第32話 私、二人の仲間になりたい。※シャラン視点

 女神イフリーナ様の依頼を受けてから、一か月が経過した。

 

 ジャンは女神イフリーナ様から新技を伝授されたらしく、毎日練習漬けの日々を送っている。

 その新技は、右手の中指と親指を酷使するらしく、二指の損傷が激しかった。


「治癒はしなくて平気」


 彼は笑顔で私の治癒を断る。

 治してしまうと、感覚がズレる恐れがあるらしい。


「残り二か月で極めないといけない、まだなんだ、まだ、僕には足りていない」


 とても、良い顔をしていた。

 ジャンは、いつも頑張る人だ。

 誰よりも努力して、誰よりも前に進む。 

 

 だから、私も追いつきたくて、勇者と一緒に、旅なんかに出てしまった。

 あのままこの人と一緒に、過ごしていれば良かっただけなのに。


「温泉? あー、パス」


 マーブルさんも、女神イフリーナ様から力を授かったみたい。

 ジャンが戦う相手は、魔人や魔物を生み出すことが出来る。

 ジャンとガーガドルフが一対一になるように、他の魔物は全てマーブルさんが引き受けるのだとか。


「温泉に入ると、お湯を干上がらせちゃうかもしれないからさ」


 そのために、彼女は人を辞めてしまったという。見た目は何も変わらないけど。

 別の目的もあるみたいだけど、そこは相変わらずの秘密主義者だ。

 でも、分かる。間違いなく、マーブルさんは強くなった。


 一か月間、私だけ、何も変わっていない。


 聖殿の奥、祭壇の間へと、一人向かう。

 会うだけでも奇跡と呼ばれる女神様は、祭壇の間で一人、横になっていることが多かった。

 丸まった聖獣ラミアーを枕にして、手にした書物を読みふけっているのを、よく見かける。


 人が言う奇跡なんていうのは、存外、そんな程度のものなのかもしれない。


「……なんじゃ、物欲しそうな顔をしておって」

「女神イフリーナ様、私にも、力を与えて下さい」


 ジャンが新技を得たように。

 マーブルさんが人間を辞めたように。

 私にも、魔人と戦える力が欲しい。


「鞭があるではないか、それで充分じゃろ」

「こんな、鞭じゃ魔人と戦えません」

「戦う必要があるのかえ?」


 横になったまま、イフリーナ様は私を見ようとしない。

 今日は書物ではなく、数枚の用紙を脇に置き、それらを見比べている。


「ガーガドルフはジャンに任せればええ。屈服させるのじゃから、一対一でないと意味がない」


 ジャンは、魔人王ガーガドルフ相手に勝つだけじゃない。

 完全に勝てないと思わせないといけない。

 治癒も不要、戦いの最中に回復させただけで、彼の戦いは敗北を意味する。


「それとも、ジャンでは頼りないとでも言うのかえ?」


 紙の向こうから、赤い瞳が私を見る。

 ジャンは、身体も鍛えてあるし、新技の習得にも励んでいるし、誰よりも頼りになる人。

 でも、それでも、私はガーガドルフを知っているから。


「はい、彼一人では、勝てないと思っています」


 勇者ソフランだって、決して弱い人ではなかった。

 剣技に優れ、剣術の大会でも、彼は優秀な成績を残している。

 人望も厚く、彼を慕う人たちもまた、一流と呼ばれる人たちだった。


 故郷に残してきた大切な人がいるのも、私は知っている。

 嬉し恥ずかしそうに語ってくれたから。

 彼女の為にも、負ける訳にはいかないんだって。


「覚悟も、技術も、仲間も、あの時の私達には間違いなくありました。使用していた武具だって一流のものばかりを集めたのです。実際に、魔人の軍勢に対等、いや、それ以上に戦えていました。ただ、魔人王の力が想定以上に強かっただけ。全員で戦えていれば、敗北は無かったはずなんです」


 あの時、勇者ソフランは、魔人王の力を見誤った。

 大軍での戦いから、個別への戦闘に切り替える。

 一騎打ちの状態にすれば勝てる、そう、思ってしまった。


「たらればを語ったところで、何も変わりゃせんよ」


 横になっていた身体を起こすと、あぐらをかいたまま、両手を上げて大きく伸びをした。


「過去、魔人王ガーガドルフを打ち破った人間も、戦った時は一人じゃった」


 一人で戦い、魔人王に勝った。

 そんなの、聞いたことがない。

 

「言い伝えられていないのは、見ている人間がいなかったからじゃ。クカカカッ、その人間の強さたるや、それはもう凄まじかったらしいぞ? 魔人を超えた力を持ち、どんな魔法も、どんな攻撃も効かず、ただただ一方的に魔人王ガーガドルフを叩き伏せてしまったのじゃからな」


「……そんなの、不可能だと思います」


「別に、主が信じる信じないは関係ないじゃろ。事実として、魔人王ガーガドルフは瀕死の状態に追い込まれ、命からがら逃げてしまったのじゃからな。まぁ、あの時の人間と坊主とを比べたら、確かに見劣りはするがの。じゃが、あの坊主は発展途上じゃ、まだまだ強くなる。それにの、シャランとやら」


 愉悦に歪んだ顔のまま、女神様はこういった。


「現に、アヤツは魔人を一体、一人で倒しているではないか」


 鉱石魔人、血翅ちばねのウェルスゴーン・フリッケン。

 確かに、あの魔人も、物凄く強かった。

 戦いの場にいた私達全員が何をしても勝てなかった相手を、ジャンは一人で倒している。

 そしてあの時も、私は何も出来ていない。

 何も、成長していない。

 ただ、守られているだけ。


「……泣くほどのことかえ?」


 言われて、涙が溢れていることに気づく。

 悔しい、どうしようもなく悔しい。

 私は負けて、逃げて、守られているだけだ。

 

「いわば、主は魔人によってさらわれた姫様みたいなものじゃて。助け出されることに意味があり、守られることが全てなのじゃ。受け入れろ、其方は坊主にとっては姫も同然、ただ側にいて、安心させることが何よりもの役目…………と、言いたいところなのじゃがな」


 本の山から飛び降りると、女神様は私の頬を伝う、涙を優しく拭い取った。


「さすがに、腹の虫が治まらんか」

「……はい」

「ならば、貴様には本来、我がすべき仕事を与えようかの」


 女神様がすべき仕事?

 女神様が空中で丸を描くと、ほわんと、長城の絵を浮かび上がらせた。

 

「のう小娘よ、この長城の役割は知っておるか?」

「……はい、ドッグポーカーとコム・アカラの国境線、当時蛮族であったコム・アカラの侵攻を防ぐために、ドッグポーカーが建設した、治安維持の為の防衛ラインです」

「そうじゃの、して、その役割は今も消えてはおらぬ。じゃが、それが破壊された場合、なにが起こると思うかえ?」


 長城が破壊された場合。

 現状の両国は冷戦状態にある。

 両国間の物資の流通はなく、港だって遠い場所に設けられている。

 地続きの二国、それを分断している長城が無くなったとしたら。


「……戦争」


 空中に描かれた長城が、瞬く間に炎に包まれる。


「うむ、そうじゃな。長城が壊されるとなると、ドッグポーカーの奴も黙ってはいないじゃろうて。しかし、あの長城が造られたのは五百年も昔のこと、あの頃とは情勢も価値観も考え方も変わっておる。いつまでも冷戦状態のままでいるのは、子供が駄々をこねているようなものじゃ」


 つまり、女神様のやろうとしていた仕事って。


「黄金の聖女シャランよ、貴様を我の名代みょうだいに任命する」

「名代……女神様の代わりを、私がですか」

「うむ、我に代わり、長城破壊後の両国の戦争阻止、更には架け橋となる妙案を、両国へと授けてくるのじゃ。安心するがええ、我の顔は両国の王に通じておる。委任状は今すぐこしらえてやる、かかる費用も砂漠の砂のように使用しても構わん。ただし期間は二か月、ジャンが長城を破壊するまでじゃ」


 二国間の安寧を、五百年もの積年の恨みを、たった二か月で解決?

 女神様ならともかく、何の功績もない私が?

 無理だ、そんなの、出来るはずがない。


「女神様」

「なんじゃ」

「そのような大役、私に務まるのでしょうか?」


 言うと。いきなり、私の頬を、女神様は鷲掴みにする。


「大役が貴様に務まるかどうか? 知らんよそんなこと」

「で、ですが」

「貴様、自分の不甲斐なさを泣くほどに悔いておうたのではないのか? 何の役にも立たない自分が憎くて、辛くて、それで我に力を求めたのではないのか?」


 女神様の眉根が寄り、血走った眼に炎が灯る。


「坊主が何の苦痛も無しに新技を会得しているように見えるか? 魔法使いの娘がどれほどの苦悩と苦痛を抱きながら人間を辞めようとしているか、理解しておるのか? 天に与えられた治癒の力に頼り切った人生を送っている貴様の苦悩なんぞ、あの二人に比べれば砂一粒にも値せんわ」


 図星だった。

 私はこれまで、なんの努力もしていない。

 

「必死になって考えよ、そして二人の役に立ってみせよ。その時初めて、其方は二人の仲間になることが出来るじゃろうて」


 頬から手が離れると、女神様はいつもの表情に戻った。

 二人の仲間、私も、守られるだけじゃない存在に。


「ありがとう、ございます」

「うむ、では、追って委任状を託す。坊主が全力を出せる場を作れるかどうかは、貴様の努力次第じゃ。必要な情報は全て我の手元にある、必死になって読み解き、最善の道を探り、最大限の功績を我に報告してたもれ」

「かしこまりました、必ずや吉報を届けに参ります」


 コム・アカラとドッグポーカー、この二国間を、私が取り持たないといけない。

 出来ることが何なのか、この二か月、全てを捧げて動かないと。


 でも、最後に。

 扉を出た後、私は踵を返し、身を律した。


「女神イフリーナ様!」

「……なんじゃ」

「叱咤激励、本当にありがとうござました!」


 全力で頭を下げる。

 女神様がいなかったら、私は一人くすぶっていただけの、愚か者のままだったから。


「ふん、せいぜい頑張るのじゃな。主が動く分、我は眠りにつくとするかの」


 扉がしまると、私は頭を上げた。

 踏み出した一歩は、この部屋に来る時とは違い、とても軽い。


 私も仲間になる。 

 二人の横に並べる仲間に。




【次回予告】

 歩き始めたシャラン、しかしその道のりは、そう容易いものではなかった。

 

 次話シャラン視点『私、本気で動きます。』

 明日の朝7時、公開予定です。

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