第2話 2024年11月30日 土曜日 先負

 島の2丁拳銃は、即日捜査本部を立ち上げると、翌日から調査を開始した。まずは事件発生現場周辺から洗い直す。現場は切り立った断崖になっており、周囲に争ったような痕跡、及び血痕などはなかった。ただ、滅多に人が来ないはずの崖の上には、複数の人が通った足跡や、何かを引き摺ったような跡が、潮風に吹き晒されながら風化もせず残っていた。


「五十嵐主任、っぱ事件すよ! 事件!」

 目を輝かせる後藤をひと睨みする。

「こんなに人が通った跡があるなんて、最近何かあったんすって!」

「確か先週、対岸で冬の大花火があったか」

「あっ」

「大方、花火の観客か」

「そんな~」

「しかし、食べ残しや空き缶といったモノは見当たらんか」

「っぱ事件す!」

「自前のゴミ袋で持ち帰ったか」

「えぇ~」

 喜んだり悄気しょげたり忙しい。

「ホトケの歯も見付からん。やはり事故死か」

「これは殺人事件す! 小官の勘がそう言ってるっす!」

「転落し岩肌に顔面を強打。その時に歯が全て抜け落ちた可能性が高し、と」

「それはおかしいっす」

 調書を取る五十嵐に異を唱える。

「歯は一本も見付かってないって、今主任が言ったじゃないっすか。落下中顔面を強打して、奥歯まで全部抜けるもんっすか」

「……サテ。聞き込みに行くか」

「主任~」

 痛いところを突かれた五十嵐は、追い縋る後藤の言葉は聞こえなかった事にして、足早に歩き出した。


 島内に居酒屋は何軒かある。昼間は閑散としている歓楽街は、夕方になると赤提灯に火が灯り、観光客と仕事帰りの大人たちで賑わう。そのうちの一軒、『汐風しおかぜ』と書かれた看板の店を訪ねる。


「櫛さん?」

「48歳の、火葬場で働いていた男っす」

「ああ、あの、ちょっと暗い感じの。いつもそっちの隅っこに一人で座って、手酌で呑んでいましたよ」

「先週、22日と23日はどうっすか」

「先週ねえ……おい! 小見こみ!」

「へい! 大将、呼びやしたか?」

「櫛さんって分かるか?」

「毎週来て下さる常連さんで?」

「刑事さん、接客はこれに任せてました。話はこれに聞いて下さい」

 割烹着に身を包んだ『大将』と呼ばれた男性は、「仕込みがありますんで」と言い残し、暖簾の奥へ消える。代わりに、料理帽を脱ぎ坊主頭を顕わにした男性が、2人の前で何かあったのかと不安そうな表情を浮かべる。

「小見さんだったか。ニュースは見ていないか」

「すんません」

「昨日、櫛さんはホトケになって発見された。水死体だ」

「えっ……」

「その件で調査をしている。先週、この店に来たかどうか、話を聞かせて貰えないか」

「え、えっと……先週? えーっと……」

 真っ青になって、しどろもどろの小見。五十嵐の肘を引き、目で「こいつ怪しいっす」と訴える後藤の頭を、やや強めに引っ叩く。

「バカモン、外に出ておれ」

 後藤の耳元で小さく叱責すると、「良いところなのに」とでも言いたげに、恨めしそうな視線で背の高い五十嵐を見上げる。

「イヤなら黙って調書を取っておれ」

「っす」

 2人が小声で話す間に、小見も少し落ち着きを取り戻した様子。震える声で話し始める。

「えっと、櫛さん、先週も見たと思いやす」

「いつか分かるか」

 青ざめたまま、指折り数えていたと思ったら、

「22……そう、22日!」

 思いのほか明確な返答。

「間違いないか」

「へい。思い出しやした。うちに来る前から少し酔っていやして、11月22日良い夫婦の日か、独り身には辛ぇよなぁ、今晩もソープ嬢で抜くかぁ、なんて絡まれやした」

「何時頃か覚えているか」

「えーっと……店を開けて……夜7時か8時頃だと思いやす」

 五十嵐は後藤の手元を覗き込んで、きちんと調書が取れているかを確認してから、

「これ以上は迷惑になる。行くか」

 と一言。後藤の方も心得たもので、

「参考になったっす。ご協力に感謝っす」

 奥にいる大将にも聞こえるよう、大きな声で礼を述べて、汐風を後にした。

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