第12話 元野球少年と野球部マネージャー

「ああ、ごめん自己紹介まだだったね。私は田山麻耶、二年。野球部のマネージャーで、実質的に監督的な事もやってます!」


 胸に手を当ててそう言う田山さん。


「……実質的に監督? どういうことですか?」


 最早俺とは関係の無い話だけど、気になったので聞き返すと、ちょっと深刻そうな表情で田山さんは言う。


「ほら、ウチの高校って野球部あんまり強くないでしょ?」


「……ええ、まあ」


 返答に困る。

 でも確かに万年一回戦敗退、たまに二回戦敗退っていう感じで甲子園には程遠いって感じだった。

 去年も夏も秋も一回戦負けだった気がするし。

 試合内容まではちゃんとチェックしてねえけど。


「そう、現状お世辞でも強いって言って貰えない位にはウチは弱い。その原因の一端がまともな指導者がいない事。顧問の松村先生は良い人だけどスポーツ経験ゼロの素人だし、前の顧問もそんな感じ。そこで私の出番です」


「えーっと、何故に?」


「兄弟全員野球やってて、親が元プロで指導者やってるから。色々とラーニングしてます。それで杜撰な練習内容とかに口出しし始めたら、なんかそんな感じに……」


 ……ああ、そういえば俺が推薦貰ってた高校の野球部の監督、元プロの田山選手だったよな。

 え、マジで。マジかぁ。

 っていうか。


「受け入れられたんですか?」


「受け入れられちゃうような環境だったというか……」


「受け入れられちゃうような環境でしたか……」


 ……なんか良くも悪くもスポーツ漫画みてえな事になってるな、ウチの野球部。

 今後の創作活動のネタにでもしようかな?


「そんな訳で実質的に監督です。マネージャー兼監督として、冗談に聞こえるかもしれないけどガチで甲子園目指してます」


 そう言ってドヤ顔を浮かべる田山さん。

 ……部員が納得のいく指導を出来ているなら普通にドヤっても良いと思う。少なくとも俺には真似できねえし。

 実際プレーするのと指導するのじゃ全然違うからな。


 そして田山さんは軽く咳払いしてから問いかけてくる。


「で、改めてだけど、なんで昨日見学来なかったの? 何か用事でもあった?」


 さあ面倒な事になったぞ。

 何かしらのタイミングでこういうイベントが発生するとは思ってはいたけど、実際遭遇すると相当に面倒だぞ。


 ……とはいえ、はっきりと言わねえと。

 隣で白井先輩が不安そうにもしてるしな。


 俺は覚悟を決めるように小さく息を吐いてから答える。


「えっと、俺が入部する前提で話してますけど……辞めたんです、野球」


「……へ?」


 昨日の姉貴みたいな反応をする田山さん。

 そしてそのまま理解が及んでいない様子で言葉を紡ぐ。


「い、いやいや……いやいやいや。流石にそれは冗談……」


「冗談じゃなくてマジです」


「い、いやいや……まあウチに進学してる時点で何かあるなとは思ってたけど、止めるなんてそんな……まさか怪我でもした!? 球界の宝みたいな体に怪我した!? 良い医者知ってるよ私!」


 ……いくら何でも球界の宝は流石に大袈裟では?

 全国探せば願いが叶う玉ぐらい散らばってると思うぞ?

 そう考えながら首を横に振る。


「いや、健康体です。何処も怪我してないですね」


「だったらなんで……」


「あんまりモチベーションが沸かなくて推薦蹴ったんで……高校進学を気に別の事始める事にしたんです」


「別の事始めるって……違う部活入るって事? ま、まさか雲会じゃないよね」


 雲会だと何も始められなくない?


「とりあえず今年から俺は文芸部です」


 そう言った瞬間、田山さんは信じられないといった視線を俺に向け……そしてそのままその視線はゆっくりと白井先輩へ。

 直後白井先輩はビクリと肩を震わせ、俺の後ろに隠れる。

 そして何も理解できていない様子のまま、田山さんは呟いた。


「赤羽君が……あの天才赤羽圭一郎が、文芸部?」


 ……なんか急に空気が悪くなったんだけど、大丈夫これ。

 いや、俺は大丈夫なんだけどさ……大丈夫? 白井先輩。

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