三章 やべー奴と催眠アプリ
第24話 陰キャ先輩と新しい日常
俺が文芸部に所属してから早2ヶ月が経過した。
夏に向けて徐々に気温が上がりつつある6月中旬ではあるが、そうした中で日常的に激しい運動を行わなくなった事で心身ともに穏やかでいられている気がする。
……いや、気の所為かもしれない。
「週間総合ランキング101位……結構いいとこ行けてると思うんですけど、なんか負けた感が凄いんですよね」
「ま、負けてない……か、書き始めて2ヶ月程度なのに。や、ヤバイ」
部室にて、テーブル越しに白井先輩とそんな会話を交わす。
なんだかんだで何で戦うかが変わっただけで、結局他の誰かと競う事は変わらずやっている訳で、一喜一憂であまり穏やかさは感じられない。
……入部当初色々あったものの、今では俺もこうして立派な文芸部員だ。
普通に読書に嵌った事で読み慣れた事もあって今では一日一冊位は読むようになったし、以前読書感想文の際に断念した一冊も、正しい読書のやり方を学んだ今再チャレンジした結果、自分なりに適切な評価を下せるようになった。
普通に面白かったよ。
なんなら最近同じ著者の新作本屋で買ったし。
……中学までの俺は本当に勿体無い事をしていたな。
で、そしてそうした流れで本格的に自作小説の執筆にチャレンジして今こんな感じだ。
「ヤバイって、そんなにですかね。調べたら初めて書いた作品で賞取りました、とか書籍化しました、みたいな人も結構いるわけで」
「そ、その人達も凄い……でも圭一郎くんも凄い」
「……そんなもんですかね」
そう返事する俺に対し、白井先輩はテーブル越しにじっと俺の眼を見て言う。
「……む、無自覚系のチート主人公みたい」
「それって褒め言葉……なんですかね」
「そ、そのつもりだったけど……えっと……ど、どっちだろ」
しばらく二人で長考して首を傾げて、その後白井先輩は言う。
「と、とにかく圭一郎君は、す、凄い。た、多分何やっても上手くやれるタイプの人」
それは褒め言葉だなぁ。
間違いない。
「あ、赤羽先輩みたい。きょ、姉弟だし、に、似てる」
それは特大の悪口では?
間違いない。
「け、圭一郎君は凄い……や、ヤバイ。ぶ、無事襲名……ぶ、文芸部のやべー奴」
「ぶ、無事じゃねえんですけど……」
「だ、大丈夫……あ、あれ基本……貶称じゃなくて愛称だから」
「歪んだ愛だ……」
「……へへ」
何わろとんねん。
……白井先輩にそんなツッコミを心の中で入れつつ思う。
二ヶ月だ。
二ヶ月も経てば俺が読書にハマり、こうして褒めてもらえるだけの実績を出せるようになったように、色々と変化は生じる。
一つ大きな物としては、俺が白井先輩の事を入部当初より知れたという事だろう。
この人は所謂内弁慶的な奴で、ある程度親しくなったら普通に軽口を叩いてくる事が分かった。
いい意味で、この人が姉貴と上手くやれていた事に納得できる。クラスメイト相手にもそれができりゃ良いのに。
そして意外な点が一つ。
雰囲気的に運動とか苦手そうだなという印象があった白井先輩だけど、実のところ結構動ける。
「凄いと言えば先輩、見ましたよこの前の体力テストの結果」
「うぇ、あ、あんなの見なくても……」
「まあ気になったんで。20位でランクインですね」
ウチの高校で6月上旬に実施される体力テストは秋に開催されるらしいマラソン大会と同じく、上位20名の記録が掲示板に張り出される事となっている。
そこに我らが部長、白井陽向は二年女子の中で20位。確か二年の女子が100人程だったと思うから、上位20%の一人である。
この小動物代表みたいな先輩がだ。
「い、いや……わ、悪くもないし特別良くもない、び、微妙な数字……だから」
「いやいや微妙じゃないですって。凄いですよ、運動部でも無いのに」
「す、凄くない。わ、ウチなんて、ぜ、全然……」
「無自覚系のチート主人公みたいですね」
「そ、それは悪口……」
「じゃあさっきの俺への言葉も悪口では?」
「ち、違う……へへ」
「それどういう笑い?」
……とにかくこの人は以外に動ける。
そりゃ姉貴と上手くやれる訳だと改めて思う。
そして先輩は言う。
「わ、ウチより……け、圭一郎君の方が、す、凄い……学年二位」
「此処まで来たら一位取りたかったんですけどね」
ちなみに一位はケニアからの留学生で陸上部のアジェロ君。最近クラスが同じな武藤に日本語を習ってるらしいので色々と心配である。
どうやら徐々に関西系ケニア人になりつつあるとか。そこは陸上部がなんとかしてくれ。
……まあそんな訳で俺は二位だ。
野球部に入って継続的に本格的なトレーニングを続けていれば結果は違ったのかも知れないけれど。
……もう二ヶ月だ。
続けているのも簡単なトレーニングだけ。
一週間の内、ボールに全く触らない日も珍しく無くなってきた。
……高校入学前の俺は、まさか数カ月後の自分がこんな事になっているとは思いもしないだろう。
でもそれは別に悲観するような事じゃない。
「ら、来年一位取れるように……と、トレーニング、しよう」
「本格的に何部なんですか此処」
「きょ、去年よりはちゃんと……文芸部」
「去年の活動内容見てぇ……」
「そ、そこに部誌ある……」
「何故去年の文芸部からこれが出力されるんだ……」
「や、やる時はやる、から」
「やらねえ時えげつなさそう……」
「…………へへ」
「あ、苦笑いだ」
可愛い先輩と駄弁りながら読書して小説書いて。
そんな日常は間違いなく、充実している。
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