第3話 2024年12月1日 日曜日 大安

「ところで主任。これは何っすか?」

「見て分からんか」

 崖下の僅かなスペースに置かれているのは、目の細かい網と酸素ボンベとシュノーケルと厚手のウェットスーツ。

「あの、今日の最高気温は12度らしいっす」

「そうか。もう冬も間近か」

「じゃなくてっす」

「オマエ、ダイビングが得意だそうじゃないか」

「そんな話もしたっすね。去年の夏、伊豆旅行でハンマーヘッドシャークの群れに会え……じゃなくて!」

「ダイビング、嫌いか」

「好きっすけど。主任、今日は寒いっす」

「そうか、頑張れ」

 恨めし気な後藤を尻目に、付近の流木を集め始める五十嵐。

「主任は何をしてるっすか?」

「辺りの捜索と、今日は寒いからな、暖を取る準備をしようか」

「冷えるのは小官の方っす」

 そう言いながらも、抵抗を諦めた後藤。吹き荒ぶ海風の中で上着を脱ぎ始める。

「ナニを探して来るか、分かっているか」

「さあ……?」

 呆れた様子で、ポケーッとした間抜け面の後藤を一度見遣ってから、ポカリと軽く頭を叩く。

「歯だ」

「歯……っすか?」

「ホトケの歯。上に無いなら下にあるハズだが」

「おっ、現場百回っすね! ミステリー小説の基本す」

「なら文句言わすに探さんか」

「うっす」


 現場周辺、陸上も海底も徹底的に洗う。遺体に無かった30本前後の歯が、落下中どこかにぶつかって取れたのであれば、付近で数本は見付かる筈である。崖下は五十嵐が、海底は後藤が。一日かけて虱潰しに捜索したが、遂に一本も発見出来なかった。「っぱ事件っす」と破顔する後藤とは対照的に、「事故と自殺のセンは薄くなったか」と渋面の五十嵐であった。


 同日、鑑識に回していた遺体の報告書が届く。そこには『頭部を中心に多数の挫傷と骨折』との記載があり、遺体は死亡前に多数の人間によって殴打されたか、暴行を受けた跡があるとも書き添えられていた。これを受け、本件を『殺人事件』に切り替えて本格的な捜査を開始。遺体発見から3日目の夜であった。

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