終章 逃亡譚はまだまだ続く

第37話 僕、彼女の点穴を見ます。

 結局、二国間解放祭りは、七日間の長きに渡って開催された。


 その後は両国の商人が行き来する街道が設けられ、流通の為のラクダの行列が途絶えることなく物資を搬出、搬送し続けている。長城という観光資源を失ったドッグポーカーだったけれど、このラクダの行列が第二の観光資源になりそうだと、世間では噂されていた。


「では、修行を行なうでの」


 動き始めた世間から離れ、僕は女神様と共に砂漠のど真ん中にいた。

 砂漠にいるのは僕だけじゃなく、シャランとマーブルさんも一緒だ。

 

「点穴は生物にも宿っておる。肩を揉めば気持ちいいじゃろ? 普通に揉むだけでも気持ちの良いものじゃが、肩井けんせいというツボを押し込めば、その効力は数倍にも膨れ上がる。じゃが、そこに主が極めた応力を加えると、放たれた力が全身を巡り、肩から全身を破壊することが可能となる」


 鉱石以外にも宿る点穴、これまでは見えなかったものを見る為の修行。

 応力の流し方は、既に極めたと言ってもいい。

 見ることさえ出来れば、後は突くだけだ。

 

「シャラン、貴様はジャンの為に、その身を捧げる覚悟はあるかえ?」

「はい、もちろんあります!」

「では、人体の点穴を、主の身体を使って見せるとしようかの」


 シャランの点穴を見る。

 服の上から、って意味だよね、きっと。


「まずはシャランよ、着ている服を全て脱ぐのじゃ」


 服の上からじゃなかった。

 砂漠で僕達しかいないとはいえ、屋外で裸って。


 シャランの方も、いきなりの脱衣命令にどうしていいものかと。

 怖い物を見た時みたいに握った手を胸元へと当てながら、視線を泳がせ続けている。 


「なんじゃ? その身を捧げるのではなかったのかえ?」

「で、ですが、いきなりの裸は、ちょっと」

「威勢の良い返事に期待したんじゃがの。しょうがない、マーブル、お前さんが脱ぎなさい」

「え……、だ、ダメです! 私が脱ぎます!」


 脱ぐのか。

 なんとなく、見ちゃいけない気がして、慌てて背を向けた。

 服を脱ぐ音が聞こえてくる。なんていうか、とても緊張する。


「ジャン、主の訓練じゃて、こっちを見んかい」

「は、はい、わかりました」


 ゆっくりと振り返ると、そこには一糸まとわぬ、裸になったシャランがいた。

 灼熱の太陽の下、大事な場所だけを手で隠した彼女は、赤面し、弱弱しく僕を流し見る。

 凄く、興奮してしまう。

 訓練なのに。


「では、身体を宙に浮かせるぞい。ジャン、下からシャランの身体を見上げるのじゃ」


 下から見上げる。え、下から見上げる?

 焦る僕と、とまどいを隠せないシャラン。

 でも、僕達のことなんかおかまいなしと、女神様は彼女の身体を宙に浮かべた。

 浮かび上がった彼女の身体は、そのまま角度を変え、うつ伏せの状態へと変わる。

 落ちる黒髪、たわむ双丘。

 耳まで真っ赤にしたシャランは、恥ずかしそうに身体をくねらせた。

 

「シャラン、隠すでない。大きく両手両足を広げるのじゃ」

「え……、……っ、……は、はい」


 シャランは女神様の言う通り、大事な場所を隠していた手を外し、四肢を広げた。

 恥ずかし過ぎるのか、何度も隠そうとしてしまう手を、震えさせながら伸ばしきる。

 彼女の裸体は温泉で一度見ている。でも、一度見たからといって慣れるものじゃない。

 

「ジャン、主が目を逸らしてどうする」

「し、しかし、女神様」

「しかと見ろ、今の貴様の目なら見えるはずじゃて」


 見えるはず、それはつまり人体の点穴が、という意味なのだろう。

 でも、なんの抵抗も抱かずに彼女の裸体を見ろというのは、さすがに。

 

「ジャン、見て、いいからね」

「……」

「その代わり、私以外は、見ちゃダメだよ」


 口の中がむず痒くなる。喜びなのか、恥ずかしさなのか。

 二度、三度、視線を泳がせた後、瞼を強く閉じ、そして見開いた。


「……」


 宙に浮かぶ天女。神話や伝説があるとするならば、きっとこういう景色に違いない。

 黒い髪が波間に浮かぶように揺れ、恥ずかしさを隠さない、憂いを帯びた微笑で僕を見つめる。

 視線を外し、首筋から下を見ようとした時に、女神様が言わんとしたことが理解出来た。


「これは」

「見えたじゃろう?」

「はい、シャランの点穴、それと力の流れが、全て見えます」


 鉱石の点穴は、夜空の綺羅星のように輝いて見えるんだ。

 今のシャランはそれと同じ、身体のあらゆる部分が大小の光で輝いている。

 胸の下にある大きな光、そこから伸びる光の帯が所々輝きを増し、四肢の先端へと延びる。


「手のひらを太陽へとかざすと、手の中が透けて見える。原理は同じじゃ。太陽の下、こうして身体を透かせてやると、点穴や応力の流れが見やすくなる。この感覚を忘れるでないぞ。人はな、例え今は出来なくとも〝出来る〟という認識を与えるだけで、やがては出来てしまう生き物なのじゃよ」


 出来る。 

 僕は人体の点穴を見ることが出来るんだ。

 認識を与えるだけで、やがては出来るようになるという女神様の教えは、本当だった。

 



 ―――― 『もう、充分だ』 ――――




 シャランの点穴を見ている時に、その声は砂漠に響き渡った。

 青々とした空が色を変え、紫色に染まり、その下に浮かぶ真っ白な雲は渦を巻き始める。

 ドドメ色の空から光の筋が落ちると、爆音共に砂塵が舞った。

 

「ぐぁ!」


 吹き飛ばされ、砂上に転がる。

 何が起こったのか、誰の悲鳴だったのか。 

 即座に受け身を取り、体勢を立て直す。


「……ぐっァ、かふッ……」


 女神様の身体が、斜めに裂けていた。

 左胸から右腰の辺りに裂け、血が噴出を始める。

 

『弱いな、女神イフリーナ』


 長い銀髪を揺らしながら、真っ赤な手で女神様の焔に燃える髪を掴み上げると、腰から下、筋だけで繋がっていた下半身を、ソイツは掴み、引きちぎった。


「あぎゃああああああぁ!」


 女神様の悲鳴が、砂塵と共に木霊する。

 二つに分かれた肉体、左右の足を、ソイツは更に二つに割いた。

 腕が、四本あるのか。


 高々と掲げられた女神様は、生気の無い瞳で、口から血を吐きながら、無抵抗に風に揺れる。

 ソイツは下半身を投げ捨てると、女神様の両腕を掴み、更に引きちぎろうと力を込める。

 頭、両腕を引っ張られる女神様は、またしても悲鳴を上げた。


「ジャン」


 マーブルさんが僕の名を呼ぶ。

 彼女の視線の先には、涙を流すシャランの姿があった。

 宙に浮いていたはずのシャランは、砂上へと戻り、後ずさりながら震えている。

 太ももの烙印からの出血が見える。

 つまり、コイツが魔人王、ガーガドルフ。

 コイツが、僕の倒すべき相手。


 全身を鎧のような甲殻で守られ、背中には一対のコウモリのような翅がある。

 尻尾もあり、腕が四本、足は二本、頭部には黒い角、ただし形は歪だ。


 不釣り合いな程に美しい銀髪、真ん中で分けた長髪は、右サイドでまとめられている。

 人間のような顔、魔人と言われるだけあって、風貌は人に似ている。

 人に似ている以上、点穴も同じ。



 僕には、見えている。



 真っ赤な甲殻の奥、鈍く輝く点穴の光。

 マーブルさんへと無言まま合図を送る。

 今はまだ、奴は僕達を見ていない。


 このまま一撃――『王力おうりきへきかい』――を叩き込めば、それだけで終わる。


「あっぐっ、あうぐっ、ううううぅ! ぎゃああああああああぁ!」


 両腕があり得ない程に伸びて、女神様の両腕が肩から引きちぎれた。

 僕達はそれを合図に、砂上を飛び出す。


魔人化フォルムチェンジ」――「〝炎禍の戦姫〟イグナス・ヴァルキュリア」


 白炎に包まれたマーブルさんが、天高く飛び上がる。


「〝炎竜変幻〟ピカムサラマンダー!!!」


 ドドメ色の空の下、白炎のドラゴンが出現し、爆風と共に宙を舞う。

 マーブルさんの魔法に気付いたガーガドルフは、掴んでいた女神様を放り投げ、迎え撃とうとする。

 背後への警戒が皆無、今なら、技を叩き込める。


「ダメじゃ! 貴殿は手を出すでない!」


 今にも激突しそうなマーブルさんを止めたのは、四肢を失った女神様だった。

 砂の中に半身を埋め、それでも真紅の瞳は僕を捉える。

 たわけが、屈服させるなら一対一じゃろうが。

 言葉にせずとも、伝わってくる。

 

「……わかりました」


 シャランが生き延びる未来の為に。

 僕はこれから一対一で、魔人王と戦います。


『貴様は、勘違いをしている』


 魔人王ガーガドルフは僕を前にして、突如として語り始めた。


『我は、人間の味方だ』




【次回予告】

 予想外言葉に、ジャン達は動きを止める。


 次話『僕、魔人の目的を知りました。』

 明日の朝7時、公開予定です。

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