勇者を殺した人類最強の敵、魔人。生贄の烙印を刻まれた幼馴染の聖女と共に、石工職人の僕は解呪の為、長い旅に出る。自分の実力が、勇者以上であるとは気づかずに。
第29話 僕、ひとつかみの希望に、全てを託します。
第29話 僕、ひとつかみの希望に、全てを託します。
「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!!」
ラミアー、いや、ラミュロスという魔物の咆哮だけで、部屋が揺れる。
「ラミュロス、こやつと少々遊んでこい」
叩きつけてくる尻尾、乱杭歯で突き刺す噛みつき。
それだけじゃない、翼が巻き起こす突風が凄くて、立っているだけで精一杯だ。
「ジャン! 私も戦う!」
「ダメだ、シャランはさっきの出血でまともに動けないだろ」
「でも、こんなの相手に戦うとか」
「大丈夫だよ、山よりも大きい鉱石魔獣だって、僕一人で倒したんだからね」
あの時は、魔獣の
石や岩を砕く時に見える点穴、鉱石ならそれが見えるけど、ラミュロスのは当然見えない。
というか、過去一度も生き物の点穴なんて見えたことがない。
どこを殴っても、大したダメージなんて入る訳がないのに。
「ほれほれ、殴らないのか? では、灼熱の炎にて、二人揃って焼け死んでもらおうかの」
乱杭歯の奥から炎が見える。
アレを吹かせたら、シャランが死ぬ。
止めないと、どうにかして止めないと。
でも、ただ殴っただけじゃ止まらない、だから。
「歯を、狙う!」
鉱石ではなくて、どちらかと言えば骨に該当するけど。
それでも、歯なら僅かに、点穴が見えるんだ。
飛び上がり殴りつけると、バギィッ、という鈍い音を立てて、ラミュロスの牙が砕け散る。
――ドゴオオオオオォゥッッッッ!!!! フシュルルルッ……
口奥の炎は、それでも噴き出してきたけど。
それは僕達には届かず、穴の開いた歯の隙間から、明後日の方角へと噴出されていった。
「なるほど、じゃが、ラミュロスはそんな攻撃では止まらんぞ?」
でも、このラミュロスとかいう魔物、翼は大きいし胴体も大きい。
足も大きいけど、手は致命的なまでに短い。
つまり尻尾、噛みつく以外の攻撃方法は、炎のブレスしかないんじゃないか?
そしてそれ以外の攻撃は、遅すぎて僕にはかすりもしない。
「……ふむ」
一本、また一本と歯を砕く。
歯に拳が届かなくなったら、次は爪だ。
爪が無くなった場所に攻撃を与えれば、かなりのダメージが期待出来る。
「やはり、考えが甘いのう」
考えが甘い? え、歯が、治った?
違う、新しい歯がもう生えてきているんだ。
「魔物の自然治癒能力を、人や動物の物差しで測るでないわ。それと、そんな肉弾戦だけが、ラミュロスの攻撃方法だと思わんことじゃな。ラミュロスはこれでも伝説の魔物、魔法のひとつやふたつ、当然のように使うことが出来るぞ?」
魔法、脳裏に浮かぶのは、魔人王ガーガドルフ決戦跡地だ。
辺り一帯を焼野原にした恐るべき攻撃方法。
勇者ソフランを一瞬で灰にし、シャランをも殺した。
「バオオオォ!!!」
ラミュロスの魔法。
周辺に電気の球を無数に出現させ、僕へと放つ魔法だったり。
僕の動きを止めて、その瞬間に踏みつける攻撃だったり。
風を巻き起こして壁に磔にして、風の刃で斬り付ける魔法だったり。
どれもこれも厳しくて、頑丈な僕でさえも、蓄積されたダメージが動きを遅くしていく。
「ぐぁッ! ……くっそ、動け、ない! ……うぐっ!」
そしてついに、僕は踏みつけられ、完全に動くことが出来なくなってしまっていた。
僕の身体を魔法で動けなくし、巨体を浮かび上がらせ、容赦なく全体重で踏みつける。
それを何度も、何度も何度も何度も喰らわせ、そのままグリグリと踏みつぶしにきた。
「宗主教様!」
シャラン……。
「これ以上は、これ以上は彼が死んでしまいます! もう多くは望みません、ひとつかみの希望もいりません! だから、だからジャンを、もうこれ以上傷つけないで下さい!」
ラミュロスの攻撃が止まった。
僕は無力だ。やっぱり、魔人にも魔物にも、僕じゃ勝てない。
「ふむ、シャランよ。主はこの戦いを見て、どう思った?」
「どう思ったか、ですか?」
「うむ、率直に、思ったままを口にせい」
シャランの感想?
そんなの、口にしなくても負けたんだから、情けないの一言しかないじゃないか。
「……凄いと、思いました」
凄い?
「普通の人だったら、ラミュロス様のどんな一撃でも死んでいたと思います。でも、ジャンはそれを何度受けても立ち上がり、攻め続けていました。それに彼は牙や爪にしか攻撃していません。もっと他の場所を攻撃し続けていれば、ラミュロス様であっても、もっと苦戦したのではないか、場合によっては勝てていたのではないかと、私は思います」
シャランは優しいな、僕が牙や爪を狙ったのは――
「点穴が見えている場所を狙った、そう言いたいのじゃろう?」
僕の心の声を、宗主教様が読んだ?
「よいか坊主、点穴が見えていても、普通の人間には衝撃をぶつけることが出来ん。ましてや、拳ひとつで魔物の牙を折るなど不可能に近い。しかし主はそれが出来ている。類まれなる力、神の力とでも言える程の破壊力を、主は持っているのじゃよ」
宗主教様は僕の真横に降り立つと、口端を歪める。
「じゃが、貴様はまだ磨かれていない。今のままでは、ガーガドルフには勝てんじゃろうな」
「……ガーガドルフに勝ったところで」
「うぬ?」
「ガーガドルフに勝ったところで、シャランが死んでしまっては、意味がないじゃないですか」
烙印を消すことは、シャランの死を意味する。
彼女は人として死にたいと言っていた。
でも僕は、もう二度と、彼女を失いたくないんだ。
「では、どうする? 烙印を背負ったまま、人としての命を全うするまで逃げ続けるというのか?」
「それしか道がないでのあれば、そうします」
「無理じゃな、ガーガドルフがその気になれば、今日中にも奴はこの地に来ようて」
身体の沸騰するような怒りに、感情を委ねる。
「じゃあ、じゃあ一体どうすればいいんですか! 逃げることも勝つことも出来ない、シャランには死ぬ以外に道がないとでもいうのですか! そんなの、僕は絶対に認めない! 何がひとつかみの希望だ! 彼女が死ぬ未来に、希望なんかひと欠けらも無いんだよ!」
だって、彼女は生きているから。
もう二度と、失いたくないから。
彼女が死ぬ時は、僕も死ぬ時だ。
「……ひとかけらの希望、まだ伝えておらんがの」
ふわり浮くと、宗主教様はラミュロスを元のラミアーの姿へと戻した。
ピンク色の毛並みはふわふわとし、一切の怪我も無い状態で、僕の頬をぺろぺろと舐める。
「ひとかけらの希望、それは一体、なんなのですか?」
宗主教様はラミアーを抱きかかえると、そのまま襟巻のように首に巻いた。
地に足を付けてしゃがみ込み、僕を覗き見ながら言葉にする。
「簡単じゃよ、ガーガドルフを屈服させればいい」
出てきた言葉は、途方もない内容だった。
「奴が死ななければ、その烙印は消えん。そして魔人という生き物はな、一度でも負けた人間には一切の反抗をしない生き物なのじゃ。現にガーガドルフは一度敗北し、姿を隠しておったじゃろ? まぁ今は、奴を倒した人間は寿命で死に、奴の中ではリセットを掛けたみたいじゃがの」
ガーガドルフを屈服させる。
そうすれば、シャランは死なない。
日常を、取り戻すことが出来る。
「繰り返すが、今のままでは、貴様はガーガドルフには勝てん」
痛む身体を起こし、両膝をついて頭を下げる。
「宗主教様」
「なんじゃ」
「僕を、ガーガドルフに勝てるように、鍛え直してください」
「……さて、どうしようかの」
「お金なら幾らでも払います、僕に出来ることは何でもします、だから、僕をガーガドルフに勝てるように、鍛え直してください!」
頭を地面にぶつけ、出来る限り最大限の誠意を見せる。
これがダメなら、殴りつけてでも僕を鍛え直させてやる。
「クククッ、怖いことを考えておるのぅ」
「……やむを得ないと思います」
「カッカッカ、まぁ良い。では、さっそく主にはしてもらいたい事がある」
宗主教様は僕の顎に手を当て持ち上げると、眉を波打たせながら、口端を上げた。
「実はのぅ、我はあの長城とかいう存在が気に入らんのじゃよ」
「長城って、ドッグポーカーとコム・アカラを二分している、あの」
「うむうむ、あの長城じゃ。ジャンよ、貴様に命ずる」
立ち上がると、腰に手をあてながら、宗主教様は声高らかに目的を告げた。
「二国を分断する長城、あれを一撃で全て破壊してくるのじゃ!」
「……は?」
「それぐらい出来なければ、ガーガドルフには勝てんぞい!」
国を分断する長城を、一撃粉砕。
そんな無茶な。
~ 第四章 セージャガより愛を込めて 完~
【次回予告】
解決策は見出された、ひとつかみの希望、魔人王を屈服させる。
その為にジャンは動き始める。全てはシャランのために。
~ 第五章 粉砕、国境線の大長城 ~
次話『僕、泣きそうです。』
明日の朝7時、公開予定です。
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