第20話 文芸部員とvs野球部 下
勝ち逃げされた。
そう思う位には、武藤陽介にとって赤羽圭一郎という同世代の天才は格上だという認識が有った。
雲の上の存在とは言わない。
事実対戦成績で見ても辛うじて勝負にはなっていた。
だけどこちらの認識としては辛うじて。
それでも現時点で絶対的な壁がある。
そんな存在が居たからこそ、ここまで慢心する事無くやってこれた。
今日此処に三番打者として立たせてもらえるだけの力を投打共に付けさせた。
その壁が。
超えるべきだと思っている相手が。
おこがましい考えかもしれないが、勝手にライバルだと認識していた相手が。
意味の分からない形で勝負の舞台から去ろうとしている。
……当然、野球をやる事だけが人生じゃない。
何に価値を見出すかは人それぞれで、他人が安直な考えで否定して良いような物じゃない。
そんな事は分かっていても。
どうしたって納得できなかった。
その選択を否定しかできなかった。
だから少なくともこの一対一には勝たせてもらう。
此処で勝って先輩方に決めてもらって。
最強のライバル。
最高のライバル、赤羽圭一郎をこんな形で終わらせない。
「っしゃ、勝負や赤羽!」
普段のように右打席に立つ。
直球でもスローカーブでもなんだって。
何が来ても打ち返してみせる。
そして綺麗なフォームで初球が放たれた。
(大丈夫や、見える!)
インコースに放たれた直球。
振るったバットは確かに金属音を響かせた。
だが打球は正面へと飛ばず後方。
バックネットへと叩きつけられた。
バットに当てた事に僅かに感性が上がる中、落ち着いて次へと意識を向ける。
(中学ん時より速なっとるな)
自分達は成長期だからそうした事も影響しているだろうが、それでも当時を超える直球のノビはそんな事で出せる代物じゃない。
努力の結果。
本人曰く引退後にしていた練習は惰性との事だったが、そんな生半可なやり方で身につく物じゃない。
(せやけどタイミングは合わせられとる。次や次)
そして二球目。
……ど真ん中の遅い球。
(スローカーブ……ッ!)
相変わらずの大きな変化。
だが……これも打てない事は無い。
そして再び金属音がなる。
だが今度は一塁線の外へ打球が勢いよく転がった。
ファール。
これで追い込まれた。
……それでも、まだまだこれからだ。
(直球だろうとスローカーブだろうと次で修正や修正するんや)
そして三球目はアウトコースから外へ外れるスローカーブ。四球目はアウトコース低めのボール球。
どちらも振らせる為の際どいコースだったが、そこはしっかりと見た。
これに手を出すようでは赤羽圭一郎の相手にならない。
そして五球目。
2ストライク2ボール。
こうなると投手側としてはあまりフルカウントには持ち込みたくない。少なくとも自分はそうだ。
……多分此処で決めに来る。
(さ、どっちで来る直球か、スローカーブか。どっちでも打つ)
そして五球目が放たれた。
直球では無く変化球。
……だが、スローカーブでもない。
「……ッ」
ボールは直前で真下に大きく落ちる軌道を描き、バットが空を切った。
「ストライク! バッターアウト!」
審判をやっていた先輩の声が耳に届く。
「な、なんや今の……」
いや、考えれば今の球が何だったのかは理解できる。
理解できるが……。
そして困惑する武藤に捕手の岩井先輩が言う。
「フォークだ。中三の引退後に開発した新兵器らしい」
「……」
もしも。
もしも惰性で行っていた自主練で身に付けた付け焼き刃だったなら、多分打ち返せた。
直球かスローカーブか。その二択で考えていたとしても、生半可な球ならきっと対応できた。
だけど今のフォークボールは紛れもなく、磨き抜かれた本物だった。
「おかしな話だよな」
岩井先輩は言う。
「高校入って野球続けるかどうかでフラフラしてた奴がそんな新兵器開発するか?」
そして一拍空けてから、心底不思議そうに言葉を紡ぐ。
「しかも投げられる球種聞いた時、それを嬉々として話すんだよ。この勝負に勝ったら野球を辞めるって言ってた奴が浮かべる表情とは思えねえ。ちぐはぐなんだよ全部」
そこまで言った岩井先輩は、どこか残念そうに小さく溜息を吐いて言う。
「この勝負、赤羽の勝ちだ」
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