第15話 文芸部員と挑戦状
田山先輩が文芸部の部室に来た。
その理由に気付けない程鈍感でも無いので先に言っておく。
「態々来てもらって悪いですけど、俺はこの通り文芸部の部室に入り浸る文芸部員なんで。何度勧誘されても野球部には入りませんよ」
何か言われる前からの拒否の姿勢。
だがそれでも田山先輩は言う。
「そう言われるのは分かってた。ほんと、どういう訳かちゃんと文芸部員になってるのよね。それが白井さんが尊重して欲しいって言ってたあなたの意思ね」
引く気はない。
今朝と変わらない目付きで。
「……言われるの分かってて此処に来たってことは、その上で引き下がるつもりが無いって事なんですよね?」
「まあそういう事。そう簡単にあなたの事は諦められない」
……ほんと厄介だな。
そこまで求めてくれるのは嬉しいんだけども。
……いや、厄介だ厄介。
そしてそんな厄介な相手への対策を脳裏で練っていたところで、田山先輩は続ける。
「だけどこのままじゃ埒が明かないでしょ。ずっと続くとキミも迷惑だろうし」
「まあ、そうですね」
いや、俺が迷惑ってよりも白井先輩がだな。
俺は軽くあしらうから面倒だが別に良いとして、この人には多分相当なストレスになるだろうし。
なんとかしたいところだ。
そしてその為の具体的な案を俺が思いつく前に、まさかの田山先輩の方からそれは出てきた。
「そんな訳で赤羽君。私達と勝負しない?」
「勝負?」
「私達が勝てばあなたは野球部に入る。あなたが勝てば私達は諦める。そういう勝負よ」
「……」
なんとなくリスクの割にリターンが見合っていない気がするけれど……それでも現状それが上手く事を着地させる唯一の手段なのかもしれない。
この人達が仕掛けてきた勝負だ。
これで勝てばもう無理な勧誘は行われないと思うから。
「あ、あの……! しょ、勝負って何を……」
白井先輩が問い掛けると田山先輩は、事前に考えていたであろう勝負内容を口にする。
「1イニング勝負ってところでどうかな?」
「1イニング勝負……け、圭一郎君、そ、それって一体……」
「いや、知らないです」
大体イメージは付くけど、有ってるのかどうか分からないからそう答えると、田山先輩が説明してくれる。
「赤羽君には1イニングだけ実戦形式で投げてもらうわ。それで赤羽君が自責点0で終えられたらそちらの勝ちって感じ」
「……なるほど」
まあざっくりクローザーのつもりで投げろって感じなのかな。
……一人相手に三打席勝負、とか持ち出されるよりは良いか。あれだと眼が慣れられる可能性があるし。
……しかし他の部活から引き抜くために勝負って、本格的にスポーツ漫画の部員集めパートみたいになってるなこの人達。
まあそういう意味では文芸部から野球部に引き抜くのに野球勝負ってのは違う気がするけど。
相手のフィールドで戦えよ相手のフィールドで。
……いや、こっちのフィールドで戦われると、俺クソ雑魚すぎるな。
なにせ文学少年一日目だからな。
……それでだ。
この勝負を受けるか否かを、俺の判断で決める訳にはいかない。
「どうします? 白井先輩。この勝負受けます?」
「ど、どうしますって……う、ウチが決める……の?」
「俺が抜けたらまた文芸部一人に逆戻りでしょ。そんな選択俺の一存じゃできませんよ」
「そう思って二人共いるかもってタイミングで来たの。どっちか片方だけに話して勝負決めるなんてフェアじゃないし」
その勝負のリスクとリターン考えると、そもそも全然フェアじゃないと思うんだが……。
そう考えていると、少し黙って考える素振りを見せていた白井先輩が言葉を紡いだ。
「う、受ける……」
「良いんですか、先輩」
「……む、胸張って、圭一郎くんが、文芸部って……言えるようにしたいから」
「……」
……ならそう言ってもらえるように頑張るか。
やるしかない。
「よし! じゃあ今日の放課後グラウンドに集合! 結構無理な提案だと思ったけど希望が見えてきたぁッ!」
そう言って小さくガッツポーズをする田山先輩。
やっぱ田山先輩からしても結構無理な提案してる自覚有ったんだ。
まあ多分白井先輩位気弱な人か、もしくは余程の自信家でもないと素直に受けないだろうしな。
……少なくとも俺一人の問題で、白井先輩への影響を一切考えないとすれば、この勝負は受けてないと思う。
これを受けて勝つのが、穏便に上手く着地できる方法だとは理解していても。
田山先輩は条件を飲ませるのは難しいと考えていても、勝負そのものに関しては分が悪いとは思っていない。
そういう眼をしていたから。
……そしてそもそも俺自身、確実に勝てると思える程、自分を過大評価していないから。
……正直な話、白井先輩に意見聞かずに断っとけば良かったかもしれない。
だけど後悔しても後の祭り。
もう、やるしかないんだ。
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