第4話 2024年12月2日 月曜日 赤口

「主任、昨日の記事見たっすか?」

「知らんが」

「これっす」

 島に新聞社はない。新聞が欲しいと思えば、本州で発行したものを数日遅れで取り寄せるしかない。だから最新情報はネットが主体となる。後藤が見せたスマホ画面には、

『48歳の男性 崖から転落 事故死か』

 というタイトルの記事があった。

「ナンだこれは」

「昨日取材に来た、百条新報ひゃくじょうしんぽうの女記者っすよ」

 島内唯一のマスメディアが百条新報。新報などと名乗っているが、実態は個人記者が1人でネット配信しているに過ぎない。記事の末尾に記された署名『桃田ももたいろは』が、その記者の名前である。

「殺人の可能性が高まったと言ったハズだが」

「っすね。なのに何故、事故死って書いてあるっすかね」

 五十嵐は少し考える素振りを見せてから、声を潜めて重々しく口を開く。

「後藤。ココだけの話だ。絶対口外しないと約束出来るか」

「こう見えて小官の口は、コンビニの入り口のように固いっす」

「全自動ドアじゃないか」

「っす」

 後藤の頭を軽く叩く。

「す、じゃないが。口外しないか」

「うっす」

「心配だが……」

 複雑な表情を浮かべつつも、捜査を進める上で2丁拳銃の総戦力の半数、後藤の力は不可欠。五十嵐は念を押してから続ける。

萬城目まんじょうめを知っているか」

「知らない島民はいないっすよ」

「会ったコトはあるか」

「面識はないっすね」

「どの程度知っているか」

「ネットでよく見るっす。島のお祭りの時なんか、毎年インタビュー記事になるっす。すごいすよね、歯がキラキラで。あれ全部金歯っすかね」

「桃田の記事か」

「あー、そっすね。島のニュースは全部あそこっすから」

 左右を見回し、更に声を潜める五十嵐。

「桃田は萬城目の係累だ」

「え!? そうなんすか?」

「ひと月ほど前にアノヨに逝った先代、萬城目紳吉まんじょうめ・しんきちのひ孫だ。以前は甚鹿じんろくと名乗っていたが、八代目襲名に伴い末吉すえきちに改名した当代の又姪に当たるか」

「へ~、そうなんすね。それで萬城目の記事が多いっすか」

「タダの記事じゃない。好意的な記事が」

「言われてみれば、悪い話は見ないっす」

「萬城目組。いわゆる暴力団に該当する。本来であれば暴対法の対象になる組織だが」

「っす」

「萬城目組の歴史的経緯から、島民の人気が高い」

「小学校の社会の授業で習ったっす」

 何故か得意げな後藤。

「そうかオマエ、島の出身か」

「っす。確か島が外敵から侵攻を受けた際、萬城目一家が武器を取り、侵略者を追い返したと」

「知っていたか。それ以降、萬城目組には武器も情報も集まるし、島民もミナ味方をする。ライフル、マシンガン、手榴弾、ロケットランチャー。我々の持つ拳銃程度では相手にならんか」

「それ銃刀法違反っすよね」

「だが、警察の介入は難しい。無理に手を出せば火傷では済まん。警官の1人2人、簡単に闇の中に葬り去れる。国家権力の及ばぬ公然のヒミツというヤツか」

 空恐ろしい話を聞いた、とでも言いたげに青ざめる後藤。いつもなら「っぱ事件っすよ、怪しいっす」などと軽口を叩くところだが、そんな元気もなく、ただ「っす」と弱々しく呟くのが精いっぱいであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る