勇者を殺した人類最強の敵、魔人。生贄の烙印を刻まれた幼馴染の聖女と共に、石工職人の僕は解呪の為、長い旅に出る。自分の実力が、勇者以上であるとは気づかずに。
第28話 僕、知りたくない真実を、知ってしまいました。
第28話 僕、知りたくない真実を、知ってしまいました。
「ではルイ様もご一緒に、どうぞこちらへ」
あれ? 僕もなんだ。
てっきり僕は外に追い出されるかと思った。
「良かった、ジャンが一緒なら安心できる」
「ふふっ、そうだね。シャラン、手でも繋いであげようか?」
「さすがにそこまでしなくて平気だけど……でも、繋いでおこうかな」
シャランの手、思えば、最後に握って歩いたのは、いつの頃だったっけ。
小さな頃はずっと繋いでいたけど、いつの間にか繋がなくなっていた。
今はもう、互いに仕事があるし、会う機会だって減っている。
「なんか、久しぶりだね」
「僕も同じこと考えてた」
「あはは、私達ずっと一緒だったから、考えも似ちゃったのかもね」
シャランを意識し始めたのは、そんなに昔のことじゃない。
いつの間にか、一人の女の子として意識してしまっていたんだ。
そして気づけば、距離を取るようになってしまっていた。
聖女として勇者の旅に出ることだって、本当なら行って欲しくなかった。
でも、言えない。言える権利が、その時の僕には無かった。
遠い存在だった、黄金の聖女と呼ばれる君が、ただただ遠かったんだ。
死んでしまったと聞いた時は、とてもじゃないけど信じられなかった。
魔人王ガーガドルフとの戦いの跡地を見て、本当に死んだと、思っていたけど。
「ん? どうしたの?」
「なんでもない。解呪、上手くいくといいね」
どうしてかな、急に、いろいろと思い出してしまった。
旅が終われば、僕達は元の生活に戻る。
だから、なんの心配もしなくていいのに。
「
大きな、とても大きな鉄枠の扉が、ゆっくりと開いていく。
差し込む光、室内は陽光が照らし上げ、石造りの陰鬱としたイメージを払拭する。
「前へ、ゆっくりとお進み下さい」
祈祷師のお姉さんとは、ここでお別れみたいだ。
僕達が室内へ入ると、大きな扉がゆっくりと閉まり、そして鍵が掛けられる。
まばゆい光。
沢山の薄い布が天井から壁へと斜めに掲げられ、そして揺れている。
赤、青、黄色、緑、光に照らされた布が、壁や床に七色の虹を作る。
神秘的な部屋、部屋の中央部分には段差が設けられ、その頂点に玉座が設けられていた。
誰かが座っている。
でも、逆光で良く見えない。
「シャラン・トゥー・リゾン、我に烙印を見せよ」
響く声、だけど、とても高い声。
年端もいかない少女のような声に、僕もシャランも瞳をぱちくりとさせた。
「こちらでございます、宗主教様」
シャランは穿いていたパンツを脱ぐと、下着姿になって太ももの烙印を曝け出した。
魔人王ガーガドルフに付与されてしまった生贄の烙印、僕達からしたら呪いの烙印だ。
「ほほぉ……懐かしいな。少々痛むぞ、我慢せい」
玉座から宗主教様が手をかざすと、シャランの烙印から血が溢れ出てきた。
「うっ、うううぅ……」
痛むのか、シャランは両手で烙印を押さえつける。
でも、溢れ出る血が凄すぎて、出血を止めることが出来ていない。
「ああ、ぐっ、ああああああっ、ああああああああああぁ!」
烙印からの出血がひどい、このままじゃシャランがもたないのではないか?
止めるべきだ、そう思い、顔を上げた。
「ふむ、なるほどな。アヤツめ、姑息な魔法を仕掛けおってからに」
目の前に、少女がいた。
かざした手は炎に包まれ、顔を隠していた逆光は、今はない。
燃えるような赤い髪が炎のように色を変え、真紅の瞳がシャランを見据える。
この子、石像の子だ。
まさか女神イフリーナ様、本人?
「やめじゃ、我には解けん」
指を鳴らすと、シャランの左足の出血が止まった。
でも、立ち上がれないのか、シャランは蹲ったまま動けずにいる。
「解けない、とは、どういう意味でしょうか?」
息も絶え絶え、シャランが問う。
「そのままの意味じゃ。その烙印はお主の全身を支配しておる。無理に解こうとすればお主は死ぬ。先のように烙印から全身の血液が抜け出て、そのまま失血死じゃ。しかも、そもそも主の身体は既に死に体じゃ。むしろ、その烙印のお陰で生きているとも言えよう」
死に体? 烙印のお陰で生きている?
「すいません、それって、どういう意味でしょうか?」
似たような質問を、今度は僕がしてしまった。
宗主教様は腕組みすると、眉根を寄せ、厳しい表情になる。
「ふん、そのままの意味じゃよ。この小娘の肉体は一度死んでおる。じゃが、なんらかの目的のため、ガーガドルフの奴が復活させおった。奴の猛攻を主は逃げおおせたと思っていたやもしれんが、逆じゃ。ガーガドルフの奴が貴様を泳がせている、これが正解じゃな」
宗主教様の言葉の意味が、理解出来ない。
シャランが既に死んでいる? 烙印のお陰で、彼女は生きている?
「で、でも、私が贄だという魔人もおりましたが」
「ああ、そうじゃな。贄じゃ。奴の目的を果たしたと思われたか、もしくは木っ端の魔人が戦果欲しさに暴走したか。まぁ、どちらとも取れよう。そして、どちらでもいい。唯一確かなことは、この烙印が無くなった瞬間、貴様の肉体は滅びる、ということじゃな」
宗主教様はそこまで語ると、ふわり浮かび、今度は僕の方へと顔を向ける。
肩口まで伸びた赤い髪を手で梳くと、不思議と、火の粉が宙を舞った。
「我に出来ることはない、他に聞きたいことはあるか? 金貨二枚分は答えてやろうて」
ここまで来たのに、宗主教様に出来ることはない?
分かったのは、シャランの肉体が実は死体で、烙印が無くなったら死ぬってことだけ?
「僕達は、そんなのを知りたくて、こんな所まで来たんじゃない」
ぎゅっと、拳を握りしめる。
「日常を取り戻したいんだ、僕とシャランが普通に生きる日常を取り戻す為に、海を越え、砂漠を越え、こんな遠くまで来たんだよ。アンタ宗主教なんだろ? 石像と同じ、女神イフリーナ様なんだろ? だったら何とかしてくれよ、奇跡でもなんでもいいから、シャランと僕の日常を取り返してくれよ!」
縋るしかなかった。
目の前にいるのは女神様なのだから。
「それは意味の無い祈りであり、願いじゃな」
「イフリーナ様!」
「約束したからな、金貨二枚分は答えてやろう。まず、日常を取り戻すということじゃが。その大事な大事な日常を壊したのは、他でもないその娘じゃ。黄金の聖女と
握った拳を、地面を叩きつける。
爆音と共に、足元の岩が砕け散った。
「僕はそんな、絶望の続きを聞きたいんじゃない!」
「ふん、我は真実を語るのみじゃ。他には? 何もないならお引き取り願おうか」
「あの!」
「この烙印を消す方法は、本当に何もないのでしょうか?」
「先に伝えたが? 我には無理じゃと」
「ええ、宗主教様には無理だとお聞きしました。そして無理に解呪すれば失血死すると。ですが、烙印の消し方についてまでは、教えて頂けておりません。たとえ、結果としてこの肉体が滅びることになったとしても、無理にではない解呪方法、それを私は知りたいのです」
無理にではない解呪方法。
「でも、それをしたとしても、シャランが死ぬんじゃ意味がないじゃないか」
「ジャン、聞いて」
僕の両肩を、血染めの手で、彼女は強く握り締める。
「このままだと私、死んだ後も魔人を呼び寄せてしまうの。墓に葬られることも出来ない、人として死ぬことも出来ない。私は、人として死にたい。だから、無理のない解呪の方法を知りたいのよ」
結果が変わらないじゃないか。
死んだと思っていたシャランが生きていたんだ、もう二度と、失いたくないんだよ。
「無理のない解呪方法、それでいいんじゃな?」
明らかに興味のない口調で、宗主教様が言った。
「はい、宜しくお願いします」
「簡単じゃよ、ガーガドルフの奴を殺せばええ。呪いや烙印の類は、基本的に術者を殺せば消える」
無理だ。
周囲一帯を焼野原にした、あの魔人を殺すなんて、不可能に近い。
シャランも理解したのか、何も言わず、ただただ沈黙する。
「ふん、このままお主等を帰らせたら、我の評判が下がりそうじゃて。我の評判、すなわちイフリーナ教の評判。致し方ない、ひとつかみの希望を授けてやろうかの」
宗主教様は玉座に戻ると、頬杖をつきながら語った。
「ガーガドルフの奴が何故貴様を生き返らせたのか、そこを考えてみぃ」
ガーガドルフが、シャランを生き返らせた理由?
「奴は数百年前に一度、人間の手によって敗れ、肉体を滅ぼされておる」
「ガーガドルフが、ですか?」
「うむ、それが故に、人を憎んでおる。奴を追い込んだ血筋を根絶やしにするまで、怒りは収まらんて」
凄いな、あの魔人王に勝った人が、過去にいたのか。
「その血筋に近しい者が、シャラン・トゥー・リゾンの近くにいる」
「……それって」
腕組みした宗主教様は、赤い瞳を細めた。
「ああ、貴様じゃ。ジャン・ルイ、ガーガドルフは貴様を探しておる」
僕が、狙われている?
「じゃから、この場に貴様も呼び寄せたのじゃ。貴様には力があろう? じゃが、磨かれていない力は、磨かれなかった宝石と同じ、屑鉄にしかなれん。ほれ、我に一撃いれてみよ。その大理石を砕いた一撃を、我にぶつけてみればよいぞ」
大理石を砕いたのは、岩や石を同じ、鉱石だからだ。
「ダメです」
「何がじゃ」
「僕が砕けるのは鉱石のみ、人に向けた所で、威力なんかたかがしれている。……昔、父さんと喧嘩をしたことがあるんです。その時に、僕は本気で父さんにこの拳を向けた。でも、父さんは表情ひとつ変えずに受け止め、そして逆に殴られました。僕の力は、その程度なんです」
みんな勘違いするけど、僕はそんなに強くない。
重い荷物を持てたりはするけど、それだけだ。
「相手が悪いの」
「相手、ですか?」
「うむ、同じ血筋と言うたろう? 其方の父親が化け物じみているだけじゃ。主の拳は万物をも砕く。ほれ、かかってこい。我が直接相手をしてやるでの」
「でも……」
「なんじゃ、ノリが悪いのぅ。では、趣向を変えるとするか」
パンパンと手を叩くと、光の中から可愛らしい生き物がふわふわと飛んできた。
小さな羽、ピンク色の毛並み、伝説の聖獣、ラミアーじゃないか。
「コヤツは我と共に生きておる聖獣じゃが、正式名称はラミュロスという魔物じゃ。我が手懐けていたのじゃが……主の為じゃ、久しぶりに解き放つとしようか」
ラミアーはいつかのように、僕の前へとやってきた。
ふわふわと浮き、可愛らしく微笑む。
そして、その笑みが、歪んだ。
「
宗主教様の魔法により、ラミアーはゴギッ、ボギリッと音を立てながら、肉体を変化させていく。血肉を噴出させながらも肉体は肥大化し、それまでの数倍、数十倍の大きさへと変化する。
太い二つ足で大地に立ち、鱗の尻尾が地を叩きつけ、どこまでも大きい翼が空気を切り裂く。
マーブルさんの言葉を思い出した。
ラミアーはドラゴンであると。
【次回予告】
烙印を消す方法は、魔人王ガーガドルフを殺すのみ。
だが、烙印が消える時、シャランの命は尽きる。
様々な思考が渦巻くなか、ジャンは一人、聖獣ラミュロスと対峙する。
次話『僕、ひとつかみの希望に、全てを託します。』
明日の朝7時、公開予定です。
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