第25話 僕、やらかしちゃったみたいです。
ほんの数日前に砂漠地帯を歩いていたとは思えないほどの、快適極まる船旅。
一等船室には天蓋付きのベッドもあり、夜間照明もあり、お風呂もあり。
これはもう、部屋から一歩も出る必要がないぐらいの快適さだ。
することがない、という理由でマーブルさんはベッドで爆睡しているし。
僕も部屋にこもり、道具や盾斧の手入れをしたりしている。
シャランだけは一人、甲板に出ている時間が多かった。
そのことを夕食時に問うと、彼女は苦笑しながら語る。
「聖都イスラフィールが、少しでも見えないかなって」
「まだ船に乗って四日目でしょ? あと六日は見えてこないわよ」
「そうなんだけどね、なんとなく、早く見てみたいなって」
これで、聖都イスラフィールに向かった所で、解呪が出来なかったら。
そんな不安を、シャランは抱えてしまっているのかもしれない。
もともと解呪出来る確証なんて、どこにもないんだ。
ダメならダメで、他の方法を探せばいいい。
僕はどんなのであれ、シャランと一緒に旅をするつもりだから。
「ありがと、ジャン、頼りにしているね」
言葉にするつもりは無かったのに、気づけば出てしまっていた。
恥ずかしくて、スパゲティを食べる手が早まる。
暇と時間をどうやり過ごせばいいか、そんな船旅だったのだけど。
船旅六日目に、異変が起こった。
「おい、あれ、聖獣様じゃないか!」
突然外が騒がしくなり、寝ていたマーブルさんと二人、部屋を出て甲板へと向かった。
他の乗客も我先へと甲板へと向かうものだから、揺れないはずの船が大きく揺れる。
転びそうになったマーブルさんの手を取って、揺れる船の上をゆっくりと歩き続けた。
「なんですか、あれ」
空を飛ぶ、ピンク色をした小さい翼を持つ生き物。
大きな青い瞳に、愛嬌のある口鼻、犬よりも太い四つ足は、けれども短くて。
頭のトサカ部分だけが七色になっていて、なんだか可愛らしい生き物って感じだ。
「女神イフリーナに仕えし聖獣ラミアー、私も本物は初めて見た」
「へぇ……なんか、珍しい生き物なんですか?」
「珍しいなんてもんじゃないわよ、目にするだけで奇跡って言われているわ」
目にするだけで奇跡。
見れば、コム・アカラの人たちは全員床に頭をこすりつけて、感謝の言葉を述べている。
宗教の象徴たる生き物、ということなのだろうか。
「でもそれが、なぜ急に姿を現したのでしょうか?」
「……あんまり、考えたくないけど」
マーブルさんはそう言うと、集団の先頭にいる、黒髪の少女へと視線を向けた。
シャランだ。彼女も聖獣ラミアーを見つめ、そしてまた、ラミアーも彼女を見つめている。
「魔人の烙印が、聖獣ラミアーの敵としてみなされたのかも」
「そんな、これから解呪しに向かうのに」
「とにかく、シャランの所に急ぎましょう」
人の波をかき分けて、シャランの所へと向かおうとするのだけど。
「おい、聖獣様がこっちに来るぞ!」
聖獣ラミアーが、なぜか僕の方へと飛んできて、目の前で止まった。
人間の子供ぐらいの大きさ、そんな身体を、小さな羽を必死にぱたぱたさせて飛んでいる。
大きな瞳からは全然悪意を感じない、なんていうか、可愛らしいペットみたいな感じだ。
目の前にいるその子は、撫でて欲しそうに頭を下げた。
尻尾を激しく振りながら、上目遣いで、甘えた眼を僕へと向ける。
手を伸ばすと、聖獣ラミアーの頭に触れることが出来た。
途端、マーブルさんが叫ぶ。
「ジャン! ダメ!」
ダメ?
彼女の叫びに驚いたのか、ラミアーも飛び上がると、そのままどこかへと飛んで行ってしまった。
触ったらダメだったのかな、でも、触って欲しそうにしていたから。
「……っ、とにかく、部屋に戻りましょう」
「マーブルさん、僕、なんか不味いことしちゃいました?」
問うも、返事はなく。
急ぎ部屋に戻ると、マーブルさんはドカっとベッドに座り込んだ。
頬杖をついてしばらく悩んだ後、面倒臭そうに僕を見る。
「いいこと? イフリーナ教に限らず、宗教で崇められている存在っていうのは、崇高なる生き物じゃなくちゃいけないのよ。それは絶対に人が触れてはいけないの、俗物が触れると汚れるって思われるからね。それを貴方は聖獣ラミアーに触れてしまった、それも一番大事な頭に触れた。それがイフリーナ教徒からしたら許しがたい行為になりえるものなのよ」
「すいません」
「すいませんじゃ片付かない可能性が高いの。とにかく今日からジャンは一歩も部屋から出ないで。何があってもいいように荷物も全部出せる状態にして。ご飯は私とシャランが持ってくるから、とにかく静かにしていてね」
そこまでの事をしてしまったのだろうか。
僕としては、目の前に飛んできたから頭を撫でただけなのに。
「ジャン、ごめんなさい、大丈夫だった?」
シャランも部屋に戻ると、いきなり謝罪してきた。
「僕は別に……シャラン、どうかしたの?」
「あの聖獣、多分、私を狙ってきたんだと思うの」
「シャランを? 聖獣ラミアーが?」
こくりと頷くと、シャランは部屋の鍵をしめてから、僕の横に座った。
「烙印が、急に疼いたのよ」
「烙印が疼いたって、魔人ってこと?」
「この感覚は、魔人に狙われていた時と似ているから、間違いないと思う」
「え、でも、ラミアーは聖獣なんでしょ? そもそも鳥と犬が合体したみたいな姿だったし」
「ドラゴンっていうのよ、覚えておきなさい」
マーブルさん、荷物を片し終えると、外の気配を探り始めた。
「人が集まり始めている、このまま隠れているのは良策とは言えないわね」
「でも、別に悪いことをした訳じゃないし」
「神様を冒涜したのよ? 悪いに決まっているわ。とりあえず二人ともここにいて、私が何とかするから」
マーブルさんは扉の鍵を開けると、表に出ていってしまった。
扉越しに会話が聞こえてくるけど、やっぱり、あまり良い感じではなさそう。
「シャラン、烙印は、まだ疼くの?」
「今は平気……でも、なんで急に疼いたのかな」
「聖獣が魔人な訳ないしね。あ、マーブルさん」
部屋に戻ってくると、彼女は大げさにため息をついた。
「近くに船を止めるから、今すぐ降りて欲しいってさ」
「……そんな、到着まで四日もあるのに」
「このままここにいたら、あらゆる手段で殺しにかかると思う。さすがの私でも防ぎきれるものではないわ。寝床を襲われるか、食事に毒を入れられるか。とにかく、今ならまだ間に合うから、早く準備をして」
ゆったりとした船旅だったのに、急に厳しい旅へと変わってしまった。
部屋を出ると、何人もの人が、僕のことを生気の無い眼差しで睨みつけてくる。
船長さんやマーブルさん、他の人達が必死になって止めて、ぎりぎり動かずにいる。そんな感じだ。
船を降りた後も、コム・アカラの人たちは僕を睨み続けていた。
罵声のひとつも言わずに、引き結んだ口のまま、ただ黙って、じっと。
なんだかそれが、無性に怖かった。
「とりあえず、歩きましょうか。ここからナルル運河沿いに、歩いて十日ぐらいかな」
「すいません、僕が余計なことをしなければ」
「悪いのはジャンだけじゃないよ、私がずっと外にいたから」
「でも、触っちゃったのは僕だし」
「はいはいヤメヤメ、歩けば目的地にたどり着けるんだから、何も問題ないでしょ」
マーブルさんの意見は、いつも正しい。
この人がいなかったら、僕達二人、一体どうなっていたことか。
寝ていればいいだけの船旅から、徒歩での旅へと変わる。
ナルル運河の近くだからか、気温に関しては幾分涼しい。
「草が多くて歩きづらいから、砂漠との境目辺りを歩きましょうか」
マーブルさんの意見に従い、背の高い草だらけの川沿いを避け、砂漠地帯へと足を向ける。
人の手が一切入っていない川沿いは、獰猛な動物も数多く存在していた。
「ワニの頭を斧で押しつぶして! 絶対に噛まれないでね!」
「わかりました! せいっやぁ!」
「大蛇は私の鞭でけん制します!」
「鞭に巻き付かれて力比べにならないでね! 蛇ってああ見えて凄い力だから!」
シャランが誘い、僕かマーブルさんがトドメを刺す。
なんとか倒せるけど、襲われるたびに足が止まる。
僕達の旅の邪魔をしてくるのは、動物だけじゃなく、夜の虫もだった。
「うわ、外が虫だらけですね」
「水場が近いからでしょうね。ヤダヤダ、気持ち悪くてみたくもない」
テントがあって良かった。このテントが無かったら、夜も休めない所だった。
人がいないというのは、襲われる心配もない、ということで。
あれからシャランの烙印も反応することなく、僕達は無事、聖都イスラフィールへと到着することが出来た。
「まぁ、どう見ても、あの建物が聖殿ってことなんでしょうね」
街の中心部に大きく構える真っ白な宮殿。
建物の前に正方形の池が二つあり、真ん中を一本の道が走る。
植栽の数、建物の形、全てが左右対称の造りとなっていて、その正確さは見るだけで感動を覚えるほどだ。
「ジャン、これ」
「……フェイスベール?」
「念のため、顔を隠しておいた方が良いと思うから」
僕は、聖獣に触れ、汚してしまったから。
シャランの言う通り、フェイスベールで顔を隠した方がいい。
装着すると、なんだか、凄く良い匂いがした。
「どうしたの?」
「いや、これ、いい匂いだなって」
「ちゃんと洗ってるから、大丈夫なはずなんだけど」
シャランの顔が真っ赤に染まる。
そうか、これ、シャランが普段付けているフェイスベールか。
え、普段付けているフェイスベールを、僕が付けているの?
「……」
「……」
急に恥ずかしくなって、何も言えなくなってしまった。
「はぁーあ、見てるこっちが恥ずかしくなってくるわね。とっとと行くわよ、目的地はもう目の前なんだからね」
呆れるマーブルさんに連れられて。
僕達は聖都イスラフィールへと、足を踏み込んだのだった。
【次回予告】
禁忌に触れた者に、宗徒は容赦をしない。
到着した聖都、長旅に疲れた三人は、旅の疲れを癒す。
次話『僕、混浴って嫌いです。』
明日の朝7時、公開予定です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます