第25話 陰キャ先輩と意思表示

 文芸部というより大半の文化部は、運動部と比べると活動内容は緩い。

 だから結構休みやすかったりするし、活動時間も日によってまちまちだ。

 そんな訳で我らが文芸部の本日の活動が早めに切り上げられる事を咎める人も居ない。


「一応最終確認しておきますけど、後でどうなっても知りませんよ」


「だ、大丈夫……あ、後でシメられる事があっても、べ、別に良い……」


 部室に鍵を掛けながら物騒な事を言う白井先輩だが、その表情は実に悪い笑みといった感じ。


「あ、赤羽先輩が人に雇われて真面目に働いてるとこ……み、見てみたい。ちょ、ちょっとした、エンタメ……」


 本当に楽しそうだ。



 事の発端はというと、家で姉貴と毒にも薬にもならないような話をしている時に、バイト先の愚痴を半ば無理矢理聞かされた訳だが、その話を白井先輩にしたら食い付いた事から始まる。


 バイト先はファミレス。

 丁度今位の時間にシフトに入っているらしいのだが、そのバイトしている様を白井先輩は見てみたいそうだ。

 姉貴からは来たらシバキ倒すと言われている訳で、多分それは白井先輩にも向きそうな気がする訳で正直止めた訳だけど、まあこの人ノリノリである。


 何故この勢いをエネルギーをクラスメイトとの親睦へ回せないのか。

 多分最初の一歩……いや、二歩三歩四歩……五歩? 位進めたら結構誰とでもうまくやれそうな気がするんだけどな。

 それこそあの姉貴に対してこの態度な訳だし。


 もっともその一歩目がまず厳しいのは田山さんとのエンカウントを始めとして、偶に見る色々な光景から分かるんだけども。

 内弁慶って難しいな。


 さて、そんな訳で圧倒的自由人、赤羽美琴が人に使われている姿を見る為に俺達は文芸部部室を後にした。

 ちなみに最初一人で行ってくれませんかと告げた所「う、ウチ一人じゃ荷が重い」との事。

 重いなら背負わないで欲しい。


 そしてそれを一緒に背負わせるために繰り出されたのは伝家の宝刀催眠アプリだ。


 最近この人は俺に何かを頼んだり、今日みたいにちょっと意見が対立した際には、最終的にそれを使ってくる事が多い。


 白井先輩の願いを叶えるおまじないは、自然と先輩から俺への意思表示の一つみたいに落ち着いていた訳だ。


 そしてそれをされると俺も弱い訳だ。

 ……変な形ではあるけど、どこか可愛い先輩から甘えられてるような感じに思えて受け入れてしまう。


 それで白井先輩はどんどん味を占めるし、俺としてももっと味を占めろって感じになるしで。


 ……悪くない。


「ち、ちなみに圭一郎君は何かた、頼みたい物とか……」


 歩き出した先輩はそう問いかけてくる。


「あーまあ晩飯前なんで軽く甘い物と、後ドリンクバーとかですかね」


「そ、その位だったら……お、奢る」


「お、気前良いですね。どうしたんです? 先輩バイトとかしてないでしょ」


 考えてみるが、やろうと思っても出来ているイメージが無い。

 この人将来ちゃんと就職できるのだろうか?


「こ、広告収入……入って来た。小説の」


「おぉ……」


 俺達が利用しているヨムカクというサイトでは、作品のPVに対して広告収入を得られるシステムとなっている。

 とはいえ上位にいないとあんまり入ってこないような仕様だと思うんだけど……。


「あの、あんまり聞いていいのか分からない話ですけど、いくら入って来たんです?」


「に、二か月分から手数料引いて……だ、大体4000円」


「4000円ですかぁ……」


 バイトしてない俺達からすれば結構大金だなぁ、何冊か本買えるし。

 ……でもこんな使い方してたらあっという間だ。


「努力の結晶です。大事に使っていきましょう」


 書くの楽しいけど大変なの分かるから、大事に使って欲しい。


「え、で、でも……こ、これを期に先輩の威厳を……」


「いいですって別に。それにほら、なんとなく俺が先輩に奢って貰うと……新手のカツアゲしてるみたいじゃないですか?」


 俺それなりに身長デカイし先輩小さいし、なんかこう……ねぇ。


「た、確かに……そうかも」


「えぇ……」


 そうかもじゃねえよ。

 否定してくれ、半分冗談なんだから。


「だ、大丈夫。半分冗談」


「できれば全部冗談であってほしかった」


「じ、実際には物騒な感じには、み、見えないと思う」


「じゃあどういう風に見えますかね」


「お、お姉ちゃんが弟の分も支払いしてる、みたいな」


「ぱっと見逆では? ほら、身長差的に」


 俺がそう言うと、先輩はボソリと呟く。


「せ、先輩の威厳が失われていく気がする……」


 だとしたら幻聴だ。

 元から威厳は無いです。


 と、そんなやり取りをしながらふと窓の外を見る。

 ……この時間帯はまだ、当然のように野球部が練習をしている。

 当然こんなに早く切り上げる文芸部と違ってゆるくはない。

 聞いた話によると、田山先輩が実質的な権限を握る野球部は滅茶苦茶厳しいらしい。


 で、そんな田山先輩は現在ノックを打っている。どう考えてもマネージャーの仕事じゃない。

 ……あの人は二年女子の体力テストで4位。


 そんな記録を見ると、サポートする側でなく選手として何かしらの部活動に入ればいいのにと思ってしまう。

 ソフトボール部とか結構強いらしいしさ。


 ……まあ俺も2位で文芸部入ってるから人の事は言えない訳だけど。


 まあ俺にしても田山先輩にしても、適正がある事を必ずやらなければならないわけではないという事だろうか。


 そう考えて、どこか俺と田山先輩を同一視してはいけないような、そんな気がした。

 それが具体的にどうしてなのかは分からないけど、まあその辺は深く考えるような事でもないだろう。


「ところで先輩は何食べるんです?」


「さ、さっきメニュー調べた……で、デラックスパフェ。美味しそう」


「そんなのこの時間帯に食べて、晩御飯食べられなくなりません?」


「こ、子供扱い……するな。う、ウチ先輩」


 そんな風に不満げにそう言う先輩と、来るなと言われた姉貴のバイト先へと向かう。

 その事に対して身に降りかかるかもしれない厄災への対処について考える。


 もし深く思考を巡らせるなら、そっちの方が大事な事だ。

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