第40話 僕、故郷に帰ります。
マーブルさんの目的が何だったのか。
聖都に戻った僕達は、女神イフリーナから全てを聞くことが出来た。
「最初から、お姉さんの敵討ちが目的だったってことですか?」
「そういう事じゃな。あの魔法使いの娘の出身は、世界から隔離された魔法都市、ベンスルー・コマネキクアという街なんじゃが。あの街ではコム・アカラ以上に、人身売買がなされておる。むしろ、街の収入源はそれしかない、とまで言えよう」
そんな最低な街が存在するのか。
「そんな街じゃて、命の価値はとても軽い。結婚という名目で娘を引き取るものの、そのほとんどが身体目当てに過ぎん。ことが終われば用済みとなり、最悪処分されてしまう事も少なくない。じゃが、娘の姉が嫁いだ先は、普通の貴族よりも陰湿な奴だったみたいでの。殺した姉の遺体を、わざわざ突き返してきたのじゃよ。それを見た娘は激怒し、貴族への復讐を誓った」
「そんな事情があったなんて。あんなに一緒にいたのに、全然、気づけなかった」
「人間、本気で隠そうとしたら、誰だって真実には辿り着けんもんじゃよ」
シャランに慰めの言葉を投げかけると、女神様はフラミーを枕にし、こてんと横になった。
「というか、二人はあの娘に感謝した方がええぞ? あのまま
言われて、シャランは左足のふともも辺り、今も残る烙印をさする。
手を抜いてどうにかなる相手ではなかった、なんて、言い訳にもならない。
「そういえば最後、魔人王はマーブルさんから、何の魔法を受けていたのでしょうか?」
「テンプテーション、魅惑の魔法じゃな」
「魅惑の魔法?」
「一言で言えば、魔法使いの命令には全て従う状態じゃて。大方、魔人王を味方に付けて、貴族の街を襲撃するのじゃろうな。知っての通り、魔人王の力は凄まじい。ジャンと戦った時は、自身の魔法や技を封じておったが、その枷が無かったとしたら、我らは一秒ともたんて」
女神様の言う通りだ思う。
本気を出されたら一秒ともたない。
同じ技だけで戦うとした、魔人王のプライドに、僕は助けられたに過ぎないんだ。
「じゃあ今頃、マーブルさんは貴族の街を襲撃している、ということでしょうか?」
「んー、どうじゃろうな。あの魔法は時間を掛けて催眠状態へと持ち込む魔法じゃからの。力の差もある、あの魔法使いの娘が魔人王を完全支配するまで、早くとも百日は掛かると思うぞ?」
百日。
それだけの時間があれば。
「シャラン」
「うん、私も同じこと考えてた」
「女神様、僕達―――」
てのひらを〝しっしっ〟と振って、女神様はあきれ顔をした。
「みなまで言うな、どうせ魔法使いの娘を止めたい、とか言うのじゃろ。じゃが、現状どこに潜んでいるのか皆目見当もつかん。あの娘が狙っておる貴族の名前は分かるが、偽名を使っておる可能性もあるでの。分かるのは、娘の故郷の街ぐらいなものじゃて」
「じゃあ、そこを起点に探してみたいと思います」
「それと一応、マーブルさんの仇である貴族の名前も教えてください」
「街の場所はどこなのでしょうか?」
「マーブルさんのお姉さんの名前は?」
グイグイ迫る僕達から、女神様はぴょいと飛び上がって逃げてしまった。
「全部教えてやる。そう急くな。それに、伯爵への報告もした方がええぞ? いつまでも賞金首では、無駄に疑いの目を向けられてしまうでの。ただまぁ、無策で帰還した所で、何が起こるのかは想像がつくでの。策をひとつ講じてやる、ちょいと耳を貸せ」
女神様の側に近寄って、二人して耳を傾ける。
途端、シャランは赤面し、僕は動揺を隠せなくなった。
「それ、本当に必要なんですか?」
「必要かどうかなんて知らんよ、ただ、可能性が高いという話じゃ」
「ですが、それだと……」
「なんじゃ、別に大っぴらにする必要もない。不要ならそのまま破棄すればええ」
シャランと二人、どうしたものかと顔を合わせるも。
とりあえず、ありがたく頂戴することに。
こうして、僕とシャランは、聖都イスラフィールを出立する事となった。
シャランの勧めでラクダに乗り、砂漠を北西へと向かい、港町サードルマへと向かう。
冒険者ギルドのマスターに就任したボルトさんや、たまたま運送の仕事で街にいたスクバさんの奥様、セナさんとも再会したりして。港町サードルマで楽しい時を過ごした後、僕達は北上する船へと乗り込んだ。
「思えば、長城が無くなったのだから、陸路で行っても良かったのかもね」
サードルマから船を使う理由は、確かに無かった。
でも、もう乗り込んじゃったし。
「マーブルさんがいたら、絶対に陸路だったよね」
「ふふっ、そうだね。マーブルさん、船酔い酷かったものね」
当たり前のように一緒にいたから、当たり前のように思い出せてしまう。
二人して思い出し笑いした後、二人して黙り込んでしまって。
「一言ぐらい、相談してくれても良かったのに」
寂し気に語るシャランの言葉は、そのまま僕の言葉でもあった。
船旅は順調で、港町ママンダ、そしてパルクス領である港町アラアマへと到着する。
アラアマの石切り場事務所へと向かうと、僕を雇ってくれた親方が出迎えてくれた。
「丁度良かった、今、お前さんの石像をこしらえている所での」
「石像?」
「街を救った英雄なのじゃからな。ほれ、そこに立って、ちょいとポーズを決めておくれ」
魔獣と魔人を討伐したのだから当然だと、親方は言うけど。
まさかの石像に、僕としてはただただ、恥ずかしいばかりだった。
一晩明けた後、東へと向かい、途中にあった開拓村跡地へと立ち寄ることに。
開拓村としての枠組みだけが残る無人の村には、誰も残っていなかった。
「ここの村に来た時に、シャランがお腹壊していたんだよね」
「……もう、変なこと思い出さないでよね」
「そして、この村で、僕達とマーブルさんは出会ったんだ」
何年も一緒に旅をしてきた気がする。
だから、あらゆる場所に思い出が存在するんだ。
「行こうか」
「うん」
マーブルさんを止める。
その為に、僕達は動かないといけない。
開拓村から東へと向かい、ロベスク廃鉱山を抜け、僕達の故郷、カムラの村へと到着する。
「ジャン、それにシャランちゃんも!」
「母さん、ただいま」
帰ってきた僕達のことを、両親は温かく出迎えてくれた。
積もる話はあるけれど、まずは何も変わらない実家の空気を堪能する。
腰を落ち着かせようとする前に、お土産があったのを思い出した。
「そういえばこれ、お守りなんだって」
「お守り?」
「これ一個で金貨一枚なんだよ? 信じられないよね」
「金貨一枚? 確かに、銅貨一枚ぐらいで買えそうに見えるわね」
聖都イスラフィールで貰ったお守りを渡すと、母さんは他のお守りと一緒に、玄関に飾り付けた。
女神イフリーナ様が残された聖なる種火とか言っていたけど、本人を目の前にしているから、ご利益があるのかないのか。ちょっと微妙かもね。
「烙印は消えたの?」という母さんからの質問に、僕達は苦笑いで返した。
消したら死んでしまう、そもそもシャランは生きてはいなかった。
そこら辺の話をした後、父さんへと質問したんだ。
「父さん、ウチの家系は、代々勇者の家系なの?」
「……隠していた訳では、ないのだがな」
聞くと、父さんはアッサリと白状してくれた。
でも、父さんの世代で魔人は復活せず。
魔人王ガーガドルフの時には、勇者ソフランの存在を知り、父さんは動かなかったのだとか。
「父さんから見て、勇者ソフランって、それほどまでに強い人だったの?」
「ああ、間違いなく、俺よりも強い勇者だったよ」
シャランも言っていた。
勇者ソフランは、間違いなく勇者だったって。
やはり、ないがしろにしていい存在ではないと、改めて思い知る。
その後、彼女の家にも立ち寄り、両親へと挨拶をした後、僕達は次なる目的地へと向かった。
ベールスモンド領の領主様である、伯爵様の居城だ。
【次回予告】
旅の出発点でもあり、終着点でもある場所へと二人は向かう。
次話最終回『僕、まだまだ逃げないとです。』
明日の朝7時、公開予定です。
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