第6話 元部長と大誤算 上

「ほら姉貴。忘れ物取ってきてやったぞ」


 帰宅後、今年から地元大学に通う大学生の姉貴の部屋に約束のブツを届けに行った。


「おお、よくやった褒めてつかわす。礼としてうまい棒一本を振る舞おう」


 何やら一部から文芸部のやべー奴呼ばわりされていたらしい(白井先輩情報)、黙っていれば美人に定評がある姉貴は、ベットに寝転がりながらスマホを触りつつ、やや気だるげにそう言葉を返してきた。


「何味?」


「サラダかたこ焼き。そこのレジ袋がら持ってって」


「あいよ」


「いや一本しかもらえない事に抗議の一つでも入れなよ」


「入れねえよ、一杯食ったら晩飯食えなくなるだろ」


「いや別に今日食べなくてもいいじゃん」


「……二本貰っていいか?」


「袋ごと持ってきなよ。それアンタに渡すように買ってきたし」


 近くのごみ箱に捨てられている包装を見る感じ、お前買ってきて何個か食べて飽きただけだろという確信は、面倒くさいので言わず。

 部屋の中心に置かれたガラステーブルに回収した漫画を置き、代わりにうまい棒の入ったコンビニのレジ袋を手にする。

 そのタイミングで姉貴が体を起こして問いかけてきた。


「で、それ回収してきたって事は陽向と顔合わせたの? ああ、陽向ってのは文芸部の部長の名前ね」


「合わせねえと本棚から回収できねえだろ」


「…………で、客観的に見て陽向は大丈夫そうだった?」


 どこか不安そうにそう問いかけてくる姉貴。

 ……なんとなく部室から帰る頃には、意味の分からない忘れ物を残していき、態々俺に回収させに行った理由を推測できていた。


 赤羽美琴という俺の姉貴は、色々と滅茶苦茶な奴ではあるがカスではない。

 先輩が文芸部の部室の治安について程良く治安が悪いと言ったのは、つまりそういう事な訳だ。

 多分、それが文芸部部長らしいかと言われれば違うだろうが、面倒見は良かったんじゃないかと思う。


 だから俺という第三者を通じて白井先輩の現状を知りたかった。


 多分やろうと思えば白井先輩を呼び出して、漫画の一冊や二冊くらい持ってこさせる事が出来たであろう姉貴がそれをしなかったのは、つまりそういう事だ。


「初っ端から姉貴がインストールした催眠アプリ大活躍だったぞ」


「おっと開幕からいきなり不穏な言葉」


 自分で入れさせた物使わせといて不穏とか言うなよ。

 気持ちは分かるけど。


「で、大活躍とは?」


「自分に自己暗示かけるみたいに、うまくやれるうまくやれるてスマホに話しかけまくってたぞ」


「スマホは話しかけるもんでしょ」


「まあそれはそうだけども」


 そう考えると一人でぶつぶつと言葉を紡ぐスタイルとしては、一番怪しくないアイテムを使ってはいたのか。隠し切れない怪しさだったけども。


 そして姉貴は小さく笑みを浮かべて言う。


「しかし私が想定した使い方とはいえ、改めて考えると端から見た時のビジュアルやべー」


 お前だけは笑うな。

 お前が作ったんだぞあの光景。


「なんだよその目。私だってちゃんと考えて陽向にあれ入れさせたんだからな」


 小さく溜息を吐いてから姉貴は言う。


「緊張をほぐす為のルーティーンとかってあるじゃん」


「まああるな」


「よく聞く奴だと、手の平に人って書いて飲み込むって奴あるでしょ。それと同じノリ」


「そっち教えろよ」


「そっちはもうやってたの。だから考えた結果、せや! 自分に催眠術かけてコミュ強になったろ! 作戦誕生な訳よ」


「ろくでもねえ……」


「実際効果あった? ちゃんと会話成立してた? あの子超人見知りだから」


「円滑ってわけじゃねえけど一応は。でも催眠術云々ってよりは、俺が姉貴の弟ってのがデカかったんじゃねえかな。他人だけど全くの無関係って訳じゃねえだろ」


 姉貴の弟って事で逆に警戒されてたけど、あれ逆に警戒緩んでた証拠みたいな感じなんじゃないか? 自分で言ってて意味分かんねえけど。


「そっか。まあなんであれアンタとの会話すら成立しないなんて事はなかったって事か」


 その事に安堵する様子を見せた姉貴だが、すぐに表情は険しい物へと移り変わる。


「で、アンタが部室に居る間……誰か見学者って来た?」


 その問いに対し首を横に振る。

 結局最後まで誰も部室を訪れる事はなく、俺と白井先輩二人の時間が続いていた。


「そっかぁ……参ったな。幽霊部員は雲会があるから難しいだろうし」


「雲を見る会だったっけ? そんなもんが成立するなら部員足りない位目を瞑ればいいのにな」


「いやでも私らの上の世代だとちょくちょく活躍してた人も居らしいから、完全に幽霊部員の巣窟って訳でもないのよあそこも」


「そうなのか?」


「確か2つ上の先輩が、どっかの出版社の新人賞取ってた気がする」


 おい、なんでそいつ文芸部に居ないんだよ。


「あと更に一つ上の先輩が、風の噂じゃモンド……なんだっけ。そう、モンドセレクションだ。あれ受賞たって聞いた気がする」


 新人賞の件も急に怪しくなって来たな。


「あーくそ、陽向が一つ下だったら強引にでも新入生勧誘してたんだけどね」


 珍しく真面目な表情でそういう。

 強引の中身がまともかどうかは知らない。


「ていうか軽く部誌目ぇ通したけど、姉貴ちゃんと文芸部として活動してたんだな。てっきり幽霊部員というか幽霊部長だと……それこそ雲会に入ってない事が意外だったんだが」


「ほら、私ってクールな文学少女みたいなビジュアルしてるじゃん。入るべくして文芸部に入ったって感じ」


 自分で言うなよ、否定はしないけど。

 黒髪ロングの黙っていれば醸し出す落ち着いた雰囲気だけはまさしく文学少女って感じなのは否定しない。

 中身考慮したら、元野球部の俺よりバット似合うけど。

 バット片手に扉とか蹴り破ってそうなイメージだけど。


「まあ正直幽霊部員狙いで雲会入っても良かったんだけど、あそこまともに活動してないじゃん」


 まあ文学賞だったりモンドセレクションが嘘なら活動していないんだろうけど。


「それじゃ仲の良い後輩とかできないでしょ? 同級生はいくらでも仲良くなれるし実際なったけど、学年違うと部活って接点が無いと難しいしね」


 そして姉貴は拳を握って熱の籠もった声音で言う。


「私は後輩に慕われてイキリ散らしたかった! だから活動がちゃんとある部活に入ったの!」


 わーお、とんでもねえカスだぁ。


「ま、結果的に陽向しか入んなかったんだけど……イジメテナイヨ?」


「……」


 どうだろうか?

 ……まあ部の存続の心配をしているあたり、それは信用しても良いんじゃないかな。

 先輩、振り回されてはいただろうけども。


 そしてそこまで言った後、姉貴は深刻な表情で呟く。


「……しかし見学者ゼロは本格的にやばいね」


 そう言ってこちらの目をじっと見た後、小さく首を振る。


「いくらなんでもアンタに、文芸部に入部しないとしばき倒すぞってお願いはできないか」


「お前それお願いじゃなくて恫喝だろ」


「そうともいう」


「そうとしか言わねえだろ」


 まあお願いされようが恫喝されようがしばき倒されようが、文芸部の進退に影響は無い。


「それに別に姉貴に言われなくても俺が入るから文芸部。これで廃部回避で問題解決だろ」


 部室から出て帰って来るまでの間に出した結論はこれだ。

 そして。


「…………へ?」


 姉貴から間の抜けた声が漏れ出した。

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