第14話 文芸部員とライバル
今朝の田山先輩との一悶着が終われば、そこからは平穏な一日が過ごせる……なんて事は、それこそ今朝の一悶着の所為で考えられなかった。
何せ野球部の関係者は田山先輩だけじゃない。
「赤羽! やっぱお前が野球部入らんなんておかしいやろ! その理由じゃ全然理解できん!」
朝のホームルーム前の廊下にて。
本物なのか似非なのか良く分からない関西弁で詰め寄って来る小柄な男は、隣のクラスの
中学もチームも違ったが何度も対戦した上に要注意選手だった事から、物凄く印象に残ってるし、一応連絡先も知ってる。
俺と同じくポジションは投手で多彩な変化球を操り、バッティングもパワーはあまり無いが器用に撃って来る厄介な奴で、中学時代に対戦した相手で強い奴を何人か言えと言われたら五本の指には間違いなく入る。
なんでウチの高校来たんだよってなる、そんな相手。
そんな武藤と先程の田山先輩相手みたいな一悶着を繰り広げていた俺は、小さく溜息を吐いてから言う。
「落ち着けって武藤。これ以上騒いだら入学二日目にしてヤバい奴認定されるぞ」
「え、あー……そうや……そうですね。それはその通りだと思います」
「なんで大人しくなったら標準語になんだよ」
「いや、ちょっとでもまとも感だして相殺しよう思てな」
「その理屈だと関西弁喋る奴がヤバい奴みたいじゃね?」
「……いやそうはならんやろ」
「ならんかぁ」
と、そんなやり取りで若干クールダウンした武藤は、意味が分からない物を見るような目で俺を見てくる。
「で、赤羽。理由を一から十まで聞いた上で全く理解できひんねんけど、ほんまに野球部入らんつもりなんか?」
「もう文芸部の部長に入部届も出したしな。俺はこれから文学少年で行く」
「……ほんまかいな」
「ほんまなんですわこれが」
「……チッ」
俺の言葉に舌打ちで返答した武藤に言う。
「ま、俺の分も頑張ってくれよ。お前なら将来的に絶対エースになれるだろ。なんなら一年から試合に出たりだって……」
「少なくともエースの座はお前越えな掴めん筈のもんやろ。本来ならそうだった筈や」
「……」
「お前が推薦蹴った結果志望校被ったって知った時、俺は結構嬉しかったんやで? 赤羽圭一郎を真正面から試合でぶっ倒すのもええが、同じチームで競って勝つのも一興ってな……それなのに何なんやお前は。なんでそんな意味分からん感じに腑抜けとんねん」
そこまで言って武藤は踵を返す。
「ほんま意味分からん……勝ち逃げすんなや。ふざけやがって」
そう呟きながら歩き出した武藤は自分の教室へと消えて行った。
……勝ち逃げも何も試合で勝ち越してるくらいで、別にお前相手に勝ってる負けてるなんて決めつけるような事、考えた事ねえんだけどな。
そもそも選手としてのスタイルも違う訳だから尚更。
だからまあ、勝ち逃げというよりはただの逃げだ俺のは。
……いやいや。
野球を辞めたのは、別に逃げとかそういうのじゃねえだろ。
進む方向を変えた。
ただそれだけなんだから。
◇◆◇
「先輩、なんかお疲れですね」
「ひ、人と話すの苦手……だから。クラス替えしてしばらくのタイミングは、いつも……こんな感じ」
昼休み。俺は文芸部の部室で、お疲れ気味な白井先輩と昼食を取っていた。
三限の終わりに先輩から文芸部のグループライン(二人しかいないのだから存在する意味ない気がする)に、話したい事があるから部室でお昼を食べようという連絡があったのが、この状況に至る理由だ。
可愛い先輩と二人で昼食。
悪くないイベントだと思います。
……で、何故それで足りるのかと不思議になる程度には小さいお弁当を食べ勧める先輩は、少々言いにくそうに目を泳がせてから呟く。
「あ、あと田山さんから……け、圭一郎君を引き抜きたいっていう交渉が……何度か」
疲労の原因の何割かはこれっぽい気がする。
そして話したい事という奴もこの事だろう。
「すみません。迷惑掛けて」
「い、いや、悪くない。誰も悪くない……」
いや、流石にちょっと田山先輩が悪い気がするけども。
白井先輩相手にそれはきついって。
「それで、先輩はなんて答えたんですか」
「ほ、本人の意思……尊重したいって」
「……ありがとうございます」
この人の性格上、結構頑張ってそう言ってくれたんじゃないかって思う。
そんな事をさせてしまって申し訳ない。
「で、でも……う、ウチこんな感じだから。納得させるとか、そういうのは……ちょっと無理で。だから、多分しばらく、圭一郎君にもそういう話……来ると思う。今日は報告兼ねて、それ伝えたくて……」
「すみませんね、こういう形で報告してもらう手間取らせちゃって」
「い、いや……どの道お昼此処で食べる事、多いから。寧ろ来てもらった側で…………それに、人付き合い、苦手なだけで……一人が好きな訳じゃ、ないから」
「……また呼んでください。お供しますよ」
「た、偶に……偶にで良い。しょっちゅうお昼に此処来てたら……キミもぼっちになる」
いやならないと思います。
なんか悪口に聞こえたら嫌だから言わないけど、白井先輩程対人スキルは低くないつもりだから。
で、その対人スキルが低い先輩が、もしかしたら今後共田山先輩の襲撃を受けるかもしれない、という事態は早めに解決しておいた方が良い気がするな。
「で、話戻しますけど……どうやって田山さんを説得すれば良いですかね」
「う、ウチの言葉じゃ納得してくれないし……」
そう言う先輩に、半ば冗談半分で提案してみる。
「そうだ。催眠アプリとかでお願いしてみたらどうです?」
「そ、そんな物クラスで使ったら、お、おかしな人に思われる……」
部室で使っていてもかなりおかしな人だったけどな。
とまあこの提案は流石に冗談だ。
それを本気で提言しだしたら、俺もかなりおかしな人になってしまう。
「じゃあどうするかな」
今後、俺の所に来られても面倒だし……ほんと対策立てないと。
立てないとなんだけど……穏便なやり方が思い付かねぇ。
と、その後もそのまま、あーでもないこーでもないと意見を出し合いつつ完食。
そして最終的な結論。
「時間が何とかしてくれる。これで行きますか」
「う、うん。じゃあそれで」
結論は諦めである。
そしてそんな結論を出した瞬間だった。
部室の扉がノックされる。
「ど、どうぞ」
弁同箱を片付けながらそう言う白井先輩の声から一拍空けて扉がオープン。
「そろそろ食べ終わったかなーってタイミングで来たけど、大体合ってた?」
野球部マネージャー兼監督の田山先輩だ。
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