第27話 僕、ついに旅の目的を果たせそうです。

 悪夢の混浴から一夜明けて。

 僕達は改めて旅の最終目的地である、イスラフィールの聖殿へと向かった。

 

 聖殿へと続く目抜き通りには店も人も多く、改めて観光地であることを再認識させられる。


 凄いな、コム・アカラに来てから人の多さに驚くことが多かったけど、ここはこれまでの比じゃないぞ。自分のペースで歩くことが出来ない、どの店にもどの道にも人がいて、催事か祭りか何かをしている時みたいに、どこもかしこも人人人って感じだ。


 きっと、観光客だけじゃなく、イフリーナ教徒の人たちもいるんだよな。

 もしこんな混雑した状態で、聖獣ラミアが飛んできて、頭を撫でろってしてきたら。


 ……。


「ね、ねぇシャラン、烙印は疼く?」

「ううん、今は平気」


 そっか、良かった。

 ここでまた船と同じことが起きたら……なんて、考えない方がいいか。


「一般の入場、最後尾はこちらでーす!」


 聖殿に近づくと、人の列の先で看板を持ったお姉さんが叫んでいた。

 一般の入場? チケット……つまり、お金が必要ってこと?


「聖殿って、入場料取るの?」

「コム・アカラって、観光が最大の収入源だから」

「なるほど」


 祈りだけじゃ生きていけないってことか。

 なんだか、世知辛いものを感じるね。


 長蛇の列を並ぶことたっぷり二時間。

 ようやく受付窓口に辿り着くことが出来た。

 

「入場、一人銅貨八枚。一人銀貨一枚の宝物殿見学のセットがお得だよ」

「あの、私、入場の他に解呪もお願いしたいのですが……」


 解呪っていうフレーズをここまで見かけなかったけど、して貰えるものなのかな。

 ちょっとドキドキしながら受付のオバサンを待つと、奥から通常とは別の案内を取り出してきた。


「お祓いなら一人銀貨一枚、祈願成就なら銀貨五枚、呪いを解きたければ金貨一枚だよ」

「あ、じゃあ金貨一枚でお願いします」

「ふん、この用紙に誰からどんな呪いを受けたのか、別室で詳細を書いておくれ」

「はい、ありがとうございます」


 なんか、当然のようにメニューに解呪ってあった。

 呪いって、ここじゃそんなに珍しいものじゃないのかも?

 

「お前さんは?」

「僕達は彼女の付き添いです」

「そうかい、じゃあお前さん達も金貨一枚、宜しく頼むよ」


 僕達も同じ金額取られるんだ。

 とはいえ、僕は別に解呪して欲しい呪いなんて受けてないけど。 

 マーブルさんが金貨三枚を手渡すと、受付のオバサンは同じ用紙を僕達にも手渡してきた。


「想定していた金額よりも、かなり安上がりだったね」

「いやいや、まだ入り口。値段が上がっていくのはこれからでしょ」


 そんなものかな。

 解呪希望者の別室。

 そこには僕達以外にも沢山の人の姿があった。


「呪われた人って、こんなにいるものなんですね」

「私達みたいな、魔人の呪いじゃあないだろうけどね」

「魔人以外にも、呪いってあるんですか?」


 聞くと、肩をすくめながら、マーブルさんは軽薄な笑みを浮かべた。


「人が人を呪うなんて、そんな珍しいことじゃないよ? 成功した人が妬ましい、好きな人を奪ったアイツが憎い。バカみたいな理由で人を呪うことなんて、ごくごく日常、ありふれた光景なんだから。見てみなよ、解呪希望者はほとんどが成功者でしょ? 人は人を呪う、それも朝ご飯を食べるような感覚でね」


 マーブルさんの言う通り、解呪希望者は身なりの良い人達が多い。

 成功した人が妬ましい、か。あんまり、僕には分からない感覚だな。


「単純に、願掛けの人もいるかもしれないけどね。新しい商売を始める前に、自分の身体を清めておきたい、みたいな? 安いお祓いよりも、金貨一枚の方がご利益がありそうでしょ?」

「そっちの方が、なんだか綺麗でいいですね」

「そうね、二人からしたら、そっちの方が良いでしょうね」


 言われて、シャランの方を見て、ちょっとだけ苦笑する。

 温泉でもそうだったけど、マーブルさんから見たら、僕達はまだまだお子様なのだろうな。

 

「……こんな感じでいいかな」

 

 特に呪われていない僕は、無病息災って書いておいた。

 絶対に間違っているとは思うけど、別に呪われてないし。


 本当はシャランの解呪について書こうと思ったのだけど、この用紙に他人のことを書くのはご法度なのだとか。あくまで自分自身のこと、治して欲しい部分とか、綺麗にしたい、人には言えない心の闇を書くのが作法というか、一般的な書き方らしい。


「シャランはなんて書いたの?」

「私はそのまま、素直に書いたよ」


〝左足の太ももに刻まれてしまった、呪いの烙印を消して下さい〟


 さすがに魔人王ガーガドルフの名前は書かなかったのか。

 でも、これで烙印そのものを見て貰えるのは間違いないだろう。


「マーブルさんは?」

「ひみつ」


 久しぶりに秘密にされてしまった。 

 人の闇の部分なんだし、見るのも失礼か。

 シャランのは見ちゃったけど。


 書き終え提出してから、さらに二時間。

 たっぷり待たされた後、僕達の名前が呼ばれることに。


「大変お待たせいたしました。ジャン・ルイさん、シャラン・トゥー・リゾンさん、マーブル・バレットさん、聖殿奥へとご案内いたします、どうぞこちらへ」


 なんだかもう、既に待ちくたびれてしまった。

 魔獣と戦うよりも、何もせずに待っていることの方が辛いような気がする。

 

 布で隠された通路へと案内され、聖殿奥へと歩みを進める。

 松明による灯りはあるも、通路の奥は見えない。

 途中にある扉の前で案内の人は立ち止まると、鍵束を取り出し、扉の鍵を開けた。


「では、こちらで祈祷師様がお越しになるまでの間、聖イフリーナ像へと手を合わせ、解呪祈願を続けて下さい」


 中に入ると、そこは小さな部屋だった。

 天井の低い、人が十人も入れない石造りの部屋。


 部屋中央に光沢のある布が掛けられたテーブルがあり、僕達の方に椅子が三脚、反対側にはちょっと豪奢な感じの椅子が一脚。左側の壁には女の子の石像、右の壁には聖獣ラミアーの石像が祀られていた。左側の石像が女神イフリーナ様、ということなのだろう。


「通常、呪いは相手に返すことで解呪となりますが、女神イフリーナ様は全ての呪いを御身に受け入れ、解消いたします。人とは許すべき存在である。イフリーナ経典、第一節に記された言葉通り、女神イフリーナは人を愛し、呪いを掛けた相手であっても許すべきだと、人々に教えを広めました」


 人を愛する女神様だからこそ、怒りや憎しみの感情は人にぶつけるのではなく、神である自分が受け入れる、ってことか。物凄い心の広い女神様なんだろうけど、魔人の呪いも受け入れてもらえるのかな。


「掌を重ね、これまで味わった苦悶の日々を思い起こしながら、聖イフリーナ像へと祈念を続けて下さい。やがては女神イフリーナが熱心な教徒の心を汲み上げ、解呪への道を示してくれることでしょう」


 うやうやしく頭を下げると、案内の人はいなくなり、外から鍵を掛けていった。

 室内に用意された椅子に腰かけると、さっそくシャランは目を閉じ、両手を合わせる。

 僕はというと、見事な意匠彫りをした石像に、ひとり目がいってしまっていた。


「凄いな……ひとつの岩を掘って、ここまで精巧に造れるものなんだね」

「ジャン、触っちゃダメだよ」

「触らないよ、ちょっと見ているだけ」


 女神イフリーナ。

 身長は僕よりも頭一個低いくらい。

 右手を上げて、どこかへと駆けていくような雰囲気をしている。


 元気の良い少女って感じ、背後には燃え盛る炎、足元には波紋響く湖面。

 女神様というには、随分と生々しい描写だな。

 神々しさというよりも、活発って感じ。


 聖獣ラミアー像の方も、人々と遊んでいるように見えるし。

 人に近しい神の存在っていう方が、信仰を集めるのに丁度いいのかも?


「そちらの石像は、実際の風景を、そのまま模写したものと言い伝えられております」

 

 僕達が入ってきた反対側の扉の前に、いつの間にか女の人が立っていた。

 褐色肌、透けた服を身に纏い、羽衣を浮かせながら目じりを微笑ませる。


「ということは、女神イフリーナ様は実在していた人物、ということでしょうか?」


 両手を合わせたままマーブルさんが質問すると、祈祷師の女の人も椅子に座り、静かに頷く。


「女神イフリーナ様は千年以上も昔、まだ人が戦う為の武器を手にしていなかった時代に降臨された女神様になります。魔物や魔人に狩られるだけだった人々を神の御業にて救い、人の、人による、人の為だけの国を作り上げ、そしてお姿をお隠しになられました。女神イフリーナ様の神話は、こうして石像という形で残り、現代の我々へと引き継がれたものでございます」


 へぇ……凄い女の子だったんだな。

 見た感じ、普通の女の子にしか見えないけど。


「さて、熱心なイフリーナ教徒よ」


 場の空気が変わった。

 僕も席に戻り、背筋を伸ばして座る。


「貴方達の願いの札を、読まさせて頂きました。まずはジャン・ルイ」

「え? あ、はい」

「其方の願いを灯した木札を、用意しました」


 木札……というか、木炭にしか見えない。

 とても小さな木炭を意匠が凄い小袋にしまいこむと、水を掬うような手の形を作り、僕へと差し出す。


「受け取りなさい。帰宅後、ご自宅の北北東、高い所へと捧げるのです」

「北北東……わかりました、ありがとうございます。すいません、呪われていなくて」


 祈祷師のお姉さんは、薄いベール越しに微笑んでくれた。


「解呪の必要がないということは、とても素晴らしいことです。この木札は女神イフリーナ様が残した、聖火の種火を使用して作られました。呪いを吸収するイフリーナ様の御力が、貴方に降りかかる災いの全てを、受け止めてくれることでしょう」


 こんな小さなお守りが金貨一枚か。

 母さんが知ったら驚いちゃいそうだな。


「次に、マーブル・バレット」

「……はい」

「貴方に関しては、場所を変えて祓いが必要となります。貴方の願いが叶うことは、とても難しい、艱難辛苦の道とも言えるでしょう。ですが、我々はイフリーナ教徒、人々に道を示した女神イフリーナが、貴方の背中を押してくれます。信じなさい、そして第一歩を踏みしめるべく、前へと進むのです」


 言葉が終わると、祈祷師の背後の扉が開いた。

 マーブルさんはそちらへと向かい、お祓いを受けることとなるのだろう。


「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」

「はい、頑張って下さい」


 マーブルさんが部屋から出て行くと、すぐさま扉が閉められる。

 そして次は最後、今回の旅の大本命でもある、シャランに掛けられた解呪だ。


「では、シャラン・トゥー・リゾン、貴方は宗主教そうしゅきょう様がお会いになられるとの事です」

「宗主教様?」

「はい。イフリーナ教最高位におられるお方になります。あなた方の地方の言葉を使えば、教皇様、とでも呼べば、理解が早いかもしれません」


 教皇様。

 無知な僕でも分かるぞ。

 この教団で、一番偉い人だ。



【次回予告】

 宗主教様は、シャランの呪いを解呪することが出来るのか。

 ジャンとシャランは、この旅最大の目的を、果たさんとするのだが。


 次話『僕、知りたくない真実を、知ってしまいました。』

 明日の朝7時、公開予定です。


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