第7話 元部長と大誤算 下

 お遊び一切無く、本当に何を言っているのか分からなかったという表情と声音。

 まあ気持ちは分かる。

 逆の立場なら俺だって理解できないかもしれない。


 でもこれが俺の出した結論な訳だから。


「圭、ちょっとそこ座って」


 年数回しか発せられない真人間のような雰囲気を醸し出した姉貴。

 今日頻繁にそんな感じになるな。

 まだ4月。無駄遣いだぞ。


 そう考えながらも言われた通りカーペットの上に正座。姉貴も同じように俺の前に正座すると、両手でこちらの肩を掴んで目をじっと見てくる。

 そしてそれから言葉を紡ぎ始めた。


「アンタ、陽向に同情して文芸部入ろうとは思ってないでしょうね?」


「そんなんじゃねえよ。このままじゃ可愛そうだなと思ったのは事実だけど、別にそれが理由で入部決めた訳じゃねえ」


「……」


「元々推薦蹴ってる時点であんまりモチベーション無かったのは姉貴も知ってるだろ。この前まで自主練してたのだって、言っちまえば惰性だ。俺にとってはもう野球はそこまで執着するもんでもねえんだよ」


 だったら。


「だったら見学してあの場を気にいって、新しい事を始める事がそんなに変かよ。姉貴だって中学の時はバスケやってただろ」


「私は元々そこまでガチでやってなかったでしょ。実力だって一応レギュラーだったぐらい。でもアンタは……流石に勿体無い」


 姉貴の声からはなんとか説得しようとする熱を感じた。

 両肩が強く握られる。


「中三の夏で140キロを精密機械みたいにバンバン投げてたバケモノが怪我も無く辞めるのは流石に無しでしょ」


「いや、アリだろ」


 改めて姉貴にキッパリとそう言う。


「誰かに無理矢理決めさせられたならそれは無しだ。でも俺は自分で悩んでこれで良いって決めたんだ」


 言いながら自分の言動にほんの少し違和感を感じたけれど、長く続けてきた事を辞めるのには付き物というべき感覚なんじゃないだろうか。

 ……だからまあ、気持ちは変わらない。


「悪い、肩痛えから離してくれね?」


 そう言ってしばらくも肩を掴んだまま鋭い目付きでこちらの目を見て……やがて諦めたように小さく溜息を付いて手を離して立ち上がる。

 そしてベットに腰を沈めてから言った。


「……アンタを文芸部に行かせなきゃ良かったかな。なんかとんでもない事しちゃった気がする」


「遅かれ早かれこんなモチベーションで野球部入ってたらどこかで辞めてただろ。あとそれが悪い事だったら、なんか白井先輩が悪いみたいにも聞こえるから止めてくれ」


 きっと、誰が悪かったってことは無い。


「んな訳で、話済んだならもう部屋戻るぞ。俺借りた本の続き読みてえし」


 部室で途中までしか読めなかった本を帰り際に貸してもらった。

 これを今日明日位で読み切って、それから入部届と一緒に部室に持っていこう。

 それから白井先輩にその本について感想を言い合う。


 何もスポーツだけじゃない。

 そういう青春が有っても別に良いだろう。

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