第33話 私、本気で動きます。※シャラン視点

 女神イフリーナ様から名代を受けた私は、まずは聖殿の書庫にあった書類に目を通した。

 過去のいきさつや昨今の情勢、二国間でのやり取りで、一番必要なものは何か。

 

 でも、調べれば調べるほど、両国の溝の深さを思い知る。

 分かったことは、現状のまま長城を破壊してしまえば、間違いなく戦争が起こるということ。

 

 コム・アカラ側からの破壊を、ドッグポーカーが許すはずがない。

 あの建造物はドッグポーカーが建設したものであり、所有権は向こうにある。

 国境線という曖昧な場所に建てられてはいるものの、これはどうあがいても変わらない。


 国有財産という目で見ても、コム・アカラの歴史が全てを物語っている。

 

 ドッグポーカーには四季があり、豊かな緑が国土全体を包み込んでいる。

 船が停泊していた場所も海ではなく川とのことで、農作物に被害を与えることもない。

 コム・アカラの方は塩害や国土の砂漠化による影響で、観光収入以外はどれも厳しい。

 

 欲しい物は全て相手国にあり、相手国が欲する物は何もない。

 強いて言えば、ナルル運河という観光地と、この聖都イスラフィールぐらいだろうか。

 でも、観光地を渡せる訳がないし、それ以外に差し出せるのは砂漠の砂ぐらいのものだ。


 せめて砂岩かな、ジャンが凄い技術だって言っていたし。

 でも、それもこれも、ドッグポーカーが欲する物ではない。

 

 国交を復活させる為に必要となる餌が、何ひとつとしてこの国にはないんだ。

 このままじゃ、話し合いの席を設けることすら出来ない。

 五百年も昔のことなんだから、お互い水に流しましょって言ったところで、火に油だ。

 

 解決策が見えてこない。

 イライラで、机を指でとんとん叩く。


「あら、珍しくシャランが困った顔をしているわね」

「マーブルさん……はい、現在進行形で困っております」


 訓練を終えたのか、マーブルさんが部屋に戻ってきた。

 もうそんな時間なのね。外は暗い、また無駄に一日を過ごしてしまった。


「二国間の関係を改善するなんて、私だったらお断りしちゃうかなぁ」


 お断り、出来ないんですよね。  

 私が自ら願い出たことなので、逃げ道はどこにも存在しないのです。

 

「でもま、多分、どこかに依頼した理由があるんだと思うよ」

「依頼した理由、ですか?」

 

 マーブルさんは小皿に載せられていたクッキーを手に取ると、自らの炎で加熱した。

 アーモンドミルクと小麦で作られたクッキーが甘い匂いを醸し出すと、それを一口食べる。

 物欲しそうな顔をしてしまったのだろう、はいって差し出されてしまった。

 一口いただく、甘くて美味しい。


「宗主教様はね、無理難題を押し付けているようで、必ずやり遂げられる依頼しか出してこないの。ジャンに新技を授けた時にも、一度だけお手本を見せたみたいだし、私にだって目的達成の為の方法を、さりげなく伝授してくれているの。宗主教様が二国間の協定を結ばせなさいって言ったのなら、それは絶対に可能なことなのだと思うわよ」


 絶対に可能なこと。

 なら、コム・アカラとドッグポーカーは、手を取り合うことが出来るってことよね。

 じゃあ、どうやって? 多分、そこは聞いても教えてくれないような気がする。

 

「それにしてもマーブルさん」

「ん?」

「いつの間にか、イフリーナ教徒みたいなことを言うようになったんですね」

「ふふっ、そうね。でも、宗主教様には感謝しているの。今なら入信だってしちゃうかもね」


 マーブルさんの周囲を、火の粉が舞っている。

 何もせずとも溢れ出る魔力は、彼女のレベルアップを意味しているのだろう。

 強くなった、そして、どんどん強くなっていく。


 私も、自分の力で、二人に認められたい。

 もっともっと、頭を回転させないと。


「また難しい顔してる」


 ぐって、クッキーを口に押し当てられてしまった。


「ダメよ? 下手の考え休むに似たりって言ってね、いくら考えてもダメなときはダメ。このままベッドで休んで、頭の中をスッキリさせた方が、良い考えが思い浮かぶかもしれないわよ?」


 マーブルさんの言う通りかもしれないけど。

 私には時間が無いんだ。最初の何もしなかった一か月が、とても惜しい。


「マーブルさん、こっちの手札に相手の望むものが無い場合、どうしたらいいと思いますか」

「そうねぇ……もう一度、イチから考え直すっていう方法しかないかな」

「イチから考え直す?」


 寝間着に着替え終えると、ベッドに腰かけ、髪を梳きながら続きを語る。


「ええ、多分、今のシャランは、考えている規模がとても大きいと思うの。国家規模とか、都市レベルの問題とか。でもね、そんなの、いくら考えたって私も貴方も政治経験がないのだから、何も思い浮かばないと思う。自分が出来ること、そういった、一人の国民レベルにまで考えを掘り下げた方が、妙案は生まれてくるかもしれないわね」


 「じゃ、私は先に寝るね」と言って、マーブルさんは横になってしまった。

 数秒後には寝息を立てているのだから、思っていた以上に疲れていたのかも。

 そんな状態で相談に乗ってくれたこと、本当に感謝だ。


 国民レベルでの妙案。

 

 私がもしドッグポーカーで生活をしたとして、何を欲するのか。

 建物はとても綺麗だった、街並みもゴミが少なく、治安も悪くない。

 

 コム・アカラの人たちを許さないって言っていたけど、船の停泊は一番長かった。

 船には恐らく獣人や翼人もいたと思う。ということは、現状、差別意識は少ないのかもしれない。

 

 五百年の歴史が、人々の心を変えている可能性。

 ならば、とっかかりひとつで、全てがひっくり返る可能性は否定できない。

 

 ……考えを戻そう。


 生活する上での水は、潤沢に使用することが出来た。

 洗濯する川も綺麗だったし、着用している衣服も上質なものが多かった。

 

 残るは食事か。


 食事……そういえば、食事だけは美味しくなかった。

 あの時、何かが足りないって思ったんだ。

 なんだったっけ、ジャンと二人で食べて、何かが足りないって。


「…………塩だ」


 そうだ、塩が足りないって思ったんだ。

 なんでだろう、なんでドッグポーカーには塩が足りなかったんだろう。

 確か、机の上に、ドッグポーカーの地図があったはず。

 

 地図と睨めっこ。

 指でなぞったり、資料を見たり。

 それでようやく、塩不足の原因に辿りついた。


「……わかった、この土地、塩が全く採れないんだ」

 

 キングスリーム王国とドッグポーカーの間には、巨大な川が存在する。 

 この川の幅は恐ろしい程に広く、渡河には船で一日を要するほど。

 無論、川だから塩は取れない。塩の生成に海水は必須だ。


 国の東西は海に囲まれているものの、全て海崖かいがいとなっている。

 高さ二十メートル以上の切り立った崖は、降りることすら難しい。塩作りなんて不可能だ。

 そして、南側は長城によって封鎖されている。どうする事も出来ない。


 ということは、サードルマでジャンが見つけた岩塩鉱脈は、ドッグポーカーとしても喉から手が出る程に欲しい逸品に違いない。でも、あの岩塩は既に冒険者ギルドが動いてしまっている。他にも、ナルル運河の一等船室を譲ってくれた商人や、運河運航管理所のスクバさんの奥様、セナさんだってサードルマへと向かっていた。


 急がないとダメだ、一日でも早く抑えないと。


「……あら、どこかに行くの?」


 マーブルさん、起こしちゃったかな。

 でも、長旅になるから、荷物はどうしても多くなる。


「はい、今すぐ出かけないといけない状況であることに気づきました」

「そう……無理しないでね」

「大丈夫です、ジャンとマーブルさんが全力で戦える場を、私が用意してみせますからね」


 そうじゃないと、二人の仲間だって、胸を張って言えないから。

 

「じゃあ、行ってきます」

「ええ、気を付けて。女神イフリーナ様のご加護があらんことを」


 本当、熱心な教徒みたい。

 でも、女神イフリーナ様、宗主教様が見守ってくれているみたいで、少しだけ嬉しくなる。

 私もイフリーナ教に入信しようかしら? なんて、本気で考えてしまいそうね。


 大荷物を持って外へと向かうと、迎えの馬車ならぬラクダが出迎えてくれた。

 

「宗主教様から、自由に使って構わないとの事です」

「……ありがとうございます」

 

 凄いな、私が動くことに気づいたのかな。

 ラクダか、確か、凄い速さで走ることが出来るんだよね。


「あの、このラクダを使えば、船を使わずにサードルマ港まで向かうことは可能でしょうか?」

「砂漠越えですか? 出来なくはありませんが、日中の砂漠越えを考慮するとなると、多少遠回りであっても船を使った方が良いかと思いますが」

「では、船とラクダ、どちらが早くサードルマに到着しますか?」

「それはラクダでしょう、船はチケットを取る所からになりますからね」

「……ありがとう。では、砂漠越えを選択しますね」


 ここからナルル運河を北上し、それから南西のサードルマまで向かうよりも、このまま北西へと向かい、直接サードルマ港へと向かった方が間違いなく早い。ラクダの負傷や疲れは、私の治癒の力で全快させながら向かえば、最高速度を維持したまま向かうことが出来る。


「では、砂漠越え用に、水を多量に用意しておきました。それと、こちらを着用して下さい」


 全身を包み込む一枚布。 

 目の部分だけがくりぬいてあって、それ以外は頭から全部日差しから隠すことが出来る。


「ラクダは砂漠の熱に耐えられますが、人は耐えられません。魔法衣と呼ばれるこの衣を装備していけば、砂漠の暑さにも耐えることが出来るでしょう」

「……これも?」

「はい、宗主教様が用意して下さいました」


 何から何までね。

 まるで子供のお使いみたいじゃない。

 

「ありがとう。では、女神イフリーナ様のご加護があらんことを」

「はい、貴方も、女神イフリーナ様のご加護があらんことを」


 ふふっ、なんでかな、素直にこの言葉が言えてしまう。

 イフリーナ教か、入信、真剣に考えてみようかな。




【次回予告】

 過去の冒険が、今の冒険の糧になる。

 一人砂漠越えを決意したシャラン、向かう先は冒険者ギルドのある、港町サードルマだ。


 次話シャラン視点『私、泣いちゃいました。』

 明日の朝7時、公開予定です。

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