第38話 僕、魔人の目的を知りました。

『貴様は、勘違いをしている』


 魔人王ガーガドルフは僕を前にして、突如として語り始めた。


『我は、人間の味方だ』

「何を、馬鹿なことを」

『我だけではない。過去に生きる魔人や神、全ては人間の味方だったのだ』


 長く伸びた銀の髪を揺らしながら、魔人王は太く隆々とした四本の腕を組んだ。

 対話、なんかしている時間はあるのだろうか?

 砂に埋もれた女神様を見ると、大丈夫じゃ、と目で語っていた。

 四肢を失ったのに大丈夫か、こちらも充分に化け物だな。


『人と魔人、力の差は比べるまでもない。かつて、世の魔人は人間を従え、各々が国家を持ち生活を営んでいた。魔人の知恵の下、人々は田畑を耕すようになり、治水の技術を学び、人が人として生きる術を学んでいったのだ。今も残る地名のほとんどは、かつてその地を支配した魔人の名残だ』

「まぁ、確かに、それなら説明がつく事象が多数あるけど」


 マーブルさん、ドラゴンから人の形へと姿を戻していた。

 ただ、魔人化の状態は保持したままだ。


『だが、ある時、人の生活に魔人が手を出すべきではない、と言い始める魔人が現れたのだ。彼等は自身を神だの女神だのと自称し、宣言通り、自身は身を隠し、人だけの生活を始めさせた』


「それが、女神イフリーナ」


『ああ、彼女もその一人だ。だが、魔人の先導を失った人々は混乱し、魔人の庇護下にある人間たちから富を奪おうと、我らに戦争を挑んできた。無論、我々も戦った。しかし、どれだけ我ら魔人が有能であろうとも、愚鈍な味方が足を引っ張り続けては、勝てる戦も勝てなくなる』


「人が原因で、人を先導する魔人側が敗北した。とでも言いたげね」


『……その通りだ。我らは庇護する人間の裏切りに遭い、命を落とす事となった。故に、魔人の中には人間を憎む者が多い。致し方ない事だろう。だが、魔人は復活する事が出来る。何百年の月日を掛け、その身を復活し、また人間へと復讐の為に戦いを挑むのだ』


「それら魔人を滅ぼすのが、聖女であり勇者ってこと?」


『その認識で間違いない。神や女神は、従えた人間の中から聖女や勇者を選別すると、我ら魔人へと戦うよう仕向けたのだ。だが、人を先導するために自分たちの存在を否定した者たちが、勇者や聖女という存在をいつまでも許すと思うか?』


 人知を超えた存在は、神や女神からしたら異端、許せない存在なのかもしれない。

 となると、魔人と戦える力を持つ僕やシャランのことを、やがて女神様は消してしまう。

 女神イフリーナを見るに、そんな風には感じられないけど。


『勇者や聖女は、生きる価値のある人間だ。それこそ、我ら魔人に匹敵する新人類とも言えよう。しかし、先代の勇者や聖女は、我を討伐すると自らも姿を消してしまった。我は悟ったよ、我が負けると、その時代の勇者と聖女も死んでしまう、ということをな』


 魔人王がシャランを烙印で生き延びらせた理由って、そういうことだったのか。

 聖女を殺させない為に、烙印を与えて死なせないようにしたと。


『それを悟って以降、我は姿を消していた。だが、勇者と聖女が再誕したことを肌で感じてしまうのだ。このままではやがて、勇者と聖女は復活したどこかの魔人を討伐し、その命を枯れ果てさせてしまう。それを阻止すべく、我が立ち上がった。最終目標である我がいれば、木っ端の魔人を何体討伐しても、神や女神の奴等は二人の命を枯れさせはしない。事実、貴様は魔人を一体討伐したが、命の炎を消さずに済んでいる。それが何よりもの証拠だ』


 ……鵜呑みにしていいものなのだろうか。

 どうにも出来ないでいると、服を着たシャランが叫んだ。

 

「じゃあ、じゃあなぜ、勇者ソフランを殺したのですか!」


 そうだ、人の為に戦うのであれば、勇者ソフランを殺すのはおかしい。

 他にも、ガーガドルフは街を滅ぼしている。被害者は数えきれない程だ。


『勇者ではなかったからな。我が守護するは勇者と聖女のみ、それ以外の人間共に、我が庇護は与えんよ。先に語ったであろう? 我は過去に一度、人間の裏切りに遭い命を落としている。愚鈍な仲間は身を亡ぼす。優秀であると分かっている者のみを護ることの、どこが間違っているのだ?』


 もっともらしい正義を語っていた奴の軸が、ブレた気がした。

 結局奴は、どこまで行っても魔人、人の敵だ。


「確認させて貰っていいか?」

『おお、勇者よ。貴様のどんな質問でも、我は答えようではないか』

「お前に何をしても、シャランは死なないんだよな?」

『烙印のことか? ああ、我が生きている以上、勇者と聖女は殺さん。それは絶対だ』

「なら、安心した」


 踏み込んで、奴の輝く点穴へと、握り締めた拳をぶつける。

 甲殻の鎧が弾け飛んだ瞬間に、奴は自身の点穴を突き、応力の流れを遮断した。

 

『さすがは勇者、点穴を見極める眼、我が鎧すらをも打ち貫く力、褒めるに値する』

「どうも」

『我と共に、人と魔人が手を取り合う国を建国したいと思わないか? 全世界に生きる勇者と聖女だけを集めた最強の国家を建国すれば、神や女神がほざく人の為の街なんぞ、全て支配下に置くことが出来るぞ? そこには争いのない、完全に統治された世界が存在する。まさに夢の国ではないか』


 魔人に統治された、勇者と聖女だけの国。

 確かに、夢物語としては最適かもしれない。

 

「そうして、自分に従わない人間たちを、お前は簡単に殺すのだろう?」

『当然だ。殺さなければ、殺されてしまうからな』

「なら、お断りだ。僕は誰であろうと、人が死ぬのは許せない」

『……ふむ、まぁ、予想通りといったところか』


 四本ある腕で数発僕を殴り飛ばすと、飛び上がり、羽を使って急降下し、勢いよく踏みつける。

 腹部に走る衝撃、でも、腕で防ぐことが出来た。 


『女神イフリーナに鍛えられ、数多の経験を経て、貴様は強くなった。今の貴様なら我が国に入国する資格は充分にある。なに、遠慮することはない。愛しの聖女と共に安全な場所で暮らし、愛する子を産み、幸せの為に日々を送ればいい。戦えと言っている訳ではないのだ。我の庇護下にさえいればいい。そうすれば、貴様達は死なずに済むのだからな』

 

 甘い、蕩ける蜜のような誘いだな。

 でも、コイツの語る平和の中には、今よりも途方もないぐらいの死の臭いがするんだ。

 人々が一切逆らうことが出来ない、最低最悪、最強にして最凶の国が降誕する。

 そんな気がしてならないんだよ。


 点穴を突く、それは何も、相手の肉体だけの話じゃない。

 今の僕なら、砂漠の砂の点穴だって突くことが出来る。


 横たわりながらも地面へと穿つ一撃。

 応力の流れが砂の一粒一粒へと伝播していくと、粉微塵に消える。

 

『おお、素晴らしい。砂を更に砕けるのか』


 足場が砂なのは、戦いづらいから。

 僕を踏みつけていた足を掴むと、身体を回転させ奴の膝を畳み、首を掴んだ。

 右手で足、左手で顔面、両足で背中を押す。

 弓矢の形で捕縛すると、足元の砂が消え、僕達の身体は落下を始めた。


『はっはっは、弓矢固めからの三角落としか、体術も極めているのだな』


 そういう技名があるのか知らないけど、このまま魔人王を岩盤に叩きつける。

 叩きつけた衝撃からの点穴を突けば、一撃ぐらいはいけるはずだ。

 

『ぬんっ!』


 着地と同時に羽を広げ、衝撃を消されてしまった。

 更には四本ある腕の内、二本が関節を外し、首を固めている僕の腕を外しにかかる。


 いつまでもこの形でいるのは危険だ。

 首を固めていた左手を外すと、去り際に奴の背中へと一撃を叩き込む。

 点穴を突いた一撃、背中の羽が根本から折れると、奴は咄嗟に胸の辺りから背中の点穴を突いた。

 応力が消える、へき開が決まらない。

 

『そうしないと、応力の流れにより我が肉体が滅んでしまうからな』


 心の内を読まれたのか? 余裕たっぷり、嫌味な笑みを浮かべやがって。

 でも、確かにその通りだ、王力へき開を止める為には、応力の流れを止めるしかない。

 

『さて、ここまでの戦いで理解したと思うが。我は貴様が習得している技術を、全て理解している』

「……まぁ、そうだろうね」

『貴様は我を屈服させようと考えていたみたいだが、既に技術は同等、いや、防いでいる以上、我の方が上だ。貴様の武器は点穴を突く、これだけなのだろう? 我はまだまだ、もっと沢山の技を得ているぞ? 例えば、こんな風にな』


 奴が拳を数回振ると、足元の岩盤が凍った。 

 動けなくなった所に、奴の拳が腹部に直撃する。


「――ぐふッ!」


 直撃した瞬間、全身に走る応力の気配を察した。

 魔人王がした時と同じように、自分の点穴へと指を突き刺し、応力の流れを止める。


『残念、我よりも判断が〇.二秒ほど、遅かったな』


 点穴を突かれた場所、その周辺の肉がすり鉢状に削げ落ちた。

 激痛が襲いくるよりも速く、奴は次の技を繰り出す。


『レシイシニスト流奥義』――『〝氷華〟流れ雪月花』


 足元の氷が、僕を一瞬で包み込んだ。

 砂の壁、岩盤の上に狂い咲いた氷華は、雪と共に砕け散る。

 

 凍ってる場合じゃない、このままじゃ、奴の攻撃を雨のように喰らう羽目になる。


「うあああぁ!」


 内から氷を粉砕し、束縛から逃げる。

 目の前に愉悦に微笑む魔人王の姿、攻撃が来る。

 

『安心しろ、貴様の知らない技を繰り出すのは、先ので最後だ』

 

 腕に一撃、咄嗟に点穴を突いて応力を止める。

 でも、右腕の筋肉がすり鉢状に削げ落ちてしまった。

 血が噴出する、そこに気を取られた隙に、左足と腹部に一撃。


『これから先は、貴様の知る、貴様の得意分野でのみ攻撃をしてやろう』


 圧倒的な力の差。

 これは、僕がしようとしていたこと。


 相手を屈服させる、戦い方だ。




【次回予告】

 圧倒的力を前に、ジャンはそれでもあきらめずに戦いを挑む。


 次話『僕、僕、理解できません』

 明日の朝7時、年始も休まず公開予定です。


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