第13話 文芸部員と野球部マネージャー

「……まさかとは思うけど、白井さんが何かした?」


 田山さんは俺の急な路線変更が白井先輩の仕業なのではないかと疑っているのかもしれない。

 やや言葉に圧というかトゲのような物を感じる。

 俺が言うとどの口がって話かもしれないが無理もないと思う。


 文芸部……否、赤羽一派の評判以前に、自分で言うのはアレだが俺の評判的に野球部に入らないというのはそれだけ異常事態みたいなものなのだと思うから。

 自惚れかもしれないけど、それはきっとその筈で。


 だから入ったのが文芸部ではなく、囲碁将棋部や美術部などでも同じような感じになったのではないだろうか?


 それに対し白井先輩は俺の後ろに隠れながらも、小さな声で返答はした。


「か、勧誘はした……よかったら入ってって……」


「入ってって、よりにもよって赤羽君を──」


「あーちょっとすみません。なんか絶対良くない流れなんで此処からは俺が」


 なんだか二人の口論、というよりは一方的な口撃に発展しそうだったので、小さく手を上げて会話に割り込む。


 諸々の事情を鑑みると田山さんの言葉は何もおかしくないし、白井先輩は先輩で本当にただ部室に来た元部長の弟の俺を勧誘しただけだ。

 何もおかしな事はしていない。


 ……いや、絵面はおかしかった気がするけど……おかしな事してないカウントで良いだろう。多分。


 だから普通にちゃんと話をすればこの二人の間でヘイトのぶつけ合いみたいなのは起きないと思うけど、こちらの大将は白井先輩だ。

 なんか変に拗れる気がしてならない。


 そしてそもそもの原因は全部俺にあるのだから、此処で矢面に立つのは俺であるべきだ。


「別に白井先輩は中学までの俺の事とか知らないんで……知っててそれでも勧誘した、みたいな事じゃないですよ。野暮用で文芸部に足運んで結果流れで見学する事になった俺を、文芸部の部長として真っ当に勧誘しただけです」


 だからこの人が俺の後ろに隠れないといけないような事は何もしていない。


「俺はその上で、俺の意思で選択したんです。別に白井先輩が何かしたわけじゃありません」


 俺がそこまで言うと、田山さんはしばらく困惑するように黙り込み……それから頭を下げる。


「ごめん、白井さん。普通に疑ってた」


「……」


「白井さんだからとかじゃない。赤羽君が野球をやらないって、それだけの事だから」


 そう言って、さっぱりと謝った田山さんの視線は……そのまま俺の目へと映る。

 今の白井先輩への真っ直ぐな謝罪とは違った……真っ直ぐな逃さないというような、刺さるような視線。


 それを向けた後、田山さんはこっちこいとばかりに手招きをする。

 それに半ば無意識に従い一歩前へと出ると、田山さんは俺の首に腕を回して、白井先輩に聞こえない位の小さな声で囁くように言う。


「なんとなくキミが文芸部に入るって言ってる理由は分かった。あなた白井さんに気があるでしょ」


「あ、いや、そういう訳じゃ……」


 可愛い人だとは思ったけれど、少なくともそれだけが入部の理由ではない。

 それだけで辞める程、野球は俺にとって軽くない筈だ。


 軽くない……筈だ。

 重い筈だ。


 そうやって自分の思考に若干の違和感を感じているところで、田山さんは言う。


「またまたー。男の考えている事なんて簡単に分かるって。三割打者位の精度よ」


 凄そうに見えて半分以上分かってないんですが……。


「ウチの野球部、別に恋愛禁止みたいな意味のわからないルールは無いし、なんなら野球部入ってくれたら私がアシストしてあげても良いよ」


「……いや、ほんとそういうのじゃないんで」


 ……とにかく、そんな事で動じる程、俺の選択は軽くはなかった。

 俺は回された腕を極力丁寧に解いて一歩後ろに下がる。


「とにかく、俺は野球辞めたんで」


「赤羽君」


 変わらず真っ直ぐな視線を向けて田山さんは言う。


「……確かにあなたは即戦力。ウチの強化の為にも入ってほしい気持ちはある。だけどそんな事より…………どんな形であれ野球に関わってる者として、赤羽君には野球を辞めないでほしい」


 そう言って再び田山さんは頭を下げる。


「お願い。野球を続けて欲しい……進み方を間違えなければ、キミはきっと大成する。このままじゃきっと後悔する」


 ……まるで今の自分が間違っているというようにも聞こえる言葉。

 でも確かにそれは事実なのかもしれない。

 事実、色々な観点から見れば俺は間違った行動をしているのかもしれない。


 だけど、悩んだ上でそれを選んだのは、誰の意思の介在も無く俺なんだから。


「すみません」


 ただ一言、そう謝って俺は田山さんの隣を横切った。

 そんな俺の後ろに白井先輩が付いてきて、問いかけて来る。


「よ、良かったのか?」


「何がですか?」


「あ、あんな風に言ってくれる事なんて、ふ、普通……無いから」


 そう言って先輩は鞄の中から俺の入部届と取り出す。


「えっと、今ならまだ……」


 そう言いながら入部届を差し出してきた。

 受け取らないでほしいと、そう目で訴えながら。


「……仕舞ってください。強く言わないと返さないって言ったの先輩ですよね」


「い、言ったけど……」


「そう、言ったんです。頼みますよ、白井部長」


「う、うん……」


 そう言って白井先輩は再び鞄の中に入部届を仕舞って、そして言う。


「……ぶ、文芸部に入った事、後悔させないから」


「よろしく頼んます」


 ……先輩がそう言ってくれるなら。

 きっと、後悔するような事にはならない筈だ。


 きっと。

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