第五章 粉砕! 国境線の大長城!

第30話 僕、泣きそうです。

「ドッグポーカー国が建設した長城だけど、建設したのは五百年以上も昔のことなんだって。今じゃ風化して崩れている場所もあるみたいで、そこに関しては立ち入り禁止措置が取られているって書いてあるよ。他にも、私達が行った長城の上なんかは、観光用に補強して利用しているとか?」


 取り寄せたパンフレットを、シャランが読み上げてくれている。

 

「高さ二十メートル、東西長さ五千キロ。国境に沿って造ったが故に、一直線ではなく、全体としては湾曲している部分も多く存在する。世界の分水嶺ぶんすいれいとも呼ばれるこの長城は、砂漠と緑の境目を誰もが見ることが出来る為、ドッグポーカー国の観光スポットとしては、一番の人気スポットとして呼び名が高い。あの景色、凄かったよね、人気スポットなのも分かるなぁ」


 それだけのものを、宗主教そうしゅきょう様は一撃で破壊しろと僕に依頼してきた。 

 宗主教様、つまりは女神イフリーナ様だ。

 女神様が依頼する以上、それは可能なことなのだろう。

 でも、今の僕じゃ無理だ。一部分は砕けても、全部は砕けない。


「続き読むね。えっと、この長城は、コム・アカラ側からは一切上がることが出来ない造りであることも、特徴のひとつだ。かつて、略奪の限りを尽くしていたコム・アカラ人は、築き上げられた長城を見上げることしか出来ず。近寄るも、長城から放たれた矢により敗戦を繰り返し、現在まで続く冷戦状態を、もたらす結果となったのであった」


 読み終えると、シャランは僕の肩に手を掛けた。


「それにしても、ジャンってこんな凄いことが出来たんだね」


 凄いこと? シャランを背に乗せたまま片手で腕立て伏せなんか、別に普通だと思うけど。

 回数だってまだ千回にも達していない。

 もっと鍛えないと、長城の一撃破壊なんか絶対に無理だ。

 

「それに凄い筋肉。温泉で見た時も思ったけど、この筋肉凄いよね。うん、凄い」


 ぺたぺたと触られると、ちょっとくすぐったい。

 でも、とてもひんやりとしている。

 心地よい体温だと、以前は思っていた。

 でも今は、そうとは思えない


 シャランの肉体は死に、烙印で生かされている状態なんだ。

 でも、その状態でしか、シャランは生き続けることが出来ない。

 この状態を維持するために、魔人王ガーガドルフを屈服させないといけないんだ。


「お、なんだか楽しそうなことをしているじゃない。私も乗っていい?」


 出先から戻ってきたマーブルさんが腰の辺りに飛び乗るも、やっぱり軽い。 

 女の人じゃダメだな、もっと大きい岩とかじゃないと、負荷にならないや。


「へぇ、凄い。私達二人が乗っても、片腕で腕立て伏せが出来ちゃうんだ」

「そうですね、その気になれば、指二本でも出来ると思います」

「さすが、女神イフリーナ様が頼るだけのことはあるね。それで? いつ長城破壊しに行くの?」


 いつ、と言われても。


「私としては、向こう半年はこのままでもいいけどね。聖都イスラフィールの聖殿、それも来賓の間を自由に使って構わないとか。さすが宗主教そうしゅきょう様、どこかの悪徳領主様とは雲泥の差よね」


 さすがに半年はダメだと思う。

 その気になれば、ガーガドルフはすぐにでもここに来ると言っていたんだ。

 一秒でも早く、長城を破壊出来るようにならないといけない。



 後日、聖都イスラフィール郊外。



「はっ――――!」


 ドゴンッ! という爆音と共に、大岩が砕け散った。

 拳ひとつで、大岩を破壊することは出来る。

 でも、長城のような、多数の石が積みあがって出来た建築物の一撃破壊は、僕には出来ない。


 試しに積み上げた岩を砕いてみたものの、衝撃が逃げてしまい、岩が弾けるだけで終わってしまった。

 何度か繰り返したけどダメ、解決の糸口すら見えてこない。

 

 長城の破壊は、足元にある砂を全て破壊しろと言っているのと同じだ。

 撃ち込んだところで衝撃は分散し、たとえ点穴を突いたとしてもどこかで衝撃は途絶える。

 

 依頼を受けてから、既に五日が経過した。

 身体を鍛えたり、大岩を破壊したり、いろいろと試してはいる。

 でも、長城の破壊となると、どれだけやってもダメな気がしてならない。

 

 そもそもが違うんじゃないのか。

 力じゃなくて、もっと違う方法があるんじゃないのか。


 ……父さんなら、こんな時、どうしていたのだろうか。 

 

「苦戦しているようじゃな」


 天からの声、宗主教様が綿毛のようにふわりと舞い降りてきて、僕の肩に座った。


「ふむ、点穴を見極める力は、備わっておるようじゃな」

「はい、父さんから石工職人の基礎だと、教わりました」

「基礎を極めることこそが職人、して、主は基礎を極めたと思うか?」


 とても、意地悪な質問だ。


「極めた、なんて言ったら、馬鹿にされそうです」

「クカカッ、そうでもないぞ? 主は基礎を極めたからこそ、点穴が見え、鉱石を破壊することが出来る」

「でも、それでも、長城を破壊するには至りません」

「そうじゃな、基礎を極めたのならば、次の段階に進まねばならぬからな」


 次の段階?

 言うと、宗主教様は肩から下り、積み上げてあった岩の前にひとり立った。

 フード付きの服が風でめくれて、宗主教様の燃えるような赤い色の髪が露わになる。

 

「良いか坊主、岩にはひとつひとつ、割れやすい向きというものが存在するのじゃ。その向きを把握し、衝撃を与えることを総じて〝点穴を突く〟という。しかし、その行為を更に極めていくと」


 宗主教様がトンッと、小指で大岩を突いた。

 

「このように、僅かな衝撃だけで、大岩を砂へと砕くことが可能となる」


 小指で与えた点の衝撃が、波紋のように広がり、岩を砂へと変える。

 でも、いま宗主教様が見せてくれたのは、普段僕がしている点穴突きと同じ。

 

「これでは、長城は破壊出来ん、とでも考えていそうじゃな」

「……はい」

「うむ、素直で宜しい。基礎を極めた場合、次にするべきことは基礎の応用じゃ」


 宗主教様が手をかざすと、岩が数個浮かび上がり、ズンズンズンと壁を作り上げていく。


「〝点穴を突く〟を極めていくと、僅かな力でも同じことが出来るようになる。それを〝へきかい〟という。これまで主が学んできたのは、この基礎技を百発百中で撃てる為の訓練に過ぎん。そして、へき開によって岩の中を巡る衝撃のことを〝応力おうりょく〟と呼ぶ。お主が一番苦労しているのは、この衝撃の波とも呼べる、応力のコントロールが不出来な部分じゃ。……まぁ、言葉で説明するより、見せた方が早いかの」


 隙間すらある岩の壁の前、宗主教様は先と同じように立つと、呼吸を整え、拳を握った。

 

「よいか坊主、へき開を会得した者の一撃は、奥深い一撃になってしまうことが多い。応力を意識するのじゃ。奥深い一撃ではなく、浅く広く、どこまでも繋がる応力を意識して放てば――」

 

 ズンッ! ビキビキビキッ! ビキビキビキビキビキビキビキビキッ!


 凄まじい破砕音、亀裂が積まれた岩、全てに入っていく。

 稲妻が走ったみたいだった。爆音の次の瞬間には、ひび割れ、砂になる。


「このように、接地さえしていれば、大きさ、距離、関係なく対象を破壊することが出来る。この技を〝王力おうりょくへき開〟というのじゃが。この技を極めさえすれば、坊主でも長城の破壊が可能じゃろうて」


 王力へき開。

 こんな技術、今まで一回も見たことがない。

 

「ふふっ、目に力が宿った様子じゃの」

「はい。こんな凄い技術を見せられて、諦める訳にはいきません」

「クククッ、では小僧、ヒントを与えてやったのじゃから、ちょいと期限を設けさせてもらおうかのう」

「期限ですか?」

「うむ、長城の破壊はこれより三か月後、春季が訪れし時とする」


 三か月後、それまでの間に、王力へき開を極めないといけない。

 実際にこの目で見たんだ、同じことを、もっと威力を上げて行うだけでいい。

 大丈夫、僕なら出来る。出来る自信がある。


「わかりました。宗主教様、一点、質問を伺っても宜しいでしょうか?」

「なんじゃ? まさか、王力へき開のやり方を教えてくれ、なんて言うんじゃなかろうな?」

「いえ、違います」

「では、なんじゃ?」

「はい。あの長城は、ドッグポーカー国との冷戦の象徴とも書かれておりましたが、本当に破壊しても宜しいのでしょうか? もし破壊してしまった場合、両国が戦争になってしまうのではないかと、危惧してしまうのですが」


 そうじゃなくても観光スポットなんだ。

 上に人がいた場合、巻き込まれたらそれだけで死んでしまう可能性がある。


「クカカッ、良く頭が回る坊主じゃて」


 宗主教様はふわり浮かびあがると、ぽんぽんと、僕の頭を叩いた。


「若輩者が気にすることではない。そういうのを考えるのは大人の仕事じゃ」

「ですが……いえ、分かりました。ではさっそく、修行に励みます」

「うむ、長城破壊の日は盛大に行うでな。恥をかかぬよう、頑張ってくりゃれ」


 ふわふわと飛んでいくと、そのまま空高く舞い上がり、姿が見えなくなってしまった。 

 宗主教様は何でもありだな。でもまさか、こんな技まで知っていたなんて。


 王力へき開。


 拳を握り、岩の前に立つ。

 応力を意識する。衝撃波が止まらないように、浅く広く、どこまでも広がる一撃を。


「ふっ! …………あれ? ダメだな」


 数発撃ち込むも、普段の点穴突きと変わらない。

 衝撃波のコントロール、思っていた以上に苦戦しそうだ。


 ……そういえば、確か、拳の握り方が普通と違っていた。


 親指を握り込むようにしつつも、中指は第一関節だけを曲げて、親指の上に乗せる。

 残りの三指で親指を包み込んで、中指の第二関節を点穴へと撃ち込む。

 

 指一本で撃ち込むような感じになるのかな。

 試しに一発、撃ち込んでみるか。

 

「せいっ!」


 ビギッ! って、嫌な音が指から聞こえてきた。


「――――ッッ! いっててててて! おーいて! うわ、これすっごい痛い!」


 普段は握った拳の面で打ち込むから、全然痛くなかったんだけど。

 これはヤバいな、僕の中で全然鍛えられてない部分だ。 

 でも、残り三か月、なんとしても王力へき開を極めないと。


「せい! ……いっだああああああああああぁ! ッッッ! せい! うぎゃあああああ! 負けない! せい! あっだあああああああああぁ! うおおおおおおぉ! せい! ああああああああぁ!」




【次回予告】

 女神様が出した試練は、簡単なものではなかった。

 泣き叫ぶジャン。だが、人知れず努力をするのは、彼だけではなかった。

 秘めた目的の為にマーブルもまた、限界を突破する。


 次話マーブル視点『私、人間を辞めます』

 明日の朝7時、公開予定です。


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