ月半。

 もう夏休みも終盤だ。


「……なんとか手に入った。人気なのは良い事だけど、人気すぎんのも困りものだな」


 午前十一時三十分。

 俺は自宅から何駅か乗り継いだ場所にある本屋から戦利品を手に退店した。


 戦利品。

 現在アニメが絶賛放送中の大ヒットライトノベルの新刊だ。


 想定外の大ヒットだったのか明らかに初版部数が少ないらしく、今現在各通販サイトでは在庫が消滅。

 そして今日書店巡りをしていた俺も四件目でようやくラスト一作を手にする事が出来たという位には、争奪戦が全国的に勃発しているようだ。


 この店も無かった場合は電子書籍での購入を検討しなくちゃならないとも思ったけれど、既に既刊を紙で揃えているのに突然最新刊だけ電子ってのもなぁって感じなので乗り気ではなかったし本当に助かった。


 ……色々読み始める前は、読めればどっちでも良くないかと思っていた俺だけど、今は断然紙派。

 なんか読みやすいみたいな曖昧な理由しか浮かんでこないけど。

 まあそんな事はどうだって良い。

 今この手に新刊がある。

 それで十分なんだ。


「ちょっと疲れたし、どっかで軽く休みながら序盤の方だけでも……」


 と、そんな風に、普段あまり来ないエリアであるここら一帯の読書に適してそうな店を、脳内から引っ張り出す。

 だけど真っ先に浮かんできたのは喫茶店などではなく、主にこれまでこの辺りに来る主目的となっていた読書とは程遠い場所。

 ……最近めっきり来なくなった場所。


 折角近くに来たわけだし、たまには良いか。

 ……別に嫌いになって止めた訳ではないし。


 俺は新刊の入ったレジ袋を手に、目的地へと足取りを向けた。


     ◆◇◆


 機械に事前に購入したコインを入れてバッターボックスに立つ。

 やって来たのはバッティングセンターだ。


 中学の頃はよく通っては居たこの場所も、今となっては殆ど立ち寄らなくなった。

 最後に来たのも五月頃にこの辺に来た時に、少しだけ立ち寄った位だ。


 ……電車賃も掛かれば、利用料もかかる。

 読書という別の趣味が増えた今、どうしてもこういった所に金を落としてまで来ようと中々思えなくなった訳だ。


 ……そもそも。


「……久々だな、この感じ」


 バットを握るのですら久しぶりだ。

 多分八月に入ってからは一度も振ってない。

 トレーニングとかも、前程積極的にはやらなくなった。


 習慣になっているといっても、やはり目的が有ってこそな訳だ。


「……本一冊買いに来ただけで疲れたとか、良いご身分になったな俺も」


 呟きながら構えると、球速130キロの直球に設定されたピッチングマシーンからボールが放たれる。

 ……ど真ん中の、どうぞ打ってくださいという球。

 その軌道に合わせるようにバットを振るった。


 鳴り響く金属音。


 流石に、まだ当然のようにバットに当たったボールは悪くない弾道で真正面に飛び、奥に貼られたネットに掲げられたホームランと書かれた板の近くへと届いた。


 まあ簡単に打てたのも、これがピッチングマシーンの球だからだろう。


 単純な球速だけで言えば130キロというのは、かつての武藤の直球よりも速い速度なわけだけれど、直球一つでもピッチングマシーンと人の投げる球ではまるで別物。

 アイツの球の方が遥かに打ちにくい。


 そして今はもっと打ちにくくなっている筈だ。


「アイツもうエースだもんな」


 言いながら再びピッチングマシーンの球を打ち返す。


 そう、アイツはもうウチの高校の野球部のエースだ。

 丁度夏の地方大会前に学校で顔を合わせた時に言われた。


「先輩方に打ち勝って俺は勝ち取ったで、背番号1」


 学年関係なく実力主義でベンチ入りメンバーを決めた結果がそれなのだとすれば、それは間違いなく凄い事だ。


 そして実際凄かったよ。


 今年ウチの高校はなんと準々決勝まで駒を進め、当然その全試合の映像はチェックしている訳だけど、アイツの球はあの時点で強豪校相手にある程度通用していて。

 映像で見ただけでも、俺が知るかつてのアイツの球より遥かにパワーアップしていた。

 バッティングの方も、結果的に今年甲子園に出場したチームのエースから二安打も打ってるんだから凄いもんだ。


 そんな状態からこの夏みっちりと鍛えている訳だ。更にパワーアップしてると思う。


 ……もう打てないかもしれない。簡単に打たれるかもしれない。

 なにせ俺はアイツとは対象的に、緩やかに後退している訳だから。


「なんだ……焦ってんのか俺」


 もう俺には関係のない事で、ただシンプルに称賛すればいいだけの話だ。

 なのにそこにどうして自分を立たせてんだ。


 ……そんなんじゃまるで未練があるみたいだろ。


 ……まああるみたいで、結局無い事は流石に自分の事だから分かるわけだけど。

 今のだってただの気の所為だ。


 でなければ。


「せやけど俺がエースになれたんは赤羽、お前がおらんかったからや。とてもやないが今の俺がお前より上やとは思わん…………なあ、ほんまにもう野球やらんのか?」


 夏前のあのやり取りの中で、まっすぐとやらないと言わなかった筈だ。


 その辺の答えは四月から変わっていなかったわけで、俺は今日もまだ文芸部員。

 そしてこれからも文芸部員だ。


     ◆◇◆


 全球打ち終えてゲージの外に出ようとすると、外で小さく拍手している人影が目に写った。

 滅茶苦茶意外な人だ。

 そして外に出ると俺に声をかけてくる。


「や、やっぱり凄いな……け、圭一郎君……」


「白井先輩、なんでこんな所に?」


 そこに居たのはまさかの白井先輩である。

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