第23話 陰キャ先輩と元部長

 野球部と一悶着があったその日の夜。


「……できた」


 陽向は自室にて、小説投稿サイトに投稿している小説の本日分の更新に加え翌日以降のストックの作成を終えていた。

 昨日もそうだが今日も気分が良い。

 そのおかげか楽しく創作活動を行えたと思う。


 ……最悪の想定では今頃廃部の危機に怯えていた訳だから、本当に気分が良い。


「……さてと」


 書く事を終えれば次にする事は読む事だ。

 趣味から趣味へと気持ちがいい移行。

 良い感じの夜だ。


 そしてご機嫌な気分のまま買ったばかりの新刊のお供にココアでも淹れようかと席を立ったところでスマホの着信音が成る。


(……誰だろ)


 自分に電話を掛けてくる相手など家族を除けば、一応昨日できた後輩位な物だろうけど。


(……い、いやいや、圭一郎君がこんな時間に電話してくるとか、意味分からないし)


 別に嫌ではないし寧ろ悪い気分ではないのだけれど、その可能性を否定しながらスマホを手に取ると……その相手は、冷静に考えてみれば一番可能性が高かった相手。


 去年一年、家族以外で一番会話が多かった相手。


「あ、赤羽先輩だ」


 赤羽美琴。

 去年一年本当にお世話になった、元文芸部部長である。


 この人の連絡だけは絶対に返さなければならない。

 色々な意味で、返さない訳には行かない。


 そんな訳で通話ボタンをタップする。


「も、もしもし」


「あ、出た出た。久しぶり陽向。元気してた?」


「げ、元気です。も、物凄く」


 久しぶりって春休みに一回会ったんだけど、と内心ツッコミながらそう答える。


「そっか。それは良かった」


「せ、先輩の方は……か、環境も変わりましたし……」


「私はどこ行っても大体大丈夫だから。知ってるでしょ?」


「ま、まあ確かに先輩は、持ち込み禁止の外来種みたいな人、ですからね」


「言うようになったねー陽向も。それを私以外にも向けられたらいいんだけど」


 いやこれを向けるのは良くないだろ、と改めて内心でツッコミつつも小さく笑みを零す。

 そして同じく少し笑いながら話していた赤羽先輩は一拍空けてから言う。


「で、陽向が元気なのは文芸部の廃部が無事回避できたからってとこかな」


「……そ、そうですね」


 だけどそれだけじゃない。

 あそこまでして選んでくれたからこそ、これほど気分が良いんだと思う。


「いやーまさかウチの弟が文芸部に入るとはね。その線だけは全く想定していなかった」


「だ、誰もしてないと思います。きょ、今日も野球部の人勧誘に来て……野球部と勝負してましたから」


「野球勝負?」


「は、はい」


「勝ったでしょ」


「あ、圧勝……です。勝って無事、文芸部です」


 改めて思い返しても圧巻で格好良かった。

 そしてそんな光景を思い返していると、少し静かな声音で。

 一緒に居る時間が長かったからこそ聞く機会も多かった、真面目事を話す時の声音で赤羽先輩は言う。


「勝って無事……ね」


「……先輩?」


 嫌な空気を感じて聞き返すと、赤羽先輩は言う。


「一応確認するけど、陽向。なんか変な事してないよね?」


 変な事。

 自分で言うのもなんだが、後輩の前で見せていた姿は明らかに変な事ではある。

 完全に変な事をする変な人だった。


 だけどそういう冗談みたいな事を話す空気じゃない事は、流石に分かっている。


「な、何もして……無いです」


「……」


「た、ただ圭一郎君が野球やってたとか、知らなくて……部室来た時、勧誘して……それだけ、です」


「……」


「……」


「…………まあそれもそうか。陽向に限ってそれは無い。私が潰したスピリチュアル研究部じゃあるまいしさ」


 小さく息を吐いて赤羽先輩はそう呟く。


「ごめんね、なんか。私も困惑しててさ」


「あ、いえ、大丈夫です。じ、実際無理もない話、だと思いますから」


「……で、陽向的にはウチの弟が入部した事は嬉しい事?」


「は、はい! そ、そんな人が選んでくれたんだって……」


「……そっか。まあだから元気なんだもんね」


 そう言って赤羽先輩は小さく笑ったような息遣いで、続ける。


「私の弟の事、よろしく」


「は、はい!」


 ……そんなやり取りの後、少しだけ雑談を交わしてから通話を終えた。


(……まあ多分、赤羽先輩が一番不思議に思うか)


 そしてきっと、赤羽圭一郎本人以外が全員不思議に思っている。

 あっさり納得できる人は多分いない。


 田山を始めとした野球部の面々も。

 先程話した時に困惑しぱなっしだった朝陽も。

 赤羽先輩だって。


 自分を含めた全員がその選択をすんなりと納得できない。


 だけどそれでも……選んだのは赤羽圭一郎で。

 そこにはきっと他人の意思など介在していないのだから。


 不思議な事は不思議なままでそれで良い。

 今此処にある事実だけを噛み締めて行けば良いと。


 そうしていきたいと思う。


 その不可解な選択を深掘りしていくと、まるで魔法のような今が解けて無くなってしまうような気がしたから。


 分からない事は、分からないままでいい。


     ◇◆◇


 ……自分の知る限り白井陽向という後輩は、他人の意思決定を捻じ曲げたりなんて芸当ができる人間ではない。

 自室にて後輩との通話を終えた赤羽美琴は、口元に手を当て思考を巡らせる。


 かつて紆余曲折有って自分が潰すに至った、スピリチュアル研究部という部活動が有った。


 彼らの活動は表向きにはオカルト研究部と言うべきだったが、その実一人の部員が言葉巧みな話術で関係者をマインドコントロールしているという小さな信仰宗教団体のような状態になっていた。


 だから事実そういう技術は現実に存在する。

 だがあれにしたって、中長期的な行動の結果によるものだ。

 入学直前まで自主練していた弟は、確かに直前まで野球を続けるつもりで居た。

 何か意識を変える余地があったとしても酷く短期間。

 同じようなケースで考えても無理がある。


 そして大前提として、その時の首謀者のような芸当を白井陽向という後輩に出来るとは思えず、そもそも人間性的な意味で根っこからの良い奴な訳で。

 仮にそういう芸当が出来たとしても実行するような奴ではない。


 では一体何がどうなって今の現状に至るのだろうか。


(……本当に自分の意思で選んだなら、それはもう仕方ない。元から強豪校に行けたのに行かなかったりっていう選択はしてた。だけど……)


 本当に。

 本当に第三者の何かが、その意思決定に介在していないのか。


「……私がまだ高校生ならなぁ」


 もしそうだとしたら、何かを変えるきっかけになったかもしれない。

 だけど卒業し大学へ進学した今、自分は基本蚊帳の外だ。


 おそらく自分は弟に何もしてやれない。

 ……おそらくは。

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