第39話 僕、理解できません。

 周囲を見上げる程の砂の壁に囲われるも、その砂壁は滝のように流れ落ちる。

 砂時計のように次第に狭まる足場、その中で、僕は魔人王との攻防を繰り広げる。


『悪くない攻撃だ。だが、まだまだ直線的過ぎるな』


 相変わらず〝王力へき開〟が決まらない。

 どれだけ点穴へと叩き込んでも、応力を止められてしまう。

 通常の点穴狙いにしたとしてもダメ、破壊の力が止められて終わりだ。


「ぐっ!」


 こっちが一発入れる間に、二発は喰らう。

 点穴狙いだったり、普通の打撃だったり。

 ダメだ、手が多すぎるんだよ。 

 四本とか、文字通り手数の差で負ける。


 撃ち込んで、

 喰らって、

 防いで、

 喰らって、

 躱されて、

 喰らって、

 撃ち込んで、


 数発撃ち込んでも秒で回復とか、涼しい顔な訳だよ。

 こっちは突かれた応力を止める為に、自分で突いた点穴もダメージになってしまう。

 既に全身穴だらけ。

 ありとあらゆる場所から血が噴き出していて、どこが痛いのか分からない。

 

『聖女はともかく、貴様は我が庇護に値しないやもしれんな』

「それで結構、僕はお前の庇護下に入るつもりはないッ!」


 無駄口を叩かれた隙に飛び上がり、顔面へと拳を放つ。

 最小の動きでかわされるも、それぐらいなら予想の範囲内だ。

 黒光りする角を掴み、点穴を撃ち込む。

 

 ドッ! パリンッ!


 角は鉱石なのか、とても素直に反応、破砕してくれた。

 角を失った魔人王の額から、青い血が流れる。

 ようやく、まともな一撃が入ってくれたか。


『随分と、嬉しそうじゃないか』


 青が、目の前にある。

 魔人王の血、空中にいる僕へと、一瞬で距離を詰めたのか。

 

『貴様と戦っていると、我を裏切った人間を思い出してしまうよ』


 両腕を掴まれて、岩盤へと叩きつけられる。

 持ち上げては叩きつけ、持ち上げては叩きつけ、浮かび上がったところを数発叩きこまれた。

 点穴ではない一撃、でも、重い。


『魔人の指示には従えぬ、なぜ人と人が戦わねばならないのか。魔人がいなければ戦いは起こらなかった、全て戦いを先導する魔人が悪い。そんな事をのたまいながら、奴等は魔人を串刺しにし、火山の中へと突き落としたのだ』


 掴んだ手は離さず、延々と殴り続けてくる。

 

『我を始めとした、人を先導する心優しき魔人は姿を消した。だが、我ら魔人がいなくなった後、人は人と戦っているではないか。我ら魔人の有無に関わらず、人は争いを求めているではないか。戦う理由に正義を見出し、全て自分が正しいと思い込み、思想と思想がぶつかりあい、無限の死を生み出しているではないかッ!』


 砂の壁に吹き飛ばされると、そのまま砂が崩れ、身体が埋もれていく。

 ダメージを受け過ぎた、目が開かない、身体の感覚が消える。

 

『故に』


 髪を捕まれ、強引に砂上へと引っ張り出された。

 砂漠の太陽が、容赦なく全身を焦がす。


『我は我が認めし者のみに、烙印を与える事にした。生殺与奪の権利を握ることで、人は我の命に従う。人間同士で争うことを禁じ、必要以上に増やすことを禁じ、完全に我が管理する世界でのみ安寧を享受させる。それでようやく、人に恒久的な平和を与えることが出来るのだ』


 ぺっと、魔人王の顔に唾を吐いた。

 血が混じる唾が顔に掛かると、少しだけ気が晴れる。


「そんなの、奴隷と変わらないじゃないか」

『そうかもしれんな』

 

 裏拳で吹き飛ばされて、身体が砂上を転がる。

 ぱたりと仰向けになって身体が止まると、容赦なく踏みつけてきた。

 

『だが、奴隷と働いて生きる人間、どこが違うというのだ? 我の庇護下にいるか、人間の王の庇護下にいるか、それしか違わんではないか。我らは魔人だ、人間を圧倒している。どちらの方が優れているか、人知を超えた力を手にしている勇者の貴様なら、誰よりも理解できるのではないか?』


 魔人と人間、どちらが優れているかと言われたら、それは魔人なのだと思う。

 女神様も凄い人だった、長城を造り上げた魔人も凄かった。

 鉱石魔人も、目の前にいる魔人王だって、全部そうだ。


「人をも圧倒している、だから、人の心が理解出来ないんだよ」


 踏みつける足を持ち上げ、せめてもの抵抗を続ける。

 足を持ち上げると、視界にシャランが入った。

 ごめん、屈服させるのは、ちょっと難しい。


『どこに理解する必要がある?』

「そういう、ところだよ」


 持ち上げた足裏の点穴。

 見える限りの場所に撃ち込むも、応力が流れる前に潰される。

 ダメだ、どうやっても勝てない。

 力も、技も、速度も、何もかも魔人王の方が上だ。


「だけど、負けない。僕は、絶対にお前に負けないからな」

『虚勢だな。勇者を葬り去るのは本意ではないが、安心しろ、烙印で蘇らせてやる』

「そんなものいらない、僕は人として生き、人として死ぬ」


 空気が張り詰める。顔の甲殻が持ち上がると、魔人王の顔が露わになる。

 人と変わらない、肌の色が赤いだけで、他は全部人と同じ。

 ただ、目だけが違う。黒い眼球に赤い瞳孔、単純に、怖いと思った。


『ならば、お望み通り、我の手で殺してやろう』


 頭を掴み、持ち上げられると、奴の指先が胸に突き刺さった。


『わかるか? 今、貴様の心臓を握っているのだ』


 指が、身体の中に入って来る。

 点穴とは違う、異物が入ってくる感触。

 激痛で、目が、ぱちぱちする。


「あ…………ッッ! うッ……うあッ! ……いッッ!」

『怖いだろう? 痛いだろう? これが、死に至る痛みだ』


 死ぬ。

 あと数秒後に死ぬ。

 僕じゃダメだった。

 僕には、出来なかった。

 シャランを護る、それすらも、出来なかった。




「諦めるのは、ちょいと早いのう」




 一瞬、何かが目の前を通った。

 その何かは魔人の腕を切断し、僕の身体を解放する。

 

 地面に突き刺さっているもの。

 これは、僕の、盾斧……?


「ジャン! ソイツを拾え!」


 女神イフリーナ様が叫ぶ。

 引きちぎられた腕、それを無理に繋いで、僕へと投げたのか。

 そして、魔人の腕を斬った。


 ブレイズガードなら、斬れる。

 そういえば、鉱石魔人も斬ってたっけ。

 盾から斧に、一瞬で変形を済ますと、地に遭った斧を振り上げる。


 スパンッ! と、魔人王の腕が斬れた。 

 

『見覚えがあるな、その武器』


 でも、斬れた瞬間から傷口が塞がった。

 やっぱりダメだ、通常の斬撃は、コイツに効かない。

 王力へき開みたいな、一撃で全身を破壊するような攻撃じゃないと、倒せない。

 

「ジャン! その武器はもう一段階変形する!」


 もう一段階変形? 斧から更に変わるのか? でも、どうやって? 


『……その武器、カイザーセンチュリオンかッ!』


 魔人王の攻撃が再開した。

 四本の腕から繰り出される打撃、でも、盾でなんとか防げる。

 というか、この盾、点穴からの応力を全て殺しているじゃないか。


『懐かしいな、前回、我を滅ぼした勇者が握り締めていた武器だ』

「これは、父さんから受け継いだ、由緒ある武器なんだけどね」

『まぁ、そうだろうな。滅ぶ前に子孫を残していた、というだけのことだろう。無知な貴様に教えてやろう。その盾斧はアダマンタイトという鉱石で造られていてな。恐るべきことに、へき開となる点穴が存在しないのだ。何よりも硬く、へき開が存在しない。つまり、その盾を打撃で破壊することは不可能とも言える』


 確かに、魔人王の攻撃は防げている。

 僕の目で見ても、応力の流れどころか、点穴のひとつすら見えてこない。

 こんな身近にこんな凄い物があったのか。

 でも、防いでいるだけじゃ、勝てない。

 

「ごふっ……ごほっ、ごふっ」


 口から血? くそ、身体の内部までやられているのか。

 さっき攻撃を喰らい過ぎた、シャランの回復があれば何とかなるのに。


 ……いや、それよりも、もう一つの変形だ。

 盾から斧になり、そこから何に変形する? 

 動くギミックは一体どこだ? 柄、留め具、刃、刃体?


「ジャン、その武器はな、使い手によって自身で形を変えるのじゃ」


 女神様、完全に復活したみたい。

 腕組みをしながら僕の方を見ている。

 それにしても、自身で形を変える?

 

「求めよ、主が今、一番手にしたい武器が何なのかを」


 僕が一番手にしたい武器。

 それは、魔人王を倒せる武器だ。

 一撃で点穴を粉砕し、応力の流れを止められない、悪魔みたいな破壊力を持った武器だ。

 

『……変わるか』

「ああ、そうみたいだね」


 両刃が畳まれ、柄が幅を広げる。

 盾は斧となり、斧は槌となる。

 

「お前を叩く、最高の形状だ」


『ブレイズガード』――『〝形状モード変化チェンジ〟アースブレイカー』


 太く、大きい、全てを破壊する槌。

 僕の全力を込めて、魔人王を粉砕する最強の槌。


『来い、魔人王の名のもと、貴様の攻撃が無意味であることを教えてやるッ!』


 敢えて受けるか、ならば良しッ!

 飛び上がり、回転に回転を重ね、柄がしなりを上げて超ド級の一撃を叩き込む。


「うおおおおおおおおおおおぉッッッ!!! 行くぞッッッ、必殺ッッッ!」


王力オウリキ裂開レッカイ〟』――『トリアイナ・パニッシャアアアアアアアアアアアアァァァッッッッ!!!!!!!』


 王力へき開とは違う感触。 

 点ではなく面で撃ち抜いた一撃が、魔人王の全身へと応力へとなって流れ込み、破壊する。

 防いでいた腕の甲殻を破壊し、内なる肉を裁断し、骨を粉砕する。

 応力は止まらず、腕から肘、肘から上腕、そこから肩へと移行し、魔人王の全身へと響き渡る。


『ヌッグッ、ウッウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッッ!!』


 粉砕された箇所から青い血が噴き出し、魔人王の全身を破壊していく。  

 だが、その破壊の波が、顔へと行き渡った辺りで――――止まってしまった。

 

『……ッブッ、ハッ、はぁ、はぁ、はぁ……』


 耐えた、のか。

 魂を掛けた一撃を、それですらも耐える事が出来てしまうのか。

 砕けた箇所が、徐々に回復していく。

 父さんの武器をもってしても、ダメなのか。


「何をしておる」


 女神様。


「基礎は応用、応用の次は変化じゃ。主はまだ、応用技を繰り出したに過ぎん」

「……変化技」

「ああ、そうじゃ。今の一撃で分からんかったのか?」


 今の一撃、全身全霊を込めた一撃で分かったこと。

 点の一撃から面の一撃になった事で、空気抵抗があったことくらいか。 

 空気抵抗を無くしてしまえば、もっと威力を上げることが出来る。

 

 ――――違う、変化技だ。

 

 威力を上げるは所詮応用、変化はもっと違う視点を持つべきだ。

 つまり、叩くべき物体を変える、邪魔だと思ったものこそ、叩ける。


「……、分かりました。僕が叩くべきは、そこにある」


 魔人王じゃない。でも、それには。 

 もっと早く、もっと速く、もっともっと回転し、もっともっともっと加速が必要だ。

  

「ようやく理解したか。超高速で穿つことにより発生する空気抵抗は、やがて壁になる。空気とは速度を得ることにより気体から物体へと昇華する。そこに叩きこむ応力は、酸素の核を破壊し、応力をどこまでも広げていく。要は、空気を破壊し、応力を相手へと伝えるという、回避不能の技に変化するのじゃ」


 高速すぎて、口が開かない。

 このまま、握ったアースブレイカーを、全力全開で空間へと叩きつける。

 


『変化技、空力くうりき裂開』――『アンボイドブル・ラウム・パニッシャー!!!』


 

 無色透明な応力が魔人王を包み込むと、回復しかけていた全身が一瞬でひび割れ、瓦解していく。

 四本あった腕は弾け飛び、翅は再生しては再生を三回ほど繰り返し、消滅した。

 つま先部分の甲殻が弾け飛び、全身が粉へと消えていく。 

 全力粉砕、魔人王の回復力を上回る一撃が、奴を消滅させようとしていた。


「――――」


 そんな魔人王へと、歩み寄る人物がいた。

 白炎を纏いし姿は、炎の女王様のようにも見える。


「マーブルさん……?」



『白炎魔法』――『〝絶対誘惑〟ベイルロッキング・テンプテーション』



 今まさに砕け散ろうとしている魔人王へと、マーブルさんは口づけをした。

 燃え盛る炎の中、突然の接吻に、誰も何も言えず。 

 数秒の時の経過を以って、彼女は唇を離した。


「貴方達と旅をするのは、ここでおしまいにするわ」


 崩壊が止まった魔人王の身体を抱き上げると、マーブルさんは宙に浮いた。

 これまで倒れたままだったシャランは立ち上がると、彼女へと数歩、歩み寄る。


「ここでおしまいって、なに? 何かの冗談よね? 冗談、でしょ?」

「……女神イフリーナ、貴方なら私の目的が、理解出来るでしょ?」


 マーブルさんに問われ、完全復活した女神様は腕組みし、小難しい顔をした。


「そうじゃな。理解は出来る」

「ありがと。ねぇ、ジャン」


魔人化の状態から人の姿に戻ると、マーブルさんは僕に笑顔を向けた。


「貴方、人を殺せる?」

「……なにを急に」

「殺せないよね。シャランもそう、人を殺せない」


 いつもの姿、いつもの笑顔なのに。とても、寂しそうに見える。


「だから、ここでおしまい」

「おしまいって……」

「安心して、この魔人王はもう、私の言いなりだから」


 マーブルさんが何を言っているのか、全然、理解出来ない。

 シャランもそうだ、どうしていきなりお別れなのか、受け入れ切れていない様子だ。

 でも、そんなことお構いなしに、マーブルさんは天高く飛び上がってしまった。


「貴方達の目的も達成したし、故郷に戻って二人仲良く暮らしなさいな」

「マーブルさん!」

「いろいろとありがと、楽しかった」


 そしてそのまま、マーブルさんはどこかへと、飛び立ってしまったんだ。




【次回予告】

 目的の為に、最善の方法を模索する。

 マーブルはただ一人、己が目的の為に、最善手を選んだに過ぎないのか。


 次話『僕、故郷に帰ります。』

 明日の朝7時、公開予定です。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る