第10話 陰キャ先輩と入部届
「そういえば昨日借りた本、読破しましたよ」
折角時間もあるので、昨日の部活見学を延長するようにそんな話を投げかける。
「よ、読んだ! もう!?」
「ええ、面白かったんで」
「そ……そっか」
そう言って小さく笑みを浮かべる先輩。
「2、2巻も……というか最新刊まで全部、部室に置いてある」
「じゃあ今日1巻返す時借りてって良いですかね」
「も、勿論」
うんうんと頷く先輩に、そういえば聞かなければならなかった事があるので問いかける。
「そうだ先輩」
「ど、どうした圭一郎君」
「入部届ってその時持ってけばいいですかね。それとも書いてあるんで今渡します?」
「入部とど……え?」
少し困惑するような表情を浮かべる先輩に改めて言う。
「何困惑してるんですか。昨日前向きに検討するって言いましたよね」
「い、言ったけど……改めて現実味が湧いて来ると、びっくりしたというか……」
そこまで言った後、一拍空けてから言う。
「じ、実際にそう言われるまでは……やっぱり現実味は感じられなかった。そ、それでもずっと嬉しかったけど」
「現実味をって……信用無いな俺。いやまあ会ったばかりで信用も何も無いだろうけど」
しかも判断材料に姉貴が関われば尚更。
「い、いや、キミが信用ならない訳じゃなくて……寧ろ赤羽先輩の弟だから信用しやすいというか……」
それが同類と思っているからなのか、反面教師的な事なのかで話変わって来るぞ。
まあとにかく、俺の信用問題云々の話ではない様で。
「お、弟が……今年凄い人がウチの高校に進学したって言っていたから……」
「弟?」
「いる。二つ下の」
白井先輩の二つ下……という事は俺の一つ下か。
白井弟……白井弟。
「あ、もしかして白井先輩、朝陽の姉ちゃん!?」
「あ、朝陽の姉ちゃん」
言いながら何故かダブルピースをする先輩。
ほんとなんでだ。
「え、マジかぁ……朝陽の姉ちゃんかぁ……」
滅茶苦茶頑張ってた後輩で印象に残ってる。
あと元気でコミュ力も高いからチーム纏められると思ったしキャプテンに後任の指名して……いや、信じられねえ。アイツの姉ちゃんが白井先輩。
姉弟って似ないんだなって、ウチの馬鹿の顔を思い浮かべながらそう思いました。
で、各々の姉弟の事は一旦置いておいてだ。
その辺の話はまた今度で良い。
「それで、俺が文芸部に入るのはおかしいと」
「いや、おかしいというか……それで良かったのかって。す、凄かったんだろ、キミ。なのに文芸部にって……」
「誘っといてそれはナシですよ」
「い、いやだって知らなかったし……ほ、本当は野球部の見学行く予定だったんじゃないかって。それ引き留めた結果……だから」
「まあそうですけど、結果これが良いって思ったのが俺の気持ちなんで。あんまり言うと野球部行きますよ」
「や、やだ……」
そう言って服の袖を掴んでくる先輩。
「じゃあ受け取ってくれます? 入部届」
そんな先輩に俺は鞄から入部届を取り出して差し出した。
「ほ、本当に……本当に良いんだな。にゅ、入部届、一度受け取ったら、強く言わないと……返さないから」
……強く言えば返してくれるんだ。
とはいえそんな事をする事も無いだろう。
絶対に断られたくないという意思が込められた視線と声音を向けていて。
そんなメンタリティでで何度も誠実に逃げ道を用意してくれた人の要求を呑むんだ。
これをひっくり返すのはあまりにもダサい。
……そしてそもそもひっくり返す気も無い訳だから。
「言いませんよ。俺は俺がやりたい事をやるだけですから」
「…………分かった」
少し、迷うような仕草は有った。
それでも先輩は小さく笑みを浮かべて、俺が差し出した入部届を受け取った。
「た、確かに受け取った……ようこそ文芸部へ。これからよろしく……圭一郎君」
「はい、先輩」
こうして俺は正式に文芸部員となった。
…………辞めたんだな、野球。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます