第35話 僕、ついに長城破壊に挑戦します。
切り立った崖の下、どこまでも連なる岩壁の前に立ち、呼吸を整える。
岩壁の点穴は、以前よりもはっきりと見えるようになった。
力の流れ、応力をコントロールする一撃を繰り出すべく、拳を握る。
極力遅く、極力軽く、力ではなく技を意識して、点穴へと軽く当てた。
「イフリーナ流奥義」――――「〝防御無視〟
カンッ…………ドズンッ! ドザザザザザザ――――
撃ち込んだ瞬間、点の一撃が岩壁にすり鉢型に凹みを作る。
稲妻のようなヒビ割れが走り、岩壁全てが砂城のように崩れ去っていった。
「ふむ、完成した様子じゃの」
空から女神様が降ってきて、僕の肩にすとんと乗った。
「はい、師匠の教えのおかげです」
「誰が師匠じゃ、たわけが」
「女神イフリーナ様のことです。この技も、イフリーナ流奥義と名付けることにしました」
「なんじゃその流派は、まぁ、別に構わんがの」
今もまだ、崖は崩れを止めていない。
僕の予定では、このまま崖そのものが崩れるまで止まらない予定だけど。
「これ以上やられると、生態系が変わってしまうでの」
女神様が手をかざすと、砂となって崩れ去る岩壁が、今度は崖を形成し始める。
ものの数秒で元の形に戻る、さすがは女神様だ、なんでもありだな。
「さて、長城へと向かうか。我が特別に連れて行ってやるでの」
いつかのように女神様が指を鳴らすと、ラミアーが凄い速度でやってきた。
「コイツに乗ればええ、小さいが坊主ぐらいなら平気じゃろうて」
「魔獣の姿で飛べばいいのではないのでしょうか?」
「ラミュロスの姿を民に見せた瞬間、信仰心が無くなってしまうわ」
人間でいうと子供サイズのラミアー。
この子に跨って空を飛ぶのは、なんだか申し訳ない気がする。
「それでは、行くとするかの」
女神様が空高く飛ぶと、ラミアーも追従し天空を舞った。
僕が乗っていることなんか、全然苦じゃないみたいだ。
空からの視点って、生まれて初めて体験する。
凄い、聖都や聖殿が小さく見えるぞ。
へぇ、ナルル運河って聖都が終わりじゃなかったんだ。
聖都を超えて、どこまでも南へと伸びている。
ぐんっと加速すると、ナルル運河を渡る船が見えてきた。
船で十日の道のりも、女神様からしたら数時間程度で終わりそうだ。
「それにしても、魔獣が見えて良かったです」
「……なんじゃそれは?」
「僕、実は、魔物が見えないんです」
「魔物が見えない?」
「はい、鎧ムカデとか、スネークアントは見えるんですけど、キメラバイトとかいう魔物は見えなかったんですよね。だから、魔獣や魔人は見ることが出来て、良かったなって」
「スネークアントとキメラバイトは、同じ魔物じゃぞ?」
え?
「地方によって呼称が違うだけじゃな。スネークアントはネイニアン地方の呼び方じゃて」
「そうだったのですか。じゃあ僕、最初から魔物が見えていたんですね」
「話が見えてこぬが、そういうことになろうかの」
そっか、見えてたんだ。
後でシャランに教えてあげよう。
「ああ、そうじゃ、ネイニアン地方と言えば、坊主が背負っている盾斧あるじゃろ?」
「はい、ブレイズガードですね」
「うむ、その盾斧を造ったカイザーセンチュリオンがおったのも、ネイニアン地方じゃて。恐らく縁ある者が、坊主にネイニアン地方の呼び方を教えたんじゃろうな」
この盾斧、父さんが師匠である祖父から譲り受けたんだよな。
となると、昔、ネイニアン地方に父さんもいたってことか。
北の大地ネイニアン地方、一回ぐらい行ってみたいかも。
「そろそろ到着じゃ、一気に降りるでの、振り落とされるなよ」
「え、もうですか?」
凄い、数時間どころの話じゃなかった。
確かに、下に長城が見える。
左右にどこまでも繋がっている長城。
僕が、今から破壊するべき伝説の建築物だ。
あれ? でも、なんか、人も沢山いるような。
人だけじゃない、出店も沢山あるぞ?
以前シャランと見た景色と、まるで違っている。
「おお! 今回の主役が下りてきたぞ!」
「宗主教様と聖獣ラミアーも一緒に下りてきたわ!」
「凄い! まるで伝説の絵画を見ているみたいだ!」
うわ、ちょっと、何この人の数。
長城の周囲一帯に人がいるけど、どうなっているのこれ。
しかもコム・アカラ側だけじゃない、ドッグポーカー側にも沢山の人がいるぞ。
「離れよ! 熱心なイフリーナ教徒よ!」
宗主教様の一声で、半円状に人の壁が出来上がった。
何人かが地面に両膝を付き、両手を握り締めて祈りを捧げている。
「これより我が
わあああああああああああああぁ!!!!
喝采が上がる。
ともすれば戦争前の鬨の声にも聞こえるけど、その喝采はドッグポーカー側からも聞こえてくる。
誰一人として武器を持っておらず、代わりに酒や食べ物を手にしていた。
「ジャン!」
ラミアーから下りると、シャランが勢いよく飛びついてきた。
くるくると三回転ほどして、飛びついてきたシャランを持ち上げる。
「ただいま、なんだか久しぶりだね」
「うん! 急にいなくなってごめんね! でも、見て!」
彼女が手をかざしたその先にいる人たち、数えきれない人を、彼女は指さした。
「今回の準備! 完璧なものにしてきたから!」
「え、まさか、コム・アカラとドッグポーカーの冷戦を解決したのって、シャランなの?」
「うん! あ、でも、私だけじゃなくって、ジャンが発掘した岩塩とか、ボルトさんとかシレムさんとか、もう沢山の人の協力があって、ここまでの状況に持ってこれたの! ねぇ聞いて! 今日はね、コム・アカラ、ドッグポーカー、両国の解放記念日になるんですって! 私達が作った記念日になるんだよ!」
凄い、かつてない程にシャランが喜んでいる。
ちらり脇を見れば、ボルトさんが酒の入ったグラスを片手に笑みを浮かべているし、ドッグポーカー側にはレイター国の紋章と共に、シレムさんの姿まで見えるじゃないか。その他にも両国の王様らしき人達まで見学に来ているし。
なんか凄いな、シャランは今日この日の為に、どれだけ頑張ったのだろうか。
「シャラン、頑張ったね」
「うん!」
「その笑顔の裏に、どれだけの努力があったのかが、僕にも伝わってくるよ」
拳を握り、気合を入れ直す。
「じゃあ、後は任せて」
これだけのお膳立てをしてくれたんだ。
これで僕が長城を壊さなかったら、シャランの努力が全て無に帰してしまう。
長城の破壊は、既に僕だけの問題ではなくなってしまっている。
「これを契機に、両国は手を取り合い、次への一歩を踏み出そうとしている」
女神様が語り掛ける。
うん、分かる。
もう二度と、冷戦状態、なんて呼ばせない。
「肥沃の大地と砂漠の大地はひとつとなり、互いに不足している部分を補い、巨大な国家へと発展していくのじゃ。過去の過ちは、やがて精算できる。今日の出来事はそのことを証明する、輝かしい第一歩なんじゃよ」
けれど、女神様は力を込めて、僕の肩を掴んだ。
誰にも聞こえないように、低く、唸るような声で囁く。
「じゃが、我との約束は絶対じゃ。この先の未来が例え暗黒に包まれようとも、主が一撃で長城を破壊せなんだ時は、容赦なく全てをご破算にする。あの娘の努力も水泡に帰し、金輪際主等が何を言おうが、我は二度と姿を見せぬ。一撃、たった一撃じゃ。そこに主の全てを叩き込め」
激励のつもりなのか、脅しのつもりなのか。
「大丈夫ですよ」
にこやかな笑顔で返す。
「僕にはもう、見えていますから」
【次回予告】
長城の破壊は、正月と共に。
次話『僕、究極の一撃を叩き込みます。』
元旦の朝7時、年始も休まず公開予定です。
2024年、大変お世話になりました!
2025年、これからも宜しくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます