第34話 私、泣いちゃいました。

 昼夜問わずの砂漠越えのお陰で、僅か五日ほどでサードルマ港に戻ることが出来た。

 砂漠の熱や冷えに関しては、全て魔法衣で防げてしまった。

 テント以上に高価な物かもしれない、後でちゃんと返さないと。


「それにしても……街の様子が、随分と変わったのね」


 港付近に向かうも、物乞いの子供たちが一人もいない。

 目抜き通りはもちろん、貧民街の方までいないのは、ちょっと変な感じだ。


「ああ、子供たちは学校に通わせるようにしたのさ」

 

 冒険者ギルドへと向かうと、すっかりギルドマスターが板についたボルトさんの姿があった。

 近くの酒場へと誘われて、久しぶりの金髪碧眼の彼と一緒に、料理で沢山のテーブルを囲む。


「ジャンが見つけてくれた岩塩鉱脈が思いのほか広大でな、職人ギルドも立ち上がったし、遠方から家族ぐるみで越してくる奴等もいたりでさ。その中で学のある奴等が集まって、子供たちに勉強を教えようってなったんだよな。子供ってのは好奇心旺盛だからな、すぐに飛びついて、もう勉強が楽しくてしょうがねぇんだってよ」

「良かった、ボルトさんがいてくれたお陰ですね」

「いきなりお前さんたちが居なくなったからな。最初は焦ったが、まぁ、理由は分かったけどよ」


 ボルトさんがギルドマスターなのだから、私が賞金首なのは把握しているのだろう。

 

「ま、俺がギルマスの間は、掲載なんかさせないけどな」

「ふふっ、ありがとうございます」

「いいってことよ。ジャンに命救われたんだ、アイツの彼女を困らせることなんざ、俺には出来ねぇよ」


 ジャンの彼女。だったら良かったんだけどな。

 

「にしても、ジャンとマーブルはどうしたい? シャラン一人だけとは珍しいな」

「実は私いま、イフリーナ教の宗主教様の名代で動いているんですよね」

「宗主教様の名代? なんだそりゃ、どういう経緯よ?」


 話すと長くなる内容だったけど、ギルドマスターのボルトさんに言わない訳にはいかない。

 たっぷり一時間、話し終わる頃には、テーブルの料理がすっかり冷めてしまっていた。


「はぁ……相変わらず、スゲェことしてんだな」

「まぁ、全部、私が原因なんですけどね」


 まさか、自分が動く死体だったとは思わなかったし。

 私の為に動いてくれるジャンやマーブルさんには、一生頭が上がりません。


「それで? コム・アカラとドッグポーカーの二国間和平協定の為に、サードルマの岩塩鉱脈を利用したいってことだが、具体的にはどうしたいと思っているんだ?」


「具体的には、長城が破壊された後、ドッグポーカーへと岩塩を優先して輸送して頂きたいと思っております。かの国は圧倒的に塩不足、サードルマの岩塩なら、間違いなく交渉の席についてくれるはずです」


「塩不足か、言われてみれば、確かにあそこの国は飯が不味かったな」


「美味しいご飯って、それだけで交渉材料になりますからね。現状、ドッグポーカーへの輸送は船便が基本です。帆船ではお金も時間もかかり、どの物品も高額となってしまいますが、陸路なら別です。ラクダを活用した搬送方法なら砂漠も越えられますし、地続きの両国なら、時間も金銭も船便の半分以下で済む計算になるんです」

 

 ラクダに乗って分かったけど、あの生き物を使えば、砂漠での輸送は短時間で済む。

 水分もほとんど要らず、食料も砂漠に生えるサボテンを勝手に食してくれる。

 大人しくて管理も楽なのだから、スクバさんが輸送に利用していたのも納得だ。


「それで? こっちには何の利があるんだ?」

「ドッグポーカーの食料や木材、数多の物資が搬入可能になります。相手国の了承を得るのはまだこれからですが、宗主教様が言うには、両国の国王様には顔が通じているらしいので、そこを頼ろうとは考えております」


 しばしの沈黙。

 ボルトさんは顎に手を当てたまま、塞ぎ込むようにして考え始める。

 数分後、ようやく、彼は顔を上げてくれた。


「わかった。実は、既にあの岩塩鉱脈には、手付を支払ってでも専属契約を結びたいって商人が多数詰めかけて来ていたんだが。外ならぬシャランの頼みだ、全て一旦保留って形を取っておく事にするわ」

「本当ですか」

「ああ、だが、全てドッグポーカーって訳にはいかねぇ。クリスタルソルトを求める顧客は後を絶たねぇんだ。やれて現状の三割、それ以上は追加料金が必要になるって言っておいてくれ」

「三割、ありがとうございます! それで充分、交渉の材料になります!」


 やった、これでドッグポーカーを交渉の席に着かせる餌が手に入った。


「まぁ、そもそもあれを見つけたのはジャンだしな。権利はお前さん方にあるって言ってもおかしくはないんだが」

「そうかもしれませんが、実際に運用しているのはボルトさんですから」

「ははっ、そう言って貰えると助かる。……なんだ、もう行くのか?」

「はい、時間が無いんです。あと一か月半ちょっとで、交渉をまとめないといけないので」


 さすがに、ドッグポーカーに向かうには船が必要になる。

 それと、コム・アカラのギアーズ国王にも謁見に向かわないといけない。

 宗主教様の顔が広いとはいえ、長城破壊は両国王の承諾なしには行えない。


「長城破壊のリミットか。そうだ、長城破壊の詳細な日付が決まったら教えてくれよ。俺達も見学しに行くからさ。ついでにアレだな、両国を遮る壁が無くなったっていう解放記念日って事にして、なんか出店とかやったら儲かるかもしれねぇな」


 ボルトさん、他のギルド員の人たちにも声を掛けて「そうですね」って言われて笑っている。


「すっかり、商売人の顔になりましたね」

「そうかぁ? まだまだ、現役の冒険者のつもりだけどな」

「頼りにしています。それでは、岩塩鉱脈の件、宜しくお願いいたしますね」


 冒険者ギルドを出て、さっそく私は船のチケットを購入した。

 次の出航が一週間後、船で四日は掛かるから、往復で八日はみないといけない。

 うまい具合に、船があればいいのだけれど。

 

「またお願いね、ラクダちゃん」


 サードルマからラクダで一日、南西へと向かうと、そこにコム・アカラの王都が存在する。

 かつてシレムさんのお父さん、ギブン・ゾル・ハイター侯爵がオピシエを連行した場所だ。

 砂岩の城、聖殿は横に広い造りだったけど、王城は他の国と同様、縦に大きい。 

 私が向かうと、想像以上にすんなりと、謁見の間へと通されてしまった。


「宗主教より話は伺っておる。岩塩鉱脈を交渉材料にし、長城の破壊、ドッグポーカー国との関係改善を求めることについて、余は異存なしであると認めよう」

「ありがとうございます、陛下」


 いきなりの陛下との対面とか、心の準備が出来てなくて、緊張しすぎてお腹が痛くなりそう。 

 ギアーズ陛下は、おひげが立派で、だけど思っていたよりもずっと若い王様だ。


「ただし、この件が両国の戦争の火種になることだけは、断じて許さん。交渉に失敗した場合、宗主教を始め、イフリーナ教が全ての責任を負うことになると、しかと留意せよ」

「かしこまりました」

「それと、こちらの封書を宗主教から預かっておる。ドッグポーカーとの交渉の場で開封せよ、とのことだ」


 封書? なんだろう、気になるけど、とりあえずお預かりしておこう。

 それにしても、全責任か。

 交渉に失敗したら、長城破壊を侵略行為とみなされて、全員処刑かな。あはは。 

 なんて、笑っている場合じゃないよね。次はドッグポーカー国だけど。


 ……岩塩鉱脈だけで大丈夫かな。

 もうひとつ、隠し玉が欲しい気がする。


 隠し玉、一個だけ当てがあるけど、時間的に今から直接向かうのは難しい。

 だから、手紙をしたためることにした。

 どう転ぶか分からないけど、弾が多いに越したことはないから。


 その後、サードルマ港へと戻り、到着した船に乗り、ドッグポーカーへと向かう。

 海流の乱れからか、余計な一日を過ごしちゃったけど、無事、入国を果たした。

 

「長城を破壊し、コム・アカラとの国交を復活したいと」

「はい、イフリーナ教、宗主教様の御言葉にございます」


 女神イフリーナ様の名代という立場は、私が思っている以上に厚遇こうぐうされるらしい。

 ドッグポーカーの国王、ヒュドルフ陛下でさえも、即日謁見が出来てしまう程だ。

 ヒュドルフ陛下は、お腹がふくよかなオジサン国王様。物語に出てきそうな風体をしている。

 そんなお腹を揺らしながら、ヒュドルフ陛下は手厳しい意見を口にしてきた。

 

「確かに、我々としても、サードルマ産の岩塩は喉から手が出るほど欲しい逸品だ。だがしかし、長城は知っての通り、我が国最大の観光地でもある。長城目当てに訪れる観光客は多く、消費額の観点から考えると、長城の破壊と岩塩輸送経路の確保は、天秤が釣り合っているとは思えん」


 観光での収入というのは、思っていた以上に大きい。

 観光地だけではなく、そこに足を運ぶ、ということ自体がとても重要なんだ。

 長城を失うということは、この国最大の収入源を失うと言っても過言ではない。


「陛下、宗主教様からの封書を開封いたしました。ご査収下さいませ」

 

 お盆に載せられてきた封書の中身。

 何が書いてあるのか、私も分からなかったのだけど。


「ナルル運河運航管理の収入を、半永久的に三割譲渡するじゃと!」


 そんなことが書いてあったんだ。

 女神様も、岩塩鉱脈だけじゃ厳しいって思ったのかな。


「あそこは年間通して予約が埋まるほどの人気だったはず。よもやあそこを交渉のカードとして出してくるとは……だが、もう一押し欲しい。我々にとって長城とは、侵攻を防いだ守り神のようなものなのだ。長城を破壊することに反対する意見が必ず出てくる、それらを潰す為にも、最大限の譲歩をして頂きたい」


 女神様の追撃があってもダメ。

 五百年ですものね、絶対に、そう簡単にはいかないと思っていた。

 やっぱり、隠し玉が必要だったんだ。動いておいて良かった。


「……では、数日、お待ち頂けますでしょうか」

「ああ、かつてない出来事なのだ。何日でも待とう」

「ありがとうございます。必ずや、ご納得の頂けるご報告を用意致します」


 もう、私に出来ることはない。

 後は待つだけ。かの国からの朗報が来るのを、ひたすらに祈り続けるだけだ。

 願う神様がイフリーナ様なのは、なんかちょっと、口元が緩みそうになるけど。

 

 大丈夫よね。

 マーブルさんも、可能だから依頼したんだって言っていたし。

 やっぱり、イフリーナ様に祈ろう。

 気軽に会話が出来る、素敵な女神様なのだから。


 数日後。


「名代様! レイター国からの商船が多数来航し、名代様の名を告げているのですが!」


 吉報に、自然と口元が緩む。

 城を飛び出し、懐かしの顔が待つ港へと走った。


「シャラン!」

「シレム!」


 前よりも、ちょっとふっくらした感じの彼女は、優しい笑みと共に私を受け入れてくれる。


「また会えて嬉しい」

「私も、無理なお願いしちゃって、本当にごめんなさい」

「ううん、いいの。貴方達の役に立てるのなら、どんな事でもしたいから」


 彼女の背後には、にこやかな笑みを浮かべた侯爵様の姿もあった。

 深々とお辞儀をすると、侯爵様は私の肩に手を置き、優しくいさめる。


「こちらとしても、ドッグポーカーとの取引の場を設けて頂き、誠に感謝する」

「いえ、出資額も相当な数字になってしまい、ただただ恐縮するばかりなのですが」

「はっはっは、我が国レイターは大国だぞ? 今回の額の十倍や二十倍の取引が常だ。そう萎縮する必要はあるまい。さて、ではさっそく、ヒュドルフ陛下にご拝謁を賜りたいのだが。宗主教名代様がご案内、ということで宜しいのかな?」


 私と共に、シレムさんのお父さん、ハイター侯爵と共に謁見の間へと向かうと、交渉はあっという間に進み、長城破壊についての承諾もあっさりと得られる結果となった。

 ドッグポーカーはどれだけ肥沃の大地と言っても小国だ、大国レイターが主の取引先となることは、この国の防衛面から見ても非常にありがたい内容なのだろう。

 

 まさに、長城の代わり、とも言える内容だ。


「実はな、民の間でも、長城不要論が多数上がっていたのだ。過去の遺産というよりも、過去の負債という見方が増えてきておっての。商工会の面々などは、長城破壊に歓喜の声を上げておったのじゃよ」


 契約締結の宴の場にて、ヒュドルフ陛下はとんでもない事を口にした。


「となると、もしかすると、必要以上に差し出してしまったかもしれませんね」

「いやいや、反対派の意見も間違いなくあった。中には今回のことを契機に、戦争を起こそうとする輩もおっての。彼等の懐柔には、必要な経費であったのは違いない。名代殿、此度の其方の活躍は、歴史に名が残る偉業となろうて。誠、ご苦労であったな」


 予想もしていなかったお褒めの言葉に、涙腺が緩んでしまった。

 これで、私もあの二人の仲間になれたのかな。

 ようやく、胸を張ることが出来るのかな。


「シャラン」

「シレム……ごめん、ちょっと、胸を借りていい?」

「うん、いいよ。……頑張ったね、シャラン」


 こんな涙、生まれて始めてだ。

 沢山の偉い人がいる前で、私は、声を上げて泣いてしまった。

 でも、誰もそれを咎めることもせず、優しく見守ってくれている。

 

 ジャン、マーブル、私、頑張ったよ。 

 後は全部、任せたからね。




【次回予告】

 シャランの活躍により、両国の承諾は降りることに。

 舞台は整った、後は、破壊するだけだ。


 次話視点『僕、ついに長城破壊に挑戦します。』

 明日の朝7時、公開予定です。

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