第31話 私、人間を辞めます。※マーブル視点

※時系列はジャン達と別れ、お祓いの場へと向かった時の場面になります。


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「ベンスルー・コマネキクアを救いたいと、貴方は願うのですね? マーブル・バレット」


 お祓いという名の情報提供の場。

 解呪に身なりのいい人たちが集まっているかと思ったら、秘密の会合も兼ねていたとはね。

 さすがの私も、そこまで見抜くことは出来なかったかな。

 

「ええ、そうね。それが出来ればの話だけど」


 闘技場で戦わされる奴隷みたい。 

 周囲を顔を隠した金持ちが囲み、貧乏人である私を値踏みする。

 こういうのが嫌で、あの街を出たんだけどな。


「無理じゃな」


 誰? 小さい女の子が空を飛び、羽のように、ふわり、ふわりと落ちてくる。

 白いフード付きのコートは膝ぐらいまであって、袖や裾に入った赤いラインが可愛らしい。

 地面を歩かないのね、素足のままでいる様は、さながら石像の女神様を彷彿とさせる。


宗主教そうしゅきょう様!」

「宗主教様がお見えになられたぞ!」

「ああ、奇跡じゃ……宗主教様」


 宗主教様? この小さな子供が、イフリーナ教で一番偉い人だっていうの?

 彼女は羽のように落ちてくると、そのまま私の目の前で、空中に浮かんだまま停止した。

 炎のように揺らめく赤い瞳、赤い髪も相まって全身が燃えているように見える。

 あどけない表情、幼さ残る可愛げのある顔なのに、とても恐怖を覚える。

 一瞬で殺された、あの魔人の時みたいに。

 

「マーブル・バレット、貴様ではあの街は救えん」

「……どうしてかしら?」

「そもそも救う気が無いからじゃ」


 何も言わず、沈黙する。

 

「お主の真の目的は、エクセントリカ・バレット、主の姉についてじゃろう?」

「……どうして、姉の名を?」

「こう見えても、我は女神様なのでな。既に人払いは済ませた、安心して語るが良いぞ」


 人、あれだけいた金持ち集団が、いつの間にか一人もいない。

 いなくなった、いや、消した? この子が、魔法で消したとでも言うの?


 ……やめた、こういうのにいちいち驚いていたら、きっと身体がもたない。


「どうした? 何も語らんのかえ?」

「いえ、何もかも話した方がいいと、判断しました」

「ほうか、ならはようせい。次が待っておるでの」


 そう、全てを打ち明けた方が良い。

 私がなぜ、冒険者を始めたのかも。



 二年前。



 私の姉、エクセントリカ・バレットは、十六歳の若さで嫁ぐこととなった。

 婚姻相手は、ベンスルー・コマネキクアを支配する貴族が一人。

 白豚、オークゴルム卿。


 ベンスルー・コマネキクアは、魔法使いだけが住まう街の名前だ。

 同じ人間でも、魔法が使えるということは、希少価値が高いのだという。


 魔法使いとは素質が全てだ。 

 魔法使い同士が子供を授かることで、より強力な魔法使いを産むことが出来る。


 けれど、魔法使いとそうではない者との間で子供を授かった場合、その子は魔法を使うことが出来ない。魔法使いの血はどこまでも希薄で、他が混じることを許さない純白なもの。


 稀に魔法が使える子が産まれることがあったとしても、弱弱しい初歩魔法しか使えないことがほとんどだ。そういった子は〝魔法使いもどき〟と呼ばれてしまう。


 異母姉妹の私の姉は、魔法使いもどきだった。

 使う魔法も弱く、魔法学校でも友達が一人もいないような、そんな根暗な姉だった。

 

「マーブル、私、結婚させられるみたい」

「お姉ちゃんが結婚? 良かったじゃない」


 正直、姉は誰とも結婚しないと思っていた。

 だって、魔法使いもどきだから。

 優秀な魔法使いであればあるほど、もどきを嫌う。  

 そして魔法使いは、みんなエゴイストだ。

 誰もが自分を優秀だと思う。つまり、姉は皆から嫌われていた。


「ちょっと、怖いんだ」

「怖いって、いいじゃない、相手は貴族様なんでしょ?」

「そうだけど……なんで、私なんかを指名したのかなって」


 私達魔法使いは、街を支配する貴族様に逆らうことが出来ない。

 希少価値が高い私達は、世界中の貴族様に守られながら生活をしている。

 安全な場所で生き、美味しい物を食べて、温かくして眠れる。 

 そういった日常が当たり前のように与えられる、だって、私達は魔法使いだから。


「それは、お姉ちゃんが美人さんだからじゃない?」

「マーブル……お姉ちゃん、全然、美人じゃないよ」


 お姉ちゃんは、私が認めるぐらいに美人だ。 

 お姉ちゃんだけじゃない、魔法使いは全員美形だ。 

 男も女も全員美しい、不細工な魔法使いなんてこの世には存在しない。

 そう思えてしまうぐらいに、全員が美しいんだ。

 むしろ、一番ブスなのは、私な気がする。


「じゃあ、元気でね」


 大鷲の白羽が舞い散る中、お姉ちゃんはオークゴルム卿のお嫁さんになった。

 オークゴルム卿は、白豚って呼ばれる理由が分かるぐらいに、色白で太っている。

 街を挙げての祝福のあと、いろいろな意見が私の耳に入ってきた。

 

「うわっ醜い、良かった、私じゃなくて」

「あんなのの相手とか、死んでも嫌よ」

「でもあの白豚、世界有数のお金持ちなんでしょ?」

「これでこの国への援助は安泰ね。バレットさん家に感謝しないと」


 魔法使いもどきの姉が、皆に感謝されている。 

 人としてのメンツが保たれた気がして、これで良かったんだって、思い込むことにした。


 でも、姉がいなくなった家は、やっぱりちょっと寂しい。

 花嫁姿の姉のことを、私はこの世で一番綺麗だと思った。

 あんな美人が奥さんなのだから、白豚はもっと喜べばいいんだ。


 それから一年後。

 姉は、物言わぬ躯となって帰ってきた。

 

 死因は病死。

 ベッドの上、眠るように亡くなったと聞かされた。

 両親が姉を受け取りに行き、死体を埋葬する為だけに街に帰ってきた。

 

 結婚したのに、死体の処理を両親に任せるって、なに?

 意味が分からない。私には何ひとつとして、理解が出来なかった。 


「お姉ちゃん……」


 美人だった顔。

 触れてみると、歯が一本もなかった。

 よく見ると、化粧がとても厚い。

 

 化粧を落とすと、顔には青痰や痣が沢山残されていた。

 手やお腹、背中や足を見たけど、傷だらけで、見るだけで泣きそうになる。


 姉は、殺されていた。

 白豚、オークゴルム卿に。


 この街が魔法使いだけの街なのも、ようやく理解出来た。

 どうして世界中の貴族が、私たちを守り続けているのかも。


 ベンスルー・コマネキクアという街は、魔法使いの牢獄だ。

 魔法使いの羽をむしりとって、街から出られなくする。

 

 育った美しい魔法使いは、貴族が堪能し、希少性を楽しみ、そして捨てる。

 私たちは、その為だけの価値しか、無かったんだ。

 私達こそが白豚、飼われるだけの存在。


「お願いだから出て行かないで」

「お前までいなくなったら、私達は生きてはいけない」


 お父さん、お母さん。

 ごめんね。私、ここにいたら、殺されるだけだから。


 街を出る目的が出来た。

 生きるための道標も出来た。


「白豚、オークゴルム卿を、殺す」


 そのためなら、泥水を啜ってでも生き延びてみせる。

 そのためなら、どんな事でもしてみせる。

 復讐の為なら、手段なんて問わない。

 必ず、殺してみせる。

 姉のために。



 現在、聖都イスラフィール、聖殿。



「なるほどのぅ、個人的恨みの為に、主は冒険を続けてきた訳か」

「そうね。ジャンとシャランに関しては、一緒にいるのが楽しいっていうのもあるけど」


 あら、宗主教様、半眼になってしまったわね。


「それだけでは無いのであろう? 主は姑息な娘じゃて、信用と信頼を勝ち取り、自分の意見が間違いなく正しいと、あの二人に思わせておる。白豚と戦う際に、味方につけようと考えておるのじゃろう? 魔人を屠る力を持つ少年と、どんな怪我をも治癒できる聖女様じゃ、魅力的なのは分かるがのぅ」


 あら、全部バレちゃった。

 この子の前じゃ、嘘は付かない方がいいかも。

 

「じゃが、主の目的を果たすには、まずは二人の目的を果たさねばな」

「魔人王ガーガドルフを殺す、でしょうか?」

「いや、それはしない」

「殺さないのですか?」

「うむ、屈服させるしかない。ガーガドルフを殺した場合、烙印の聖女が死ぬ」


 烙印の消失が、そのままシャランの死に繋がる。

 まぁ、魔人なら常套手段かもね。自分が殺されない為の保険ってとこかな。


「一対一なら坊主一人でも勝てるじゃろうが、奴は自分以外の魔人や魔物を生み出すことが出来る。露払いが必要じゃて、そしてあの三人の中で、それが出来るのは主だけじゃ」

「宗主教様は、お手伝いして下さらないのですか?」

「宗教的理由により、我は魔人とは戦えんのじゃ」


 宗教的理由って。

 あんた教祖様でしょうが。


「しかし、今の主では、露払いすらも難しいやもしれんがの」


 私のお腹の傷を見ながら語っている。

 確かに、私は魔人を相手に敗北している。

 何も出来ず、お腹に長く伸びた爪を差し込まれ、肉体を二つに分けられた。


「そう言って下さるということは、勝てる手段をご教授して下さる、ということで宜しいのですよね?」

「クカカッ、そうじゃな。主の本当の目的の為にも、それが必要じゃろうて」


 本当の目的。

 それは、とても他愛のないものだ。

 だからこそ、本気になれる。


「良かったの、お主の魔法使いとしての性質は火じゃ」


 フードを脱ぎ捨てると、少女の肉体は炎に包まれる。

 女神イフリーナ、原初の姿。

 神話に語られし、人々を守護する女神様の姿。


「そしてまた、我の性質も火じゃ。主よ、貴様に我が力の一部を授けてやろうて」


 赤く輝く指が、心臓の部分に押し当てらえる。

 熱くて、痛くて、逃げ出したくなる。けど、逃げない。

 

「神の御業と呼ばれし極大魔法は、それまでとは格が違う。帽子を見るに、貴様はかの街では三等級と格付けされていたようじゃが、我を取り込むことにより特級を超えることも可能になる」


 指が、どんどん体の奥へと突き刺さってくる。

 熱波が髪を揺らす、身体全部が燃えるように熱い。

 汗が止まらない、痛くて泣いちゃいそう。

 

「そろそろ、心の蔵を貫く。お主はその時、もう一度死ぬこととなる」

「……っっ、ぐっ……うぅぅ……」

「そして蘇るのじゃ。心の臓に我を宿し、不死鳥としての力を得る」

「うっああ、ああああああぁ、ああああああああああああああああぁ!」 


 不死鳥、身体の隅々まで、炎がいきわたる。 

 熱くて痛くて、もう、女神様の声が聞こえない。


「叫べ、その声は産声となり、主に新たな生命を宿らせる」

「あああああああああぁ! あああああああああああああああぁっ!!!」

「人を超えろ、その時、主もまた、魔人として生きることが出来る」


 私が、魔人に。

 人を超える存在に。


「あぐぅ!」


 指が抜かれた。

 女神様の人差し指が、存在しない。


「クククッ、いい悲鳴じゃったぞ? ぞくぞくしてしまったわい」


 恍惚の表情。

 なんだ、女神様って、そっち系なんだ。


「……今までっ、で、一番」

「ぬ? なんじゃ?」

 

 呼吸をするのも辛い。


「にんげ……っぽい顔、して……るね」

「ふん、我は人ではない、何をふざけたことを申すか」


 ……ちぇ。せっかく、可愛い顔、してたのに。

 ああ……私、死ぬんだ。もう……なぃぉ、見えぁい。


「眠るがいい、次に起きた時から、与えた力を制御する鍛錬に入る」


 ……うん。


「ぇ……め……さぁ……」

「安らかに眠れ。人としての其方の、最後の眠りじゃ」

「……ぁ……ぉ……」




 暗闇。




 光。




 覚醒。




「起きたか」


 私の中に、貴方がいる。


「では、さっそく修行を始めるとするか。魔人、マーブル・バレット」




【次回予告】

 人ならざるモノの力を手に入れたマーブル・バレット。

 明らかになった彼女の目的を、ジャン達は未だ知らず。

 鍛錬に励む二人を見て、シャランは一人、女神様の下を訪れる。

 このままでは足手まといだ、そう語るシャランの目には、力強い何かが宿っていた。

 

 次話シャラン視点『私、二人の仲間になりたい。』

 明日の朝7時、公開予定です。

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