第24話 僕、告白しちゃったみたいです。

 緑豊かなのに少し先に砂漠が見える、なんだか不思議な感じ。

 都市名セージャガ、聖なる河、ナルル運河を中心に栄えた街。


 砂漠地帯に流れる一本の川は、砂を土へと変え、緑豊かな大地に生まれ変わらせる。 

 そんな景色を眺めながら、マーブルさんがナルル運河にまつわる言い伝えを教えてくれた。

 

「この地にくれば、自分の人生を鑑みて、やり直せるっていう伝説があるのよね。それを目当てかどうかは知らないけど、コム・アカラに来た観光客はこぞってこのナルル運河へと足を運ぶの。みんなやり直したいことがあるって事なのでしょうね」


 砂漠が緑の大地に変わることから、生まれ変わりを連想し、それを聖なるものだと思い願う。

 イフリーナ神も女神様ってことらしいし、そこら辺がルーツになっているのかもね。

 宗教とかあんまり興味なかったけど、こうして見ると、昔の人はいろいろ考えてたんだなって感心する。


「さて、さっそく船を管理をしているモガさんを探してみましょうか。船の管理をしているのだから、川沿いを歩けばそのうち見つかるでしょ」


 観光地だけあって、人の数が思っていた以上に多い。  

 褐色肌のコム・アカラの人たちだけじゃなく、ボルトさんみたいな白人の姿も見える。

 それと、僕は初めて見るのだけど、背中に翼の生えた翼人よくじんって人達の姿もあった。

 

「さすがは世界有数の観光地よね……翼人とか、私も初めて見たわ」

「あの翼って、空を飛べるのでしょうか?」

「だったら歩いてないと思わない? ニワトリと一緒、もはや見せかけの翼ってことみたいよ」


 ニワトリと一緒、例えがなんというか、悪い気がする。

 肩甲骨辺りから生えた翼、今は畳まれて肩幅で収まっているけど、広げたら相当な大きさになりそう。


 見れば、翼人だけじゃない、獣人と呼ばれる種族の人たちまでいるじゃないか。

 犬みたいに口が前に出た顔をしているのに、首から下は人間のように歩いている。

 下手な人間よりも背筋が伸びていて、なんというか凄く凛々しい。

 それとモフモフしている、すんごい毛並みは、砂漠を歩くには厳しそうだ。

 

「世の中って広いんだね」


 シャランと二人で感心しながらも、はぐれないようにマーブルさんの背を追った。


「悪いねぇ、既に予約でいっぱいなんだ。アンタらが船に乗れるのは一年以上先になるかなぁ」


 ナルル運河運航管理所。

 スクバさんが言っていた船の管理所は、すぐに見つけることが出来た。

 そして髭面のオジサンが僕達を値踏みするような顔をしながら、こう言ってのけたのだ。


 何もなかったら、素直に引き下がっていたと思う。

 観光客も多いし、この人が言っていることが嘘ではないのだろうから。

 

「ねぇ、貴方がモガさん?」

「ん? なんだ姉ちゃん、どこかで会ったことあったか?」


 でも、僕達には秘密兵器があるから。

 褐色肌のモガさんへと歩み寄ると、マーブルさんはスクバさんからの書状を手渡す。


「なんだよこれ、請求書じゃねぇだ……ろう、な…………」


 モガさんの表情がみるみる変わっていく。

 書状の中身は読んでないけど、なんとなく想像は出来る。


「ちっ、だから言ったんだよ、産後で日も浅いのに仕事なんかするんじゃねぇって」


 あれ? 思っていたのと、ちょっと反応が違う。

 この感じ、逃げたんじゃなくて、逃げられたって感じかも。


「なぁ、セナの様子はどうだった?」

「元気だったわよ? でも、貴方に対しては怒り心頭って感じだったけど」

「ははっ、そうかよ。でもまぁ、元気なら何よりだ」


 モガさん、もう一度書状に目を通している。

 いろいろとあったんだろうな。

 少なからず、子供を欲するぐらい、愛し合っていたのだろうから。


「一言だけいいかしら?」


 マーブルさん、腕組みまでして、何かお説教でもしそうな雰囲気だけど。

 モガさんが書状から目を離し、袖で涙を拭うと「どうぞ」と手で促した。


「私も女だから、セナさんの考えってよく分かるの。これまで自分がしてきた仕事を失いたくないし、大きな仕事が入ってきたのなら確実にこなしたいって思うのよ。セナさんが貴方に望んだのは、産後だから止めておけって言葉よりも、子供は俺が預かるから頑張れって、そんな言葉だったんじゃなかったのかしら?」


「……長い一言だな」


「それは失礼、でも、私が言っていることは、そのままセナさんの本心だと思う。どうして理解してくれないのか、女が子供の面倒を見なくてはいけないって、なぜそこにこだわるのか。貴方が折れていれば、夫婦関係は間違いなく上手くいっていたと思うわよ? 赤ちゃんも命の危機に晒されることもなかった。まぁ、別に私には関係ないけどね」


 正論なんだろうな。

 だからこそ、モガさんも何も言い返せずにいる。


「僕は男だから、モガさんの気持ちも、ちょっとは理解できるかな」


 少しでも助け船になればと、僕も多分こうだろうなってことを、言葉にしてみた。


「男ってバカだからさ、好きな人は自分で守りたいんだよ。自分の手の届くところで大事にしたい。僕がシャランについて行くっていうのも、そういう気持ちから来ていると思うからさ。だから、モガさんがセナさんに、仕事に行かずに側にいて欲しいって言ったのも、ちょっとは理解できるって言うか、そんな気がするんだけど……」


 あれ、なんか、みんな静まり返っている。

 反論しているって思われちゃったのかも。


 シャランは顔真っ赤にしているし、マーブルさんはどこかあきれ顔だ。


「へっ、坊主、いきなり愛の告白かよ」

「え? 告白?」

「はぁ、ほんと、いきなりで驚いちゃったわよ」


 え、ちょっと待って、え? 告白なんかしたつもりは一切ないんだけど?

 あれ? もしかして僕、とんでもないこと口にしちゃった?


「あ、あちょ、ちょ、え、えっと」

「……ジャン」

「シャ、シャラン、あのね、僕は」

「ううん、いいよ。嬉しかった。私達は幼馴染だものね。私もジャンのことが好き、ありがと」


 あ、あの、えと、う、うん、そ、そうかも。

 あれ? なんで僕の肩をモガさんが叩くの?

 ドンマイって、どういう意味? 

 

「さてと、話を進めるか。子供の命の恩人とあっちゃあ乗せねぇ訳にはいかねぇな。とはいえ予約でいっぱいなのは本当なんだ。だから乗せるといってもまともな客室はねぇ。船倉になっちまうが、それでもいいか?」

「問題無し……って言いたい所なんだけど、私船酔い酷いのよね」

「海と違って全然揺れねぇから、船酔いはしないと思うぜ?」

「あらそう? ならそれでもいいかも」


 マーブルさんの船酔い、相当だったもんな。

 あれをまた繰り返さないで済むのなら、僕としても安心する。 

 

「じゃあ、商談成立ってことで、次は金の話になるぜ。船で片道十日間の船旅になる予定だ。料金に食事やその他全てが含まれているから、支払いはきっちりと頼むぜ。往復一人金貨十枚、三人で三十枚だ」

「あら、無料じゃなかったの?」


 マーブルさんが突っ込んだけど、確かにセナさんは無料って言ってたよね。

 でも、モガさんは当然の如く首を横に振った。


「さすがに無料には出来ねぇよ、支払えないならこの話はご破算だ」

「金貨三十枚ですものね。大丈夫、即金で支払うわ」

「お、景気いいねぇ、セナの件が無ければ吹っ掛けてる所だぜ」


 マーブルさんが袋から金貨三十枚を取り出したけど、袋の中身が減った感じがしない。

 侯爵様から一体いくら貰ったのかな。なんか、袋の中身が金貨千枚近くありそう。 


「金貨三十枚、確かにお預かりしたぜ。出航は明日の朝だ、町全体に鐘の音が響くから、それを聞いてから宿屋を出るぐらいが丁度いい。遅れたら容赦なく置いて行くから、気を付けてくれよな」

「いろいろとありがとう、助かったわ」

「もっと値引きしてやりたい所なんだが、これ以上は俺がセナに怒られる。すまねぇな。そうだ、宿屋の割引券ぐらいなら渡してやることが出来るぜ。船の桟橋から歩いてすぐの好立地な宿屋だが、その分、お値段が張るが、アンタ等なら大丈夫だろ」


 割引券を利用したとしても、一人金貨一枚。

 アラアマの宿屋が一人銀貨一枚だったから、単純に十倍の価格だ。

 それでも、モガさんの言う通り、今の僕達なら余裕で支払うことが出来る。


「あれが、明日乗る船なのかしらね」

「大きい、でも、帆船じゃないんですね」

「波もないし、どうやって動かすのかしら?」


 宿屋から桟橋まで、歩いてすぐの場所にある。

 モガさんの言う通り、この宿屋に泊まっていれば、出発に遅れることもないだろう。


 砂漠に馴染のない水の匂い。

 緑沢山の景色を眺めながらの宿泊は、コム・アカラでは最上の娯楽だ。


 お値段相当の美味しいご飯や、僕達が浸かるには大きすぎるお風呂とか。

 ふかふかなベッドで眠りについた後、信じられない轟音で目が覚めることに。




 ゴオオオオオオオオオオォォォォォォ…………ンンンンッッ。




「え、え、なに、なに?」




 ゴオオオオオオオオオオォォォォォォ…………ンンンンッッ。




「これが、鐘の音?」

「うっるっさあああああああぁい!」


 マーブルさんも叫びながら起床し、シャランも両耳を抑えながらベッドでのたうち回る。


 桟橋の目の前の宿屋ということは、鐘が目の前で鳴る、という意味でもあったのか。

 爆音すぎて魔人の襲来かと勘違いしたぐらいだよ。

 まぁ、お陰様で、出航には余裕で間に合ったんだけど。


「おお、お前等か、待っていたぜ」

「モガさん、モガさんも乗船するんですか?」

「いや、急遽空きが出来たってんでな、お前さん方にプレゼントしてやろうと思ってよ」


 桟橋で僕達を待っていたモガさんから、なんだか綺麗な鍵を受け取った。


「これは?」

「一等船室の鍵だ。予約していた客がサードルマの街で商売するってんで、いきなりキャンセルしやがってよ。なんでも凄く質の良い岩塩が採掘されたとか? ま、こちらとしてはキャンセル料金さえもらえれば、文句はねぇんだけど……ってな訳で、優雅な船旅を堪能してきてくれや」


 質の良い岩塩って、僕が採掘した奴かな。

 冒険者ギルドも順調に稼働を開始したってことか、良かった。


「お前さん等が戻ってきた時にセナがいたら、ちゃんと俺のことを褒めてくれよ?」

「はいはい、強運に恵まれていたって、ちゃんと伝えてあげるからね」

「おいおい、もっとこう、あからさまにだな……まぁいいや、とにかく、ちゃんと帰って来いよ」


 船の汽笛が鳴ると、後方に付いていた水車が回り始めた。

 これ、蒸気船ってこと? だから帆が付いてないのか。


「あばよ、お嬢ちゃんたち! イフリーナ神のご加護があらんことを!」


 桟橋から手をふるモガさんへと、僕達も大きく手を振って返した。


「行ってきます! いろいろとありがとうございました!」


 船はどんどん加速していき、セージャガの桟橋はあっという間に見えなくなってしまった。

 ついに次は目的の地、聖都イスラフィールだ。


 長かった旅も、ついに終着点を迎える。

 ここまで来たんだ、シャランの解呪、絶対にしてもらわないと。




【次回予告】

 蒸気船へと乗り込んだ三人は、ついに目的地である聖都へと出航する。

 海と違い、揺れない船での船旅は、とても快適なはずだったのだが。 


 次話『僕、やらかしちゃったみたいです。』

 明日の朝7時、公開予定です。


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