第19話 文芸部員とVS野球部 中
モチベーションが上がらないだとかそんな事をいくらボヤいても、マウンドに立つ事を億劫に思った事は無い。
寧ろ此処に立っている時が一番落ち着くと言ってもいいかもしれない。
それは今日も変わらなかった。
……いや、違うな。
今日は今までで一番落ち着いて、良い意味で肩の力が抜けている感覚が有った。
実際の試合では無いからかとも思ったけど、実際の試合とは違う意味で負けられない賭け試合だ。
此処での勝敗が今後を左右する重要な局面。
にも関わらずコンディションは最良。
白井先輩の応援のおかげだろうか?
とにかくそんな状態で、1イニングのみの勝負を迎えた。
バッターボックスに立ったのは……確か三宅って先輩だ。左打ち。
岩井先輩曰くヒット性の当たりになるかはともかく、打球を前に転がす事については定評があるらしく三振率は極めて低いとの事。
なにより三年生を含めた全部員の中で足の速さは最速で現実的に内野安打を打ち、出塁してしまえば高確率で盗塁も決めるとの事。
現野球部の一番センターは彼らしい。
……とにかく前に転がされたくないな。
可能な限り三振で打ち取りたい。
……とはいえ難しい事は考えないでおこう。
適当な奴が捕手をしているような状況でもない限り、投手は捕手のミットに全力でボールを届ける事だけを考えればいい。
そして岩井先輩からのサインは内角低めの直球。
勿論出されたサインが余程嫌なら首を振るが、その必要もない。
そこに向かって全力で直球を放った。
◆◇◆
ブルペンで球を受けていた段階から岩井は確信していた。
コイツは怪物だと。
(……こうも構えた所に吸い込まれるようにあれだけの球を投げられるもんか普通)
本人がどう捉えているか分からないが、赤羽の球速は現時点で超の付く程の一級品だ。
確かに昨今150キロ台を投げる球児は珍しくは無いがそれでも、そこに到達していない140キロ代後半が遅いなんて事は決してない。
そもそも日本のプロ野球における投手の平均球速は146キロ程。それだけで140キロ代後半を投げる高校球児が怪物なのは分かりきった話だ。
だけど受けていてより評価できたのは球速ではなく、それを正確にこちらのミットに届ける制球力。
今の内角低めに構えた直球も、一切ミットを動かさず補給できた。ブルペンで投げている時から殆どそうだ。
赤羽圭一郎という怪物は、あれだけの直球を9分割したストライクゾーンに投げ分ける事ができる。
噂でしか聞かなかった漫画のような話だが、事実だ。
抜群の球速とコントロール。それだけで渡り歩くポテンシャルを赤羽圭一郎という怪物は有している。
……そして彼の強みはそれだけじゃない。
内角に放った2球目の直球を空振らせ、外に1球外させた後の4球目。
サインは真ん中から左打者の内に切り込ませるスローカーブ。
あれだけの直球を見せられた後の、緩急を付けた変化量の大きいカーブ。
それをバットが捉える事は無く、再び構えた場所そのままにミットに収まった。
「ストライク! バッターアウト!」
「うへぇ、まじかよ……これでなんで野球部入んねえのアイツ……えぇ……」
そう言い残して首を傾げながらベンチに戻っていく三宅を見送りながら思う。
(……この調子だと赤羽の勝ちだな)
赤羽にも話したが三宅は優秀な奴だ。
おそらくこの勝負が9回までの試合で何打席も回ってくるようなら一矢報いる事ができる位には。
そして三宅が完全に対応できていなかった以上、これだけの怪物と二年生の得手不得手を熟知している自分が組めば、この1イニング勝負で打たれる事は無い。
それこそ適当に振ってまぐれで当たるような偶然でも起きなければ。
(ほんと、なんで辞めるんだコイツ)
生ける伝説赤羽美琴の弟という時点で何でも有りな気はするがそれでも納得は出来ない。
やる気がないなら入らなくても良い。
その考えは変わらないが、それでも。
それでも……その考えを捻じ曲げたくなる程には、一人の野球人としてこの先が見たいと思ってしまう。
本当にどうしてそんな選択に至ったのか。
……本当に自分の意思で辞めているのか。
そんな疑問が渦巻きながらも勝負は続き、二人目の林も三宅と同じく三振で打ち取り2アウト。
このまま行けば最後の一人となるわけだが。
(……なるほど、そう来たか)
試合ではないから事前に相手の打順を知る事は無かったが、一番に三宅。二番に林と来るであろう事は分かっていた。
だけど三番は大外れ。
(博打か……いや、打てるとしたらコイツか)
打席に立ったのは練習着ではなく体操服の一年。
赤羽が入部しない事が分かるまでは、赤羽に次ぐ一年生の有望株と呼ばれていた奴。
つまり現時点の最有望株。
「っしゃ、勝負や赤羽!」
武藤陽介。
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