第30話 やべー奴と催眠アプリ 上

 目をそらさないと、そう決めた。

 だけど今日すぐに何かしらの行動に移せる程、強靭なメンタルはしていない。


(……どうするべきかな)


 バイト終わり、今日は適当な店で外食をして帰ると決めていた為、適当に街中を歩きながらそう思考を巡らせる。


 本来であれば直近入ったバイト代で食べたい物を食べるというちょっとした贅沢をどこの店でキメるかに頭を悩ませるタイミングだった筈だが、今日に関してはそれどころじゃない。


 そんな事に頭は回らない。


(……二人にもしかしたら例の催眠アプリが本物かもしれないって直接伝える? それで事故みたいな流れで使ってないかって確認して……)


 そして仮に催眠アプリが本物で、経緯はどうあれ弟が野球を辞めるに至る原因となっているのであれば、それを解除させて元に戻すのがきっと正しい行動だ。

 既に二ヶ月も経過しているが、まだ取り返しが効くはずだから。


 ……例え言いにくい事だとしても、赤羽圭一郎の姉として。白井陽向の先輩として。

 そして……そもそもの元凶を作った物として、責任持って動かなければならない。


 そう思っていても簡単には動けはしない。

 言いにくい理由が理由だから。


 これで自分一人が傷付いて終わる話ならば、いくらでもやるけれど……何をしたって自分には害は無く。


 傷付くのは陽向だけだ。


 だとしたら簡単に踏み込める訳が無い。

 簡単に壊せる訳が無い。


 板挟みだ。

 弟の事と後輩の事とで。


 

 そして今後の見通しを全く立てられないまま、ふと視界に入った光景に足を止めた。

 ……ちょっとした現実逃避だったのかもしれない。


(……そういやなんで最近あの店人入ってるんだろ)


 催眠アプリの一件から逃げるように意識をそらした先にあったのは、列を作るカレー屋だ。

 だが意識をそらせる位には異様な光景。


(……良い意味で味が変わったとか?)


 去年一度陽向と出掛けた際に行った事があるが、あの店は絶妙に美味しくない。そして自分達の舌に合わなかったという話ではなく他の友人に聞いても、野球のチームメイトと行ったらしい圭一郎も口を揃えて美味しくないと言っていた。


 そして口コミサイトのレビューもボロボロだった筈だ。自分も5段階評価の2を付けた。


 だから並ばないと入れないようなこの光景はかなり異常と言える。


(……ちょっと入ってみるかな)


 警戒心より好奇心が勝った。

 そしてそうした好奇心は今の重い気持ちを紛らわす特効薬となる。


 そして列の最後尾に並んだ美琴は、ふと自分の前に並ぶ二十代程の女性客に違和感を覚えた。


(こんな事失礼すぎて言えないけど……なんかこの人、怖いな)


 ちらりと見えた表情は、普通と言えば普通だった。

 だけどどこか虚ろなものに感じられて……心此処にあらずという感じだった。

 何か有ったのだろうか?


(……いや、皆何かしらあるでしょ。うん)


 自分だってどんな顔して此処に立っているのか分からないのだから。

 人の事は言えない。

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