第26話 僕、混浴って嫌いです。

 聖都イスラフィール、イフリーナ教の聖地だが、ここも観光客が多い。

 一般開放された聖殿に、イフリーナ神を模した石造や、神秘的な建築物など。

 石工職人の僕としても、目を引く物が数多にある。

 

「とりあえず宿屋で一泊しましょうか。歩き疲れちゃって、もうへとへとよ」


 観光客が多いということは、宿屋も数多にあるということだ。

 そこかしこで看板を持った薄着のお姉さんが、声高らかに客引きをしている。


「いらっしゃいませー! 旅のお三方-! 今晩のお宿はウチのモーテル〝絶頂ラブ一発〟で、どうですかー! 完全防音、隣の部屋でどんなことをしていても一切音が漏れませんよー! 今なら個別風呂付部屋が空いてまーす! 一泊銀貨三枚! どうでしょうかー!」


 宿屋なのに防音? そんなにも防衛意識が高いホテルもあるんだ。

 

「マーブルさん、あの宿屋なんかどうでしょうか?」

「は?」

「いや、あそこの宿屋、防音で秘密も守れるって」


 あれ、マーブルさん、なんか呆れた顔をしている。


「ジャン、ああいう場所はね、宿屋だけど宿屋じゃないの」

「宿屋だけど、宿屋じゃない?」

「そ、大人専用の宿屋ってこと。アタシ達が入って行ったら、物凄い目で見られるわよ?」


 どういう意味だろう?

 シャランを見ると、彼女も眉を下げ、困った感じの笑みを浮かべていた。

 僕って知らないことが多いんだな、もっと勉強しないと。


「まぁ、あそこら辺が妥当でしょうね」


 結局、聖殿から少し離れた、平屋の宿屋に宿泊することに。

 一泊銀貨一枚、食事二食付き、確かに妥当な値段だ。 

 支払いを済ませ客室へと到着すると、マーブルさんはさっそくベッドに寝ころぶ。


「あー疲れた。宿屋に着くと、なんか落ち着くわねぇ」

「マーブルさん、私、先に湯浴みしてきていいですか? 汗とか凄くって」

「ああ、私も行く。ジャンは?」

「僕も行こうかな、その方が楽そうですし」


 じゃあ三人で行きますか。

 という感じで、時間的に早いけど、湯浴み場へと向かうことに。

 

「この宿屋もオピシエ家と同じで、岩堀の温泉らしいですよ?」

「へぇー、ナルル運河が地熱で温まっているのかしらね?」

「どうでしょう? でも、大きい温泉の方が足を延ばせていいですよね」

「それは言えてる。じゃあねジャン、アタシ達長湯するから、先に部屋に戻ってていいからね」


 部屋の鍵を預かり、男女に別れて脱衣所へと向かう。

 まだ時間が早いせいか、人っ子ひとりいない。

 誰もいない大きな温泉は、それだけで胸が高鳴る。

 無人の脱衣所で服を脱いだ後、鍵だけ握り締めて洗い場へと向かった。

 

「結構広いねー」

「私、こういう感じの温泉、好きになりそうです」

「あはは、わかるー」


 ん? 二人の会話が聞こえてくる?

 隣同士だから、会話が筒抜けなのか?


 まぁいいか、先に身体を洗って、とっとと温泉に入ろ。

 風呂椅子に座って、泡立てだ石鹸で頭を洗ってと。


「はぁー、誰もいないじゃない。これは完全に貸切りね」

「こんな大きい温泉貸切りとか、最高ですね」


 え?


「あら、他にもいらしたんですね。すいません、気を悪くしないで下さいね」

「あはは、ごめんなさい、全然気づかなくって…………」


 固まる。

 なんで、シャランとマーブルさんがここにいるんだ。


 泡の隙間から二人を見上げる。当然のように全裸。

 風呂桶を抱えたマーブルさんと、タオルで前面を隠したシャランがいた。


「や、やぁ……」

「……」

「……」


 二人とも呆けた顔をしていて、この状況が呑み込めていない様子だ。

 うん、僕も呑み込めていない、理解不能。


 どっくん、どっくんって、心臓の音が耳に響く。

 ここは僕から動かないとダメだな、うん、動くぞ。


「あのね」

「いきゃあああああああああああああああああああああああああぁ!!!!!!!


 バチーン!! 


 ぶへぇ! なんでいきなりビンタ!? 

 しかも、痛っ、シャランのビンタ、スナップ効いててめちゃくちゃ痛いんだけど!?

 口のなか切れてるじゃんか、あーくっそ……しかもシャラン、逃げちゃったし。


「あれ? ここ混浴だったんだ。大丈夫?」

「大丈夫じゃ、ないれす」

「あはは、まぁ、こういう事もあるよね」


 「よいしょ」って、マーブルさん、普通に僕の隣に座ったんだけど。

 え、抵抗なし? 一応僕、これでも健全な男の子だよ?

 隣でマーブルさんの大きな、それも隠されていない双丘が揺れる。


「あ、あの、マーブルさん?」

「んー? ああ、大丈夫、私こう見えてもプロポーションに自信あるから」

「そういう話じゃなくてですね」

「なによー、こんな長い間一緒にいて、いまさら裸のひとつやふたつで逃げると思う?」


 身体と頭を洗い終えると、どこも隠さずにマーブルさんは温泉へと向かった。

 意識しているのがダメなんじゃないかって気がして、僕も身体を洗い、温泉に向かう。


 無論、どこも隠してない。

 僕も男だ、この勝負、受けて立ってやる。

 でも、座るところはマーブルさんから出来るだけ離れてと。

 

「なんだか白い湯だねぇ、こういうの、なんでお湯に色が付くのかな?」

「……さ、さぁ、なんででしょうね?」

「ふぅん、ジャンでも知らないことあるんだ。ほら、真っ白過ぎて身体が見えないよね」


 せっかく離れていたのに、なぜ近寄るんですか。

 確かに、白い湯のお陰で何も見えませんけど。


「シャランなんだけどさ」

「……はい」

「あの子、聖獣がいた時に、烙印が疼いたって言ったでしょ?」


 マジメな話か。

 気持ちを切り替えて、隣に座るマーブルさんを見る。


 色変わり始める空を見上げ、普段は肩口で踊っている髪を、今は後ろでまとめている。

 整った耳の形、長い睫毛、小顔なんだけど、幼さを感じさせない不思議な輪郭。

 そんな彼女の話は、どこか空想染みた内容を語り始めていた。


「昔ね、魔人と神様って、同じ存在なんじゃないかって、そう考えたことがあったのよね」

「魔人と神様が一緒、ですか?」

「うん。だって、双方共にあり得ない程の力を持っている訳でしょ?」

「確かに、魔人王ガーガドルフの戦場跡地や、鉱石魔人の魔法は凄かったです。でも、魔人と神様って、決定的に違う部分があるじゃないですか」

「人にとって味方であるか、敵であるか」


 マーブルさん、白い湯から上がると、足だけ残し岩へと腰かける。

 大きな乳房も白いお尻も、一切何も隠していないのですが。

 無抵抗にも程があるよって思ったけど、とりあえず突っ込まないことにした。


「それって、どうして分かれたのかな?」

「……どうして分かれた?」

「神様も魔人も同じ存在なら、どうして人にとって味方になったり、敵になったりしたのかな?」


 足を組むと、マーブルさんは乳房を持ち上げるように腕組みし、悩み始める。


「そんなの、理由なんてあるのでしょうか?」

「ん?」

「人だって好き嫌いがある訳ですし。単純に、その程度の差でしかないんじゃないでしょうか?」


 人が好きな魔人は神と呼ばれ、人が嫌いな魔人は魔王と呼ばれる。

 

「まさに神のきまぐれ。神にも悪魔にもなる力か」


 もう一度、マーブルさんは温泉に浸かると、ふぃーと息を吐いた。

 いろいろと考えているんだな。でも、どうしてこんな話になったんだっけ?


「なんで当たり前に一緒に入っているんですか!」


 ドバシャン! って、凄い勢いでシャランも温泉に入ってきた。

 黒髪をまとめた彼女は、赤面しながらも僕の隣に座る。

 裸、なんだろうな、白い湯で見えないけど。

 

「だって、他に男いないし。ジャンなら平気でしょ?」

「全然平気じゃないですよ!」

「またまたぁ、小さい時に一緒にお風呂に入ったんじゃないの?」

「入りましたけど、もう十年以上も昔の話です!」


 あ、覚えているんだ。

 さすがシャラン、記憶力がいい。


「でもさ、こうして三人でお風呂に入るのって、なかなか良くない?」

「いい、かもしれませんけど……やっぱり裸なままなのは、ちょっと恥ずかしいです」

「白い湯でなんにも見えないんだから、気にしないの。ね、ジャン」

「まぁ、そうですね」


 確かに何も見えない。

 でも、僕としては、そろそろのぼせそうなんですが。


「ジャンまでそんなこと言う。でもまぁ、確かにそうですね」


 シャランは夕暮れに傾きかけた空を見上げると、両手をうーっと伸ばした。


「こうして三人でお風呂に入るのも、そう悪い話じゃないかもしれません」

「でしょ? だからさ、シャラン」

「はい?」

「たまにはジャンに、サービスしてあげなって」


 ぽんってマーブルさんの指先から炎が飛び出ると、温泉の中に消えた。


「熱っつ!」


 ばしゃんとシャランが湯から飛び出る。

 踊る双丘。

 シャラン、いつの間にか、かなり成長したんだね。


「ちょ、ちょっとマーブルさん!」

「あはは、ほら、もう見せちゃったんだから、大丈夫でしょ?」

「え! ジャン、見たの!?」


 不可抗力です。


「うううううぅ! マーブルさんだって、見せないとダメですからね!」

「え? シャラン、ちょっと待って!」


 シャラン、マーブルさんの背後から両脇に手を入れて、ぐっと持ち上げてしまった。

 もともと何も隠してない状態だったけど、何もない状態になるとそれはもう。

 ああ、こんなに柔らかいのに先っぽは上を向くんですね。

 勉強になります。

 

「自分から見せるのと強引に見せるのとでは、やっぱり違うと思うんだけど!?」

「違くないです! ほらジャン見て! マーブルさんだよ!」


 そうだね。

 マーブルさんのマーブルさんだね。

 シャランと違って、ちょっと暴力的かな。


「というかシャラン、私、ジャンの見てない」

「あ、そういえばそうですね」


 え?


「私達だけ見られるって、おかしいですよね」

「うんうん、ここは男女平等にしないといけないよね」

「いや、僕が見たのは不可抗力であって、しかも下は見てないよ?」

「男の上なんか見てもしょうがないでしょ」

「ジャン、もう私達長いんだから、諦めよっか」


 何を?


「という訳で、後ろから羽交い絞めにしまーっす!」

「はぁ!? ちょっと待って! え!? シャラン、かなり力あるね!?」

「鞭で鍛えたからね! マーブルさん!」

「はいよ、それじゃあ、さっそく拝見しましょうか!」

「え、ちょ、なんで両足持ち上げ、やめて、やめてえええええええええぇ!」


 美人と可愛いの二人が裸でずっと真横にいたんだよ?

 今だって背中にはシャランの乳房の感触があるし、前には裸のマーブルさんがいるし。


「きゃ……ジャン、凄い」

「あら、ご立派」


 大きくならない訳がないじゃないか。

 健全な男子なんだ、それはもう反応してしまうのが本能なんだよ。


「さ、最悪だ! もう二人とは、絶対にお風呂入らないからーーーー!」


 まさか、僕の方が泣くことになろうとは。

 部屋に戻りふて寝する僕を、二人は慰めてくれたけど。

 僕はもう、混浴は二度と入らないって、そう心に誓ったんだ。




【次回予告】

 裸の付き合いを経て、三人はより一層仲を深める。

 そして一行はついに、最終目的である解呪へと行動を移すのだが。 


 次話『僕、ついに旅の目的を果たせそうです』

 明日の朝7時、公開予定です。

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