第31話 やべー奴と催眠アプリ 中
その後しばらくして席につけた美琴は、無難に一番人気のカツカレーを注文したわけだが、二、三口で首を傾げた。
……イメージ通り。記憶通りの味だったのだ。
以前閑古鳥が鳴いていた頃から何も成長していない。
少なくとも味からは此処までの繁盛店に成り上がるに至った要素を見出だせない。
(……じゃあ味以外か?)
接客は丁寧どころか寧ろ雑寄りで、以前と比較しても悪くなっているように思えた。
だからきっとそれも除外。
そう思考を巡らせながら、迷惑にならない程度に周囲の客を観察すると、自分の前に並んでいた客と同じようにどこか虚ろな様子が感じ取れる。
誰も食事を楽しんでいる様子も無く、まずいカレーに悪態を付くわけでもなく。
ただ静かに食事という行為を淡々と取っているだけ。
この場の客が全員、そんな感じだ
(……不気味だ。空気悪い)
この感覚には既視感がある。
自分が潰す前のスピリチュアル研究部がこの空気感に近かった。
だけど近いだけ。
スピ研の部員の方が、まだ比較的人間味を感じられた。
だが、どうであれ同じような空気。
(まさか柴崎の言ってた、催眠アプリを手に入れたって言ってる奴って此処の関係者じゃ無いでしょうね?)
あんな話を長々としてしまったが故に、自分の周囲の客が催眠アプリで操られているんじゃないかと考えてしまう。
この店に客が溢れかえっているという事は今かけたのではなく、以前かけた催眠によってずっと行動を縛られているように。
……だとしたら、自分が想定しているより遥かに滅茶苦茶だ。
こんな物、下手すれば何千人規模……いや、もっと大勢の人間を好きなように操れるかもしれない。
あまりにも危険だ。
だけどこんな状況でも、安堵できた事が一つ。
(もしこれが柴崎の言う催眠アプリが起こしている現象なんだとしたら……陽向に入れた催眠アプリとは別件?)
圭一郎が文芸部に入ると言い出した日、言動そのものに歪さを感じはしたものの、それでもその声音や視線は自分のよく知る真っ直ぐな物ではあった。
……少なくとも、こんな操り人形のような有り様では決してなかった。
(……やっぱり色々と都合よく条件が合致してたってだけで、あの二人と催眠アプリは関係無いって事か?)
できる事ならそうであって欲しいし、実際に効果のある催眠アプリが何種類も出回っていたら最悪だから、そうでなければ困る。
……とにかく、一旦そういう事にしておこう。
後でもっとちゃんと考えるけど。
ひとまず今は自分の事だ。
(……さて、どうやってこの店から脱出するよ私)
この店にいる客が全員催眠アプリで誘導されているんだとしたら、入店前か入店後に何かしらの形で催眠アプリによる催眠を受ける事になる。
(……一番可能性があるとしたら、会計時か?)
なんであれ……無事に此処を出られるよう頑張るしか無い。
最悪な想定の場合、今自分の周りには敵しかいないのだから。
(ていうか、圭や陽向が関係ない所でまで催眠アプリなんてのが本当にある事前提で物事考えるようになっちゃったんだけど……これもしかして柴崎の野郎に変な暗示かけられてるんじゃないでしょうね。あの野郎ふざけやがって)
そんな八つ当たりを裏切りそうな顔付きと声音の同僚へと向けながら軽く後悔する。
(こういう時に備えて連絡先交換しときゃ良かった)
やべー奴どうし仲良くしようと提案されたが断った自分に今回ばかりは恨み節を言いたい。
そうこう考えている内に、美味しくないカレーを完食。
作戦なんてない。
(……さ、頑張りますか)
例え挙動不審な動きをしても。
この店と催眠アプリが全く関係なかった場合、ただの痛い人にしか見えなくても。
最大限の警戒をして、さっさと会計を済ませてこの店を飛び出す。
さあ脱出開始だ。
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