お歯黒水死体

武藤勇城

第1話 2024年11月29日 金曜日 友引

 2024年11月29日金曜日、友引。本州からやや離れた孤島の断崖で、1体の水死体が発見された。この島では事件など滅多に起きない。盗みをはたらく者は誰一人おらず、鍵も付いていない家ばかりで平穏そのもの。「島を守るのは2丁拳銃だけ」とも謂われるように、駐在の警察官は2名しかいない。連絡を受けて、朝から島の全防衛力が現場に集結した。


「後藤、早いな」

「五十嵐主任! 持ち物から見て間違いないっす。捜索願の出ていた男っす」

「何日か前に届いていた、アレか」

「っす。小官が署から持って来たっす。姓名は櫛一郎くし・いちろう。48歳、男性、独身。火葬場で長年勤務しており、過去に一度も欠勤はなかったと。それが先週の日曜日、11月24日に初めて無断欠勤して以降、一度も出勤しなかったと」

「その前後に、ホトケはココに浮かんでいたというワケか」

「無断欠勤の前日、23日は火葬場が休みだったようっす。22日は元気に出勤していたと」

「とすると死後一週間。23日か24日がホトケの命日か」

「そっすね」

「事件か、事故か。他殺か、自殺か。慎重に捜査せねばならんか」

 表情を曇らせる五十嵐。

「第一発見者は、漁師の男性っす。姓名は磯辺大翔いそべ・はると、31歳。崖の下で貝を採っていた時に発見したと」

「そうか」

「最初はうつ伏せに浮かんでいて何か分からず、ボートで近寄った際、波を受けて遺体が仰向けになり、死体に気付いたと」

「そこまで調べていたか」

「っす。小官は署におり、連絡を受けてすぐ駆け付けたっすから。2時間ほど前す。事情聴取も済ませてあるっす」

 五十嵐とは正反対に、何故か楽しそうな後藤。この島で初めて起きた不審死。子供の頃に読んだ推理小説でも思い出しているのだろう。

「第一発見者が犯人。そんな小説は多いっす」

「ナニをバカな事を。タダの事故死、暗い夜道で足を滑らせ、転落しただけかも知れん」

「現実は小説より奇なり、とも言うっす」

「くだらん」

「五十嵐主任、あまり小説はお読みにならないようで」

「オマエというヤツは」

 まだ食い下がろうとする後藤を軽く睨み付ける。

「刑事ドラマも見ないっすか。ん~どうでしょう~、の古畑任……」

「バカモン」

 軽く頭を叩く五十嵐。ずれた帽子を直しながら、後藤は話を続ける。

「そんな訳で、第一発見者の家族構成も調査済みっす。両親とも他界しており、他に妻と子供が3人いるっす。妻の名前は灯子とうこ、33歳」

「姉サン女房か」

「っすね。以前は海女として夫婦で漁をしていたようっす。今は子育てもあり、民宿を営みながら生活していると」

「宿の経営状況はどうか」

「夏場はそこそこらしいっすけど、今はオフシーズンで全く客は来ないと。金銭面で少々苦労しているようっす。これは金銭目当ての犯行……」

 五十嵐の鋭い眼光に気付き、慌てて資料をめくる。

「3人の子供は4歳、2歳、それと生後3か月。上から詩蛤しあわせ栄偉螺えいるふくだそうっす。キラキラネームっすね」

「イヤ。これはハマグリ、サザエ、アワビか。元海女だというカミさんの影響か」

「なるほどっす!」

 横から資料を覗き込む五十嵐の言葉に、思わず手を打つ。

「主任。あと、もう1つ」

「ナンだ」

「遺体には、全身に多数の傷があるっす。そして、歯が一本も無いんす」

「どういうコトか」

「分からないっす。ただ、これは第一発見者の磯辺が言っていた話っすけど。仰向けになった死体と対面した際、まるで大河ドラマに出てくる、お歯黒をした公家のようだったと……」

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